じんのひろあき短編戯曲集 『お天気お姉さん』

  明転すると、そこは町田海(22)ちゃんの部屋。
  カンちゃんと一緒にテレビを見ている。
  テレビにはお天気お姉さんをやっている海ちゃんが映っている(らしい)。
海ちゃんの声「今日は西日本から天気が崩れ始め、夜半には東海地方で豪雨が予想されます…」
カン「あ、これ見た」
海「これも見たの?」
カン「見た見た…この服見覚えがあるもん」
海「このスカート、すごくかわいいんだよ」
カン「(と、画面を示して)これでしょ…かわいいよねえ」
海「かわいいよねえ、私」
カン「これなに、毎日録画してるの?」
海「自分で見て反省会をしたりするの、時々だけど…でも、カンちゃん、毎日見てるくらいの勢いだよね」
カン「ああ、ほぼ毎日毎回かな」
海「見てるよね」
カン「ね、見てるでしょう?」
海「すごい見てるね、カンちゃん」
カン「毎日毎日バイトに行く前にテレビをつけるでしょう?」
海「うん」
カン「海ちゃんが映ってるわけだよ」
海「月金でね」
カン「お天気お姉さんだもんね」
海「毎日、テレビで見れるんだもんね、私が」
カン「そうなんだよね」
海「しかもただで」
カン「ただって…」
海「うれしいでしょう? 毎朝、私がカンちゃんちに」
カン「いやいやいや、カンちゃんちってことではなくて、ただテレビに映ってるだけなんだけど」
海「でも、なかなかないよ、別れた女が毎朝テレビに出てるなんて」
カン「うん、うん…そうそう…そうなんだけどね」
海「ねえ…どう、カンちゃん、うれしい?」
カン「うれしくない」
海「またまた」
カン「うれしかないよ」
海「どうしてぇ!」
カン「苦しいよ」
海「苦しい? なんで?」
カン「だってね、別れた女が毎朝、毎朝、テレビに映って、それが笑顔で、それがまたかわいくてさ」
海「かわいいよね、私」
カン「かわいいさ」
海「うれしいでしょ?」
カン「だから苦しって、もう別れた女なんだよ」
海「でも、メールとか電話とかしなくても、私が元気で毎日生きている姿が見れるわけでしょう?」
カン「それはそうなんだけどね」
海「便利な時代になったよねえ」
カン「それは意味が違うと思うけど」
海「毎日一時起きなんだよ」
カン「一時? 夜の?」
海「そう、一時に起きてタクシーで局に行くの」
カン「へえ…そうだよね、もう電車とか走ってないもんね」
海「タクシーの中で起きる」
カン「タクシーの中で? 起きる?」
海「ほとんど寝たまま乗ってぇ…しばらくまどろんでぇ…起きる」
カン「だよねえ、変な生活サイクルだからね」
海「夜中の一時に目覚ましが鳴る生活なんだよ…それで、局に着くのが二時とかで、そっからメイクしながら打ち合わせして、朝御飯をちょっと食べる。お菓子とかも食べる。で、四時半から本番。七時までお天気のコーナーが三回あるの。それが終わると、ちょこっと別の仕事して、九時にはお疲れさま」
カン「どういう感じなのか、聞くだけじゃわかんないねえ」
海「朝十時にようやくビール解禁」
カン「朝からビールか」
海「でも、仕事は全部終わってるから」
カン「そりゃそうだけどね」
海「十二時には泥酔」
カン「大丈夫かよ…体」
海「これがずっと四月から続いてるんだよ」
カン「半年…よく続いたね。飽きやすく諦めやすい海ちゃんが」
海「まさかねえ…お天気お姉さんに私がなるなんて」
カン「びっくりしたよ、テレビつけたらお天気喋ってるからさ…思わず「海ちゃんなにしてんの!」って突っ込んじゃったもん」
海「今年台風も結構来たからね」
カン「台風の中でもやってたね」
海「もう、上から下までびしょびしょでさあ…」
カン「大変だ」
海「うん、でも、その後の局の熱いシャワーが気持ちいいんだ」
カン「同情しようと思ったのに」
