じんのひろあき短編戯曲集 『休日の夜』
フリーマーケットの会場。様々な人達が、いろいろな物を売っている所。
早智子と詩子もここに店を出している。
そこに早智子の姉、観奈子が来る。
すごい人で会場はごった返している。
観奈子はまるで、復員兵の中から夫を見つける母のように、早智子の店を見つける。
「あ~いたいた…
ここかぁ…
早智子の店は…
(と、早智子の隣にいる詩子に向かって)こんにちは、詩子ちゃん…
(早智子に)わかんないよこんなにみんな似たような店出してるんだから…
車停めるとこなくって…あっちかわに停めちゃったもんだから…
ベンツとかビーエムの間…
いいよね…
大丈夫だよね…
なんでも売ってるんだね…フリーマーケットっていうのは…
早智子はどう? 売れてる?(返事)ボチボチでんな?…なにか買ったげようか? 店の並びで売上とか変わるんだ…(と、自分の後ろを見て)こっちの建物はなに? 交番か? ふうん…安全でいいかもね…
こっちの服、中古なんだ…あ…この皮ジャンいいな…これいくら? 千円? 安いな…安過ぎない? これ、本物の皮じゃないの? ああ、そうなんだ…こういうとこに来る人って、千円以上になると、手が出ないんだ…どういう人達が買いに来るの?(また別のを見つけた)あれ? うそ! これピンクハウスの上下じゃない…上下で七百円? ピンクハウスが七百円? ねえ…どういう金銭感覚なの?
あ…そっち行っていい?」
と、早智子達がいるはずの品物が並べられている向こう側に行く。
「いいね…こういうの…昔思い出すじゃない…お店やさんごっこっていうか…
売れてる?」
と、ここにお客が来る。アジア人の集団である。観奈子もつられて。
「(小声で)いらっしゃいませ…
(様子をうかがうように)どうぞ…お安くなってますよ…」
と、彼らが選んでいる物を見ている…
そして彼らの一人が話しかけたよう。
「えー、あー、スリーハンドレッドエン! ノー、ノー、ノースリーハンドレッドエン…
ノーノーノー、あー、キャンユースピークイングリッシュ? あ、駄目だ…なに言ってるのか全然わかんない…キャンユースピークジャパニーズ? なに言ってっか、わかんないな(隣の詩子に)この人達日本語も英語もわかんなくって、どうやって暮らしてるんだと思う? やっぱりさ…人間って、言葉通じないと、ついへらへら笑ってごまかしちゃうよね…(笑って)この人達、OK、OKって、なにがOKなんだよ…
「あ!
(叫んで立ち上がる)万引き!
ほら…そこにあったダルマ持ってった…」
と、早智子とその後を追って駆け出す。
その際に『ここをよろしく』と言ったよう。
「うん、わかった! (平静に戻って)早智子、足速いんだけどな…あのアジア人もえらい速いな…
詩子ちゃん…
詩子ちゃん…
大丈夫かな…
よくあるんだ…こういう事…
うわ…なんかすごい悔しいね…悔しくない?
悔しいでしょ…悔しいよね…ああ…すごい悔しい…
多いの?
ああいうアジアの人…客の半分くらいはガイジンなんだ…
安いといえば安いからね…フリーマーケットって…
万引き対策ってないの? 立て札?」
と、その万引き防止の立て札を読む。
「万引きした奴は泣かす?
うん…
気持ちはわかるけど…
万引きしてたのって、日本人じゃないじゃない…
こんな立て看板日本語で書いたって駄目なんじゃないの?
どこまでいったのかな…
早智子の奴…
ねえ…あのダルマいくらで売ってたの?
6万円?
6万円?
1000円以上になると手が出ないんじゃないの?
顧客がいるんだ…そういうのだけ見に来る…
この鍵なに?
…なんの鍵なの?
あれ値段がついてる…一、十、百、万、十万…二十万?
これなんの鍵なの?
ベンツ?
ベンツって車のベンツ?
あんたたち車まで売ってるの?
こんなところで?
それで、ベンツはどこにあるの?…(と、さっき自分が車を停めた方向を示して)あのベンツあんたたちの売り物なんだ…ここでお金払うと鍵渡すんだ…アバウト過ぎない? こっちの八万円って書いてある鍵は?
BM?
ベンツ20万で、BM8万?
(説明を聞いて)車高の低いBMなんだ…
じゃやっぱり8万だよね…
ああ、私なんかここの感覚わかってきたみたい…
株も売ってる?
あんたたちいったいなにやってるの?
それはちょっとまずいんじゃないの?
土地も扱ってる?
…やっぱり私ここの感覚についていけないかもしれない…
ちょっとね…」
と、詩子ちゃんがダルマの秘密を見せてくれる。
「なに? ダルマの秘密って?
あ…中になんか粉が入ってる?
白い粉…
ええ?
うそ…ここでこんなもの売っていいの?
