連作一人芝居『我々もまた世界の中心』『セイタカアワダチソウ』

  埋立地に近いマンションの一室。
  今、コンビニから帰って来た金井景子が、家で待っていた氏家真知子に。
「マチコ、お待たせ…どう? かかって来た? 無言電話」
  まだといわれた。
「そお? おかしいなあ…うん、この時間特に多いんだよね…電話鳴るでしょ、取るでしょ、なにも言わないでしょ、受話器置くでしょ、すぐ鳴るの…
 すぐだよ、本当に(と、受話器を置いて)これで鳴っちゃうの……
 オートリダイヤル?
 かもしんない。でも、そんな機能、無言電話に使われちゃたまんないよね…
 逆探知、お願いしたんだけど、できないって…NTTが…
 でも、おかしいなあ…今日に限って、何でかかってこないんだろ?
 お休みの日とか?
 …なんか本業の方が忙しくて、無言電話なんかかけてる暇ないのかもね…
 なにが本業 だかわかんないけどね…
 電話代、稼いでんじゃないの、無言電話だって、一回かけりゃ、十円なんだから…
 最高(にかかって来たのは)?
 1日に126回かな…
 うん、数えたの…
 126回って事は…1260円か……1日遊んで1260円か…お安い娯楽だなあ…
(と、マチコに言われて)遊んでるわけでしょ、無言電話かけて…
 なんか飲む、マチコ…
 アルコールあるよ…
 いろいろ。その戸棚の所、うん…
 前のルームメイトが飲む人だったから…
 会った事ないっけ…
 あ、そうか、ないか…
 うん…
 そうねえ…
 恋多き女って感じの子かな…
 うん、かわいいタイプの…
 そのうちまたふらっと帰って来るんじゃないかなって取ってあるんだけどね…
 帰って来る可能性? 3パーセントくらいだね…ゼロって言わない所が、未練タラタラでしょ…
 その子がいた時から…だから、4ヶ月前くらいからかな…
 最初は1日に2回とか3回くらい…まあ、かわいいもんだったよ、今から思うと、あの頃は……
 でも、無言電話かかって来てもさ…人がいるとさあ…
 怖いよねー、やだよねー、なに考えてんだろうね…
 何て言ってれば、気が紛れたんだけど…出てっちゃったら、独りぼっちになっちゃって…
 不気味さ倍増…
 会社にいても、電話が鳴る度に…電話ってさ、本格的に鳴る前に、リン! って短く鳴るじゃない…
 あれが鳴ったとたんに、全身にアドレナリンが! って、感じよ…職場変えるわけにもいかないしさ…また新しい会社で一から始めるのってやだもん…電話番号変えたりねえ…するのが一番いいんだろうけど…でもさあ…その三パーセントがさ…もしかしたら、電話かかって来るんじゃないかって…だから、電話も止めらんないし…苦しい所なのよ…
 まだね…やっぱり好きみたい…
(マチコに)電話した時もさあ、ちょっと泣いてたんだよ…
 怖くて…いっつもさあ、私、なにかあると、マチコに頼っちゃってさあ…
 ほんとゴメンとは思ってるんだけどね…
 他にいなくてさあ…
 私、カムアウトしたら、友達10分の1になっちゃったもん…
 ちょっと、つらい事あると、電話しちゃうんだよね…
 そう? 本当にそう? うん……うん…そういってもらえるとすごい、楽になる…」
  と、マチコがウイスキー空けてもいいかと聞いた。
「いいよ、いいよ、空けても…また買えばいいんだから…
 お酒取っておいたからって、帰って来るってもんでもないし…
 かかってこないな…待ってる日に限って、無言電話はないのか…
 この部屋にふたりいるから、今日は様子が違うと思って、かけてこないのかな…」
  と、窓の方に寄って行って。
「私の事を監視しながら、無言電話かけて来てたりして…」
  と、窓の外を見て。
「でも、ここからじゃ、監視は無理か…
(マチコに)氷あるよ、ミネラルウォーターも…
 なんにも入れないで呑むの?