海「それで体暖めて、すぐに冷たいビール」
カン「局で?」
海「局の片隅で…ちょうど薬丸君が働いてるその時に、私は…ビール」
カン「なにかとがめないの? 心のさあ…なんていうの?」
海「仕事終わってるし」
カン「よかったね、まあ、最初に目指していた声優じゃないけど、お天気お姉さんで食えるようになってね」
海「うん…それもこれもカンちゃんのおかげだよ」
カン「まあ、それはいいけど…結構じゃあ、羽振りよくなった?」
海「うん…それがねえ、そうでもない」
カン「なんで? 月金でレギュラー持ってるわけでしょう?」
海「でも、ほら、衣装とか自前だし」
カン「衣装自前? 全部あれ、海ちゃんの…」
海「そう、クローゼットがパンパンになってきちゃったから、近所に四畳半の衣装部屋を借りたの」
カン「引っ越せよ!」
海「めんどくさいから」
カン「海ちゃん…」
海「ん?」
カン「根本的な部分はなにも変わってないね」
海「ありがとう」
カン「誉めてないけど…」
海「あのさあ」
カン「うん」
海「カンちゃんが出してくれた声優の学校の入学金、返そうか」
カン「本当に?」
海「返すよ…だって、あの頃は私、お金なかったけど、今はほら、月金のレギュラーがあるお天気お姉さんなんだからさ」
カン「本当に?」
海「本当、本当」
カン「いや…でも、悪いよ」
海「悪くはないよ…だって、あの時、カンちゃんが入学金出してくんなかったら、今の私はないんだから」
カン「そ、そう」
海「うん、感謝してる…すごく感謝してる…自分は浪人してて勉強しなきゃなんないのに、ティッシュ配りのバイトして、私の入学金稼いでくれて…」
カン「(万感)うん…うん」
海「本当に感謝してるし、今、ようやく恩返しできる時が来たんだから」
カン「なんか…」
海「なに?」
カン「良い話しだね」
海「うん…」
カン「ねえ」
海「うん…だけど、今、現金あんまないからさ」
カン「え?…」
海「体で払うよ」
カン「な、な、なんだとぉ!」
海「私の体で払っちゃう!」
カン「なんだよそれ」
海「入学金、二十万だったよね」
カン「それはそうだけど」
海「二十万か…三回でどう?」
カン「なにが「どう?」なんだよ」
海「三回で十分でしょう?」
カン「十分? おまえなに言ってんの?」
海「なに、気に入らないの?」
カン「気に入るとか、気にいらないとかじゃないんだよ」
海「なんで? みんなに良いって言われるよ、すごくいいって」
カン「みんなって誰だよ」
海「みんなはみんなだよ」
カン「だからみんなって誰なんだよ」
海「全員だよ。みんなみんなものすごくいいって」
カン「(どうでもよく)へえ」
海「海ちゃん気持ちいいって」
カン「おまえ、しらふでなに言ってんの?」
海「いらないって言ってるのに、お金くれるって人だっているんだよ」
カン「どういう人とエッチしてるんだよ」
海「誰だっていいでしょ」
カン「そりゃいいけど」
海「だからね、体で払うって」
カン「いいって」
海「ありがとうって言いなよ、素直にさ!」
カン「いらないって」
海「頑固だなあ」
カン「おまえとのセックスは俺、トラウマになってるんだよ」
海「なによ、トラウマって」
カン「心理的な外傷って意味だよ」
海「…よくて?」
カン「ちがうよ…どこまでも傲慢な女だなあ」
海「そんなところが大好きなんでしょう」
カン「ちがうよ」
海「うそうそ…」
カン「いらない…必要ない…もう一回言おうか? いらない…の!」
海「…なかなかいないよ、男にいらないっていわれる女の子って」
カン「いないよ! おまえだけだよ。俺もおまえだけにしかこんなこと言わないよ」
海「カンちゃん…」
カン「なんだよ」
海「…ひどいよ」
カン「なに芝居してんだよ」
海「私にだって傷つく心はあるのよ」
カン「知ってるよ! いやらしい女だなあ」