だからこのダルマ6万円なんだ…
ここで捌いてたんだ…
早智子と詩子ちゃん…やるね…
こんな交番の裏でこんなもの売ってるなんてお釈迦様でも気がつかないよね…
そうだね…
早智子戻ってこないね…どうしちゃったんだろ…
さっきのアジア人に捕まってボコボコにされてるかもしれない?
え?
うそでしょ…そんな事あんの?
うん…わかった…店番やってるよ…詩子ちゃん…たったひとりの妹なの…よろしくね…うん大丈夫…ダルマだけ注意するから…」
と、出ていく詩子を見送って、本格的に店番を開始する。
と、客がピンクハウスの服を値切りに来た。
「はい、いらっしゃい…
はい、いらっしゃい…
その服ですか?(元気よく)ピンクハウスの服がなんと、なんと700円! 700円…超お買い得ですよ…ピンクハウスの上下…本当だったら10万はしますよ…
高い?
お客さん…なに言ってるか自分でわかってますか? ピンクハウスですよ…負けませんよ! 500円にはなりません…600円? 700円からビタ一文まけません…」
客、去っていく。
観奈子、おもむろに立ち上がって。
「大事に扱えよな…なんだあの客は…ピンクハウスのありがたみも知らないで値切りやがって…
私、昔ピンクハウスの服が欲しくて、欲しくて…
すごい欲しかった時があって…
私だって、『宝島』読んで、『オリーブ』買ってた頃があったんだから…
でも買えなくって…
ああ…なんかいろんな事…
昔のいろんな事思い出しちゃった…
読者モデルにみんなで写真撮りっこして送ったりもしたのよ…
ああ、なんであの時代にフリーマーケットがなかったんだろ…
あったのかな…私が知らないだけだったのかな…
いいよな今の子達は恵まれてて…」
と、どこからか少年が紛れ込んできて、ピンクハウスの服に触ろうとする。
「ボク! ボク! ソフトクリーム垂らしちゃだめよ…
これ、ピンクハウスの服なんだかね…
これはなにって…万引き防止の立て札だよ…
ハウマッチ? だからこれは万引き防止の立て札なんだって…
売り物じゃないよ…売り物じゃないんだって…
よし! ファイブハンドレッドエン! 売った!」
と、その立て札を渡す。
「なんでこんな物欲しがるんだ…」
と、さっきの子供はまだ、ピンクハウスのあたりをうろうろしている。
「お~ら!」
と、ピンクハウスの服を庇って、自分のスカートにソフトクリームを垂らされる。
「危ない…私のピンクハウスが…なんで私…ピンクハウスの服を…
七百円のピンクハウスの服を、ソフトクリームから守らなきゃなんないんだろ…
なんか、私が大事にしていたものが…どんどん踏みにじられていくような気がする…
ボク…ボク…あっち行きなさい…ボク、ボクったら…」
と、隣のお店の人が。
「え?
殴ればいい?
この辺の子は殴らなきゃ言う事聞かないんですか…
でもまあ、事を大袈裟にはしたくないですし…
ええ…
ええ…
今、店番やってまして…ええ…ポテトチップですか…はい…いただきます…」
と、ポテトチップをもらう。
「なに売ってらっしゃるんですかこっちのお店は…うわ…」
と、隣の店を覗き込む…
「本とか多いですね…あ…これなつかしー『へんたいよいこ新聞』だ
…ありましたよね…これ…あ、じゃあ、だいたい似てるじゃないですか?
年が…業界君物語?
あった、あった…こっちは?
『気まぐれコンセプト』と大友の『童夢』『おともだち』もある…
YMOの『増殖』も売っちゃうんですか…
そうか…
私達の世代が、フリーマーケットに出すものって、やっぱりこんなものなんですよね…
世代って、オバさんくさいな…
終わったんですね…八十年代は…
あ…これこれ…立花ハジメのヒョウタンツギのついてるアルバムだ…
ET人形三輪車付き?
ETの籠が取り外し可能?
作った人の思惑がちょっとわかんないな…
『マリオ』と『ポートピア』もある…なんか私の青春が売られているような感じですよ…
え?
なになに?
とっておきの?
『裏玉姫』…戸川純か…(妙に感動して)ああ…ねえ…
『ノルウェイの森』上巻だけ?
…あ…『羊』もある…
この黒いのは? ミチロウの『ベトナム伝説』、『PS…元気です俊平』。
マイケルセンベロの『マニアック』?
それは知らないな…
『ANOANO』…
これはなんですか?
『劇画アリス』廃刊号
…わかんない、わかんない…
ああ…駄目…私あの当時から、キャベツ人形って嫌いだったの…
泣くな!
子供!
怒ってない、怒ってない…
商売してるだけだよ…そんな恐がってないで…
ほらほら…ここでアイスまた垂らしたら、お買い上げ頂くぞ~!
商売してるだけだよ…商売、商売…
(隣のお店の人に)八十年代って…あんまり高く売れそうな物ないよね…
まだ時間が経ってないからかな…もうすこしすれば…価値が出るのかな…八十年代って…」
暗転。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?