朗読劇二人芝居『ファンレターズ』矢野優子2通目

矢野優子「東京都千代田区神田神保町2の32 キノビル4階、
永幸出版ティーンズハート編集部、夢野愛様。
前略。
先生。私はぶきっちょなんでしょうか?
いつもお化粧をしていると、口紅が思うように塗れなくて、気がつくと口の回りが真っ赤になっているんです。
唇にあわせてそこからはみ出さないように、はみ出さないようにと思って、口紅を引こうとするのですが、はみ出さないように、はみ出さないようにと思えば思うほど、手が震えてきて、思うように口紅が塗れないのです。
私はかっとなると見境がつかなくなる困ったちゃんなんですが、とうとう今朝はキレてしまって、自分の三面鏡をグーで殴って鏡を割ってしまいました。
口元ははみ出した口紅で真っ赤だし、割れた鏡で手の甲から大出血しちゃうし、もう、今日という今日は本当に自分がイヤになりました。
というわけでこの手紙は左手で書いていますが、私は右手でも左手でも字が書けるので、いつもとどこが違うんだと思われるかもしれませんね。
器用だねとよく言われますが、口紅だけはうまく引くことが出来ません。
先生はなんで返事をくれないのですか?
この手紙は先生のところに届いているのでしょうか?
今日は先生のために、詩を書きました。
『ピーピー、ピーピーと呼ぶ声ありて』
街が鳴っている、街が鳴っている
聞こえてる、聞こえてるでしょう
かすかに耳の底に沈んでいるこの声が
聞こえるよね、聞こえるよね
かすかに街の空気を振るわせている、この音が
だから私の心は割れたの
粉々になって、見事なくらいの破片になった
気付いていたのは私とあなただけ
でも、知っていたのは、夜の蝉の左足だけ
街が鳴っているのに、誰も止めないでいるのは許せない
みんな、自分には関係ないと知らん顔
私はごまかされない
けれど、ビーナスは緑
街が鳴っている、私は雨を待っている
日が暮れていくのは寂しく
それでも時計は三時を告げる
無くした色鉛筆をさっきからさがしているのに、
街が鳴ってて見つからない
私は一人でそれを聞いている
鼻歌混じりにバスが行くのは
鳴りやまぬ街の奥深く
首までつかってしまったら、もう出てはこれないの。
私は何度もそう言ったはず
もうわかったから、もうわかったから、
誰か私を止めてください
もうわかったから、
誰か私を眠らせて
矢野優子」


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