海「いやらしいって…みだらって言って」
カン「意味が違うよ! 日本語話せよ」
  と、海ちゃんが画面を示して。
海「あ、カンちゃんこれ」
カン「(も、見て)なに?」
海「ああ…カンちゃん知ってる?」
カン「え? なにが?」
海「これ事件はさあ…今、インタビューに答えている、この人いるでしょう?」
カン「あ、え、うん」
海「この人が犯人なんだよね」
カン「え? なんで、なんで知ってるの?」
海「なんでって、だって犯人だよ、この人」
カン「誰が言ったの? そんなこと?」
海「みんな」
カン「みんなって誰だよ」
海「全員が」
カン「だから全員って誰だよ」
海「局の人達…この事件が起きた時からもう、この人が犯人だっていう方向で取り組んでいるからさ」
カン「なんでそんなことをテレビの人が勝手に決めつけるんだよ」
海「勝手に決めつけるって、なんか私達が悪者みたいな言い方だよ、カンちゃん、ちょっと口を謹んでほしいなあ」
カン「な、な、なんだと?」
海「こっちだってさ、推測や憶測で言ってんじゃないんだよ」
カン「推測や憶測じゃないとしたら、なんなの? なにか証拠でも掴んだの? この人が犯人だって」
海「検証したんだよ、あらゆる可能性を」
カン「…あらゆる可能性?」
海「人海戦術で近所を絨毯爆撃のように聞き込みして、この人が証言していることの裏をとったの…化学的な解析もしてるんだよ。化学って化け学のほうね。そしたら、どうしてもつじつまの合わない、矛盾点がいくつか出てきたの、この人の話からね」
カン「矛盾点?」
海「そう」
カン「それはちなみになに?」
海「それは私の口からは言えないよ…ん、でも例えばね…人間と同じ重さ、似た素材の人形を何度も崖から落として、本当はこの人が証言しているように、服の端がひっかかって(と、その形を手で作って)こんな形にはならないとかさ」
カン「例えなの? それはさ」
海「うん、例え話として聞いてね」
カン「なんだよ、それ…なに、そんなことを今のテレビ局はしてるの?」
海「してますよ、当たり前でしょう」
カン「なんで当たり前なの?」
海「だって、報道だよ。そんなの裏付けをとるのは当たり前でしょう。いい加減な情報に基づいた報道なんてできないし、しちゃいけないんだからさ」
カン「報道? 朝のモーニングショーじゃないの?」
海「そうだよモーニングショーという報道」
カン「モーニングショーは報道なんだ」
海「そう、だから私は正式にはお天気キャスターっていうんだよ」
カン「そんな話はいいんだよ。え? この人が犯人? 検証した? 証言に矛盾点がある?」
海「もうねえ、この人が捕まった時に放送する素材とかも、みんな用意してあるんだよ」
カン「そうなの?」
海「そうだよ」
カン「そんな犯人だとわかってるのに、なんで警察は逮捕しないの?」
海「いろいろあるんじゃないの?」
カン「なんだよ、いろいろって」
海「そこはほら、大人の事情っていうか」
カン「犯人だっていうのは、間違いないの?」
海「間違いないね。検証もしたし、出入りしている警察のOBがさ、犯人はこの人だから、これからの報道は、これこれこうした方がいいって…いるでしょ、警察のOBさんってバラエティのコメンテイターとかで」
カン「いるいる、いるねえ」
海「証言していることを検証して、聞き込みして、その結果を警察のOBにもちかけて、判断を仰ぐ」
カン「それはもう警察じゃない」
海「いやいやいや、報道」
カン「モーニングショーはなにをやってるんだ? だったらおまえらが犯人を逮捕すればいいことなんじゃないの?」
海「冗談が過ぎるよ、私達はただのマスコミ、ね。犯人を捕まえるのは、私達の仕事じゃないでしょう」
カン「それはそうだけどさ…え、本当にこいつが犯人なの?」
