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一声掛けることのコスト差ってすごく大きいんですね

こんにちは、ヒヅメです。

先日ベビーカーを押してエレベーターに入ったら、突然車いす使用者が物凄い勢いで入ってきて面食らったんですよ。

僕や子供が横に手を出したり動いたりしてたらちょっと危なかったかもなってくらいの速度で。まあ僕が後方確認してなかっただけなんですけどね。

また他の日にベビーカーを押してエレベーターに乗っていると、開いた扉の前でベビーカー持ちのご夫婦がおろおろしてたんですよ。

どうしたんだろうと思ってエレベーター内を見回してみると、どうも「あとちょっとみんなが詰めてくれたら乗れるのになあ」というスペース感だったんです。

そこで「乗ります?」とご夫婦に声をかけると、エレベーター内の人は「あ、ベビーカーの人いたのか」って感じでちょっとずつ詰めてくれて、ご夫婦も「どもども」って無理なく乗れたんですよ。

ここで、この2つの出来事がつながったんです。

「あ、一声をかけるコストって(人によっては)めっちゃ高いんだ」って。

思えば過去話題になったニュースにもこんなのがありました。

僕は男ですし、声掛けにコストを