じんのひろあき短編戯曲集 『まみりんの不倫』
そこは工事現場。森山真美こと、まみりんが人目を忍んで入って来る。
「OK! 大丈夫、大丈夫…人いないよ…」
と、また上手にハケて。
「はい…
いいよ、いいよ…貰った…」
と、言いながら、学校で使う机を持って入って来る。それを真ん中に置くと、後ろからついて来た詩子に。
「詩子ちゃん…
詩子ちゃん…
早智子は?
(と、早智子遅れて来たよう)あ…来た、来た…早智子、こっち、こっち…
(早智子に)いないでしょ…警備の人。
うん…夜はいないんだよ…この工事現場…チェックしてるから…
だって、別に盗まれる物ないからね…
鉄骨とか鉄柱とかばっかなんだもん…
12階だって…地下2階で…
(机を持って)明るいとこに行こうよ…」
と、下手よりに机を置く。
「乾杯しようよ…先に乾杯…」
そして、ポケットから一番小さな缶ビールを取り出して開ける。
「それではかんぱ~い」
ちょっと飲んで。
「あ~、来る~」
と、『あ~』とか言いながら、体でダンスして、その喜びを表現するまみりん。
「今、喜びをダンスして表現してみました…
なんか、まだすっごいドキドキしてる…
ねえ…ねえ…してるよね…ドキドキ…
私、万引きとかはした事あるけど…
うん…
化粧品とか…
でも、(机を示して)こんなにおっきいもん盗んで来たのって初めてだから…
夜の学校って、全然違うよね…
(机見て)なつかし…一か月前までは、この机、私の物だったんだよね…
私、この机で…よく寝たな…こうやって…」
と、寝て見せる。
「(そのまま)私の高校生活って、これだったのよ…これ、これ…
詩子ちゃん…あんまりそっち行くと危ないよ…足場組んでないとこあるから…」
と、早智子がその机どこに埋めるの? と、聞いた。
「そっち、そっち…」
と、行って覗き込む感じ…
「ここ…深いでしょ…
ほら、下見てよ…
生コン打ってあるでしょ…
あそこに、明日朝いちで、またコンクリ流し込むんだって…
だから絶対バレないよ…でさ、あと半年もしたら、この上に十二階建てのビルが建つんだもん…
うん…
お墓みたいなもんだよ…私の高校生活のさ…
早智子…あんまり覗き込むと危ないよ…
早智子、なんか飛び込みそうだよ…怖いよ…
うん…ほっとくけどさ…」
と、その場を離れる。
机の側に詩子ちゃんがいるはず…
その詩子ちゃんに向かって。
「…この十二階建てのビル、私が自主的に学校を辞めた記念碑になるんだ…
きっとさ、ビルが全部出来上がって、遠くからこれ見たら、ああ、あそこのビルの基礎に私が高校の時に勉強した机が埋まってるんだなって思うと…なんか…いいよね…」
と、小声になって。
「早智子って、まだピザ屋のバイトしてるの?
あの死んだ店長ってどうなったの?
でもすごいよね…早智子が『死ねばいいのにあんな奴』っていったら死んじゃったんだもんね…
あ、早智子来た…またあとでね(その話は)…
え?
なに早智子…
うん…他にも? うん、いろいろ持って来たよ…記念の品…
ほら…」
と、写真を取り出す。
「これ、最初にうちのダンナと出会ったあの夏の日の記念すべき、記念写真…日付の入っている写真って、私すごい好きだな…
(と、急にしみじみしてしまったまみりん)私この頃、本当根性入ってたな…
まさか、まさかだよね…
こん時はこの人と結婚するなんてさ…
ふたりの写真の後ろに、運命の紅い稲妻でも写ってないかな…」
と、写真をよく見ている。
「新婚? あんまり実感ないんだよね…
朝起きて、いってらっしゃいして、私もバイト行っちゃうからさ…
時給980円…安いの…
笑わないでね…
脱ぎたてっていうの…
『脱ぎたて』っていうお店なの…中古の制服うってるの…セーラー服とか…
え?
誰が?
うん…うん…あ…それ、私だよ…雙葉の制服着て歩いてるんでしょ?
男の人と…それ、私、私…
店外デートだよ…いや…いや…そういう事はしないの…違うってば!」
なかなか本気にしてくれないんで、違う、違うという意思表示のダンスをする。(これは、さっきの嬉しいダンスと同じでも構わない)
「本当、本当…なんにもしないよ…
ふたりでファンシーショップ行ったりして…ペンケース買ってくれたりするの…
(首を傾げながらも)いや、それが楽しいんだって…
そんなにおじさんでもないよ…
そうそう…小室哲哉っていうの…その人
…あの小室哲哉とは全然違う人だよ…
あたりまえだけど…ま、お金くれたりするから、悪い人じゃないよ…
早智子、突っ込むなよ…何もないって。
小室さんとは…どうして、人の平和な家に家庭不和を招く!
早智子さ…なんか変だよ、最近…うん…嫌いじゃないけどさ…嫌いじゃないからって、(詩子に応援を求めて)ねえ…即それが…あれになるってもんでもないでしょ…
指示代名詞ばっかじゃわかんないか…
指示代名詞ってあれだよ…
こそあど言葉だよ…
詩子ちゃん、学校行ってる、ちゃんと?
私は中退だよ…中退だけど知ってるよ…
不倫!!
…出た、不倫!
そう来ると思ったよ…
そういう問題じゃないよ…精神的には好きだけどね…そうかな…そういうのが一番罪なのかな…そういわれるとね…なんかキリスト教みたいだね…
あ、そうか、早智子はクリスチャンだからね…
お母さんがそうなんでしょ…
じゃあさあ…じゃあさあ…お金くれたり、物買ってくれたりするから好きっていうのは不倫なの?
だって…好きでしょ…物買ってくれる人って…
でさ…それで…好きになっちゃって、関係したとするよね…
それって…どうなの?
関係して物貰うのはねえ…ウリになっちゃうけど…
順番が逆の場合って…
にわとりが先か卵が先か…だよね…
好きは好きだけどさ…
でもやっぱり、うちの旦那と駆け落ちした時の燃え方とは違うもの…
あんときゃ燃えたよ…
愛ってこんなにすばらしいものかって思ったもの…
私だから言えるよね…こんな事…」
間。
「女に生まれてよかったよ…」
あっあっあっあっ! と笑うまみりん。
「君達もね、人生賭けて、後戻りの出来ない恋愛すればわかるよ…
詩子ちゃん…
いろいろ考える暇があったら、正広君と結婚しちゃいなさい…
当たって砕け散るんだよ…
行っちゃえ!
行っちゃえ!」
と、また『行っちゃえ、行っちゃえ』をダンスで表現するまみりん。
と、二人が、寒いから行こうと言い出した。
「もう行く?
寒い?
私?
私は全然…うん、愛があるから…
行く?
じゃちょっと待って…これ、捨ててくっから…」
と、机を運んで来るまみりん。
「じゃあな…」
と、机を縦坑に落とす。
そして戻って来る。
「後悔?
全然してないよ…
だって、後悔なんて死んだ後ですればいいじゃない…
今することないじゃん…
そんなの…」
早智子の飲み残しビールを見つけるまみりん。
「早智子ちゃん…
ビール余ってるよ…
早智子ってアルコールだめなんだ…
なんで、前呑んでたじゃない…嫌いになったんだ…
じゃ、私、飲んでいい?」
と、飲み干すまみりん。
「あ~」
暗転。
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