海「そうだよ」
カン「(まだまったく納得できない)そうなの?」
海「え? カンちゃん、どこに目をつけてんの?」
カン「(自分の目のあるところを示し)ここに」
海「(あたかも今、初めてその目に気づいたように)ああ…そか」
カン「二つ」
海「うん…その節穴のような目で、しっかりと見て見てよ」
カン「見てるよ」
海「だんだん犯人に見えてきたでしょう?」
カン「う、うわ」
海「ね、ね、ね」
カン「ダメだろう、そういうことは」
海「どうして? だって私達の仕事って基本、サービス業だからさ」
カン「さっき報道って言ったじゃない」
海「サービス業としての報道」
カン「ない! そんなものはない」
海「だって、求められているのはそれなんだから、サービス業としての報道…真実はいかに! ね? 犯人は誰だぁ!」
カン「おいおい…」
海「おまえが犯人だぁ!」
カン「みんな、この傲慢な女を放し飼いにしていていいのか!」
海「豊満?」
カン「ご、う、ま、ん!」
海「サービス業としての報道がなんで傲慢なの? みんなが求めているものを提供する、みんながありがとうと、感謝する。美しいじゃあーりませんか」
カン「誰が? 誰が求めてるんだよ、そんなものを」
海「みんな」
カン「みんなって誰だよ」
海「全員だよ…」
カン「全員って…だから、どこの誰だよ」
海「日本のみんな、日本に住むみんなだよ」
カン「あ、あのね、俺はちがうよ」
海「え? カンちゃん、日本に住んでるでしょう?」
カン「そうだよ、ちがうよ、ちがう、ちがう、ちがうよ、ちがうのはそこじゃないよ。日本には住んでるよ」
海「そだよね」
カン「そのね、日本にすむ全員が求めてることじゃないんだよ、少なくとも俺はね、求めちゃいないよ、そんなこと」
海「そんなこと言って、カンちゃんだってテレビ見てるわけでしょ」
カン「そりゃ見てるよ」
海「興味を持ってるわけでしょう、好きなわけでしょう、モーニングショウが、ワイドショウが」
カン「好きじゃないよ」
海「『オーラの泉』が…」
カン「『オーラの泉』?」
海「あんなウソばればれ番組まで、みんなが見るでしょう。見ないわけじゃないでしょう」
カン「う、うん」
海「見るよね」
カン「ま、まあね」
海「見るでしょ」
カン「それでも俺はね、そんなことに興味はないよ」
海「みんな、そう言うんだよ」
カン「…みんなって誰だよ」
海「みんなはみんなよ」
カン「俺は違うよ」
海「みんなそういうよ」
カン「みんなって…全員だろう」
海「カンちゃんも含めて…みんな」
カン「…俺も求めてるのか」
海「もちろん…そうだよ」
カン「そんなつもりで見てはいないんだよ」
海「みんな、そう言うよ」
カン「俺も…みんなかよ」
海「そだよ」
  間。
カン「いや、俺はね…」
海「なに?」
カン「俺はね…」
海「なに?」
カン「…おまえがテレビに出てるからチャンネルを合わせてるんだよ」
海「…やっぱり?」
カン「や、やっぱり?」
海「だって…私、かわいいもんね」
カン「かわいいさ…かわいいけどな…いや、そうだよ、俺はな、おまえがかわいいからチャンネルを合わせてるんだ」
海「またまた…」
カン「本当だよ」
海「わかってるって」
カン「そのあたりがむかつく」
海「カンちゃん…」
カン「なに?」
海「…ただでもいいよ」
カン「……なに?」
海「抱いて…」
カン「な、なに?」
海「抱いて」
カン「いらない、の!」
海「(泣き真似する)へええええぇぇ!」
カン「泣きまねすんなよ」
海「へえぇぇ…!」
カン「(怒鳴る)笑ってるおまえがかわいいんだからさ!」
海「(泣き真似のまま)やっぱりぃ!」
  暗転。


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