朗読劇二人芝居『ファンレターズ』 夢野愛 1通目

夢野愛「To. 永幸出版㈱、ティーンズハート編集部滝田様。
Title. いつもお世話になっております。
なかなかつかまらないのでメールしました。
編集部から回送されてくる読者の人からの手紙のことなんですけど、
ちょっと気味が悪いものが混じってるんですが、
これはどうしたらいいんでしょうか?
差出人は、矢野優子という女の子……なのか女性なのか、文面だけではなんともよくわかりませんが、私の熱狂的なファンだとかで、毎日せっせと手紙を書いては送ってきてくれているのです。
ですが、手紙って普通どんなに一生懸命書いたとしても、一週間に一通とか、そんなもんじゃありませんか。
でも、この矢野優子さんは、一日に三通書いてくる日もあるのです。
それもキティちゃんの便箋に、真っ赤なボールペンで、文字だけではなく、イラストや図による説明なども添えられている立派な読み物だったり、大学ノートに殴り書きしたものを破いて、そのままページもバラバラで送ってきたりと、なんていうんでしょうか、よく言えばバラエティに富んでいるのです。
内容は自分の生い立ちや近況報告、それと、私の小説の感想などがとりとめもなく、だらだらと書かれているのです。
私も物書きですから、一度に大量に文字を書くということがどういうことなのか、わかってはいるつもりですが、この矢野さんのファンレターはどんなに長い手紙であっても、最初から最後まで文字に乱れがないのです。
たぶん、私の推測ですが、このとりとめもなくだらだらとした手紙を、彼女は最初から最後まで同じテンションを維持したまま、書き続けているのではないかと思います。
それに、そこに書かれている私の小説の感想に関しても、どこをどう読んだらこんな風な感想文になるのか、という感じの感想文なのです。
ティーンズハート文庫には、オカルトものやホラーものがいっぱいあるのに、どうして私のラブコメで、こういう読者からの手紙が来てしまうんでしょうか。
ちょっと理解に苦しんでおります。
最初のうちはまだ、手紙も短く、まあ、それでも七、八枚は必ずありましたけど、熱心な読者からのファンレターが届くという事、実に単純に喜び、嬉しがって全文に目を通していたのですが、最近は読むだけで一時間やそこらは軽くかかってしまうくらいの分量になってきたので、喜びを通り越して、空恐ろしくなり、差出人の名前、矢野優子という文字を目にするだけで、気持ちがくらーくなって、ずどーんと落ち込んでしまいます。
彼女のプロフィールが手紙の中に断片的に出て来るのですが、それらを総合すると、辻褄が全然あっていなかったりします。
幼い頃死んだはずの母親が先頃失踪したり、毎日のように道ですれ違う人から交際を申し込まれて困るという愚痴が書かれていたかと思うと、生まれる前から決まっていた許嫁がいるので、彼女の周りにいる男性はおいそれと彼女と口もきけないから、男性と今まできちんと付き合ったことがないとか、リアリティのまったくない大河ドラマのあらすじを読んでいる気になります。
ただ、それでもその手紙の中で共通しているのは、どうやら対人関係にいつももめていて、仕事が長続きせず、今現在も無職で、朝眠り、夕方起きて本を読んだり自分で文章を書いたりして一日を過ごしているようです。
なんだかなあとは思いますが、とりあえず手紙がいっぱい来るだけで、直接私には何らかの被害が出ているわけでもなく、そういうことではありませんから、気にしなければそれでいいのかもしれませんね。
ただ、編集部の方で、差出人矢野優子の手紙は破棄してくださると助かります。
夢野愛」

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