連作一人芝居『我々もまた世界の中心』 『金閣寺再炎上』

  6つになる孫の雅人を連れた鮫島勝彦が来る。
「どうした…疲れたか? 雅人…もう少しだよ…
 本当だよ…本当、本当…
 ほうら…見えるかい…な…あれが金閣寺だよ…綺麗だろう?
 この金閣寺っていうのはな…足利義満が1398年、今から…約600年前に、舎利殿として建てたものなんだよ…舎利殿っていうのはね、仏舎利といって、仏様の骨をまつる仏堂なんだけど…この金閣はそれだけじゃなくって、池の景色を引き立てる飾の役目もしたし…中で、庭園鑑賞や、友好、社交が行われたんだよ…
 北山殿は、義満の死後、菩提を弔う鹿苑寺になり、室町時代末期には、建物が荒廃したらしいが、江戸時代に本堂や、書院が再建されたんだ…
 1950年7月2日、午前2時50分ごろ、金閣から出火、市の全ての消防署から、消防車10台が出動したが、金閣はすでに火に包まれて、手のつけようがなく、初期足利時代の代表的建築物の国宝は、内部の古美術と共に1時間後に全焼した…
 犯人は徒弟の大谷大学1年生…放火の動機は…金閣寺の美しさに、ねたみを抑えられなくなった…
 …あの時、じいちゃんは12才で…小学校の6年生だった…
 明け方…
 近所の人達が大騒ぎしているんで…起き出して…外に出たんだよ…
 向こうの方の空が何だかぼんやりと明るくて…火事だって事がわかったんだ…
 じいちゃんはもう必死で走った…
 たぶん、もうこれ以上速く走れないっていうくらいに…必死に走ったよ…」
  と、雅人が何か言ったよう。
「あ…ああ…
 間に合ったよ…
 これだけのデカイものなんだ…
 そう簡単に燃えつきやしないよ…
 なんたって9割がたの焼失だったんだからね…
 ほとんど残ってないも同然だった…
 全部燃えちまったんだよ…義満の木造も…なにもかも…
 燃えていたよ…
 じいちゃんがここに着いた時も…
 まだ、バチバチいいながら…燃えていたよ…
 なあ…
 ここでこうして見ているだけでもこんなに綺麗な金閣寺なんだよ…
 これが炎に包まれているところといったら…
 それはもう…綺麗なんてもんじゃない…
 もう…
 もう…
 もう…もう…
 言葉にならないくらいの美しさなんだよ…
 黒い池の水に、赤い炎を上げている金閣寺が映っているんだ…
 え…
 ああ…
 そう思うだろう?
 そうなんだよ…
 じいちゃんな…あちこちに転移しているって聞いた時に、真っ先にその事を思い出したんだよ…
 …うん…不思議なものだ…
 誰か…親とか…兄弟とか…死んだおばあちゃんの事とか思い出すんだったらまだしも…
 じいちゃんはこの燃えている金閣寺を思い出したんだよ…
 その時に思った…
 こんなに美しい風景を…誰かに伝えておきたかったなって…
 だから雅人…お前をここに連れてきたんだよ…
 ここは…
 おじいちゃんの思い出の場所なんだよ…ここはね…」
  と、その場を示し。
「ここなんだ…ここに立って…あの向こうで…金閣寺は燃えていたんだ…
 変わってない…変わってない…同じだ…
 金閣寺はその5年後…昭和30年に再建されたからな…
 どうだ…雅人…じいちゃんの話を聞いていると…見たくなるだろう…
 見せてやるよ…
 見せてやるよ…
 本当だよ…
 おじいちゃんが今から見せてやるよ…
 燃える金閣寺を…
 雅人…ここにいろよ…
 ここで待ってろよ…
 おじいちゃんが今、火をつけて来るからな…
 大丈夫…調べも済んだし…準備もOKだよ…
 見せてやるよ…雅人
 …この世のものとは思えない美しいものを…美しいものを…
 さあ…金閣寺…再炎上だ…」
  と、身を翻して、走り去る勝彦。
  暗転。

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