 すごいな…前からそうだったっけ…
 そうか…でも、体…気をつけてね…
 水、飲めないよ…この辺の水は…
 埋立地だからね…元々ここは海だったんだよ…
 私がここに住み始めた時は、この辺りなんにもなかったんだもん…
 うん…
 親にさあ…日記みたいなもん書いてたんだけど、それ読まれちゃってさあ…
 私のほら、恋愛の数々がばれて…説明したんだけど、わかっちゃくれなくてね…
 あの頃貧乏だったから、この辺のマンションしか借りられなかったからね…
 ずいぶん変わっちゃったよ…
 あの辺…
 ずっと向こうまで、セイタカアワダチソウが咲いてたのね…
 今は駐車場になっちゃったけど…セイタカアワダチソウって、元々、日本になかった草なんでしょ…
 そうそう、アメリカザリガニと一緒で、輸入されて来る荷物に紛れ込んで、日本に来て、それでこんなにあっという間に繁殖したんだってさ…
 なんか、そういうタフさっていいよね…
 どこ行っても、元気にやってけるってさ…
 うん…
 ぜんそくの元になるらしいよ…
 そう、その土地の人には迷惑な奴なんだけどね…
 そうねえ…公衆電話からの時もあるし…
 シーンとしてる時もあるから、自宅からもかけてると思うよ
 …公衆電話のオートリダイヤルってさ…あるんだ…
 へえ…あるんだ…でも、マメだよね…すごいエネルギーだよね…
 マチコ、今日どうする?
 泊まっていく?
 布団あるよ…お客さん用の…
 うん…
 彼女の布団じゃないよ…
 明日仕事は? じゃ、いいじゃん…私向こうの部屋に寝るから、平気でしょ…
 せめてさあ…電話かかって来る時までいてよ…
 私、見てみたいもん、マチコがどういう対応するのか…
 うん、やった、やった、そういうの…
 怒ったし…
 怒鳴ったし…
 あとあれ株式会社読み上げたり、うん、そういう時はわりとあっという間に切れるんだよね…
 それ以外の時は、長い沈黙があるんだけど…
 驚いてると思うよ…
 でも、驚いてるって事はさあ…電話の向こうに人間がいるって思うよね…
 そしたらさあ…まだ、戦う希望があるって事だよね…
 人間じゃない奴だったら困るけど…いるじゃない、見た目人間みたいだけど、人間じゃない奴って……
 私さあ…ほら、ずっとこういう恋愛ばっかりだったからさあ…
 何でもつい結びつけちゃって…よくないんだけどね、そういう考えは…
 普通に暮らしてるつもりなんだけど…
 心当たり?
 考えたけど…ないよ…
 会社でも、ちゃんと生きてるし…
 でも、いいかげんな奴多いよ、この前も新入社員が来てさあ…
 一日目で、歓迎会までやったのに、来なくなっちゃってさあ…
 カラオケボックスで一曲歌った姿しか印象にないよ…
 おつまみ? あるよ……」
  と、袋からスナックのようなものを取り出す。
「こんなんでいい?」
  と、開けようとするが開かない。
「あ…あれ?(開けようと努力する)
 あ…あれ…
 ハサミ…ハサミ…
 あ、あるの? カミソリ? 何でこんなもん持ち歩いてるの?」
  と、いいながらスナック菓子の袋を開ける。
「いいよ…いいよ…そんなの…
 だって、私いっつもマチコに迷惑かけっぱなしで(カミソリを返す)高校の時からだもんね…
 なにかと、本当に…高校の時…
 大失恋したでしょ?
 あの時マチコが私の家に泊まりに来てくれて…
 マチコが朝まで私の手を握ったまま眠ったでしょ…
 あの時なんか本当に救われたよ…いや、もうだめだよ…ありがとう…
 嬉しいけど、もう…もうだめだよ…
 あの時はそれで終わったけど…
 今はさ…
 もう、それだけじゃすまないんだな…これが…
 うん…変だよね…大人になった方が、自制がきかなくなるなんて…
 だから、もし泊まってくれるなら…
 向こうに寝て…お願い…ごめんね…変なお願いで…ごめんねマチコ…」
  と、電話が鳴った。
「あ、電話だ…
 マチコ電話。
 鳴ってる。
 無言電話だよ…
 だって、だってそんなの取らなくっても、わかるよ…
 だって無言電話以外、かかってくるはずないもん。
 マチコ…出て…
 出て…かかってこないってば…」
  だが、電話に飛びついてしまう。
「待って…でも、やっぱり私出る」
 と、電話に出る。
「もしもし…(緊張して)もしもし…」
  間。
「私……私だよ…うん……」
  と、マチコに三パーセントであることを伝えようとするが、それもやめて、
「今日? うん…人が来てるわけじゃないけど…」
  と、マチコを気にする。マチコは気を使って、外に出て行こうとする。
 (電話を適当に応対しながら)そして、マチコとの無言の別れがあって。
 手を振り。
「今日? うん…来てもいいけど…
 でもねえ…お酒、うちないよ…
 だって、帰って来るかどうかわからないやつのために、
 取っておくわけないでしょ?
 うん…来てもいいよ…
 うん…来てもいいって…
 待ってるよ……
 じゃ…」
  と、電話を置く。
  外に向かって、
「マチコ! ありがと!」
  暗転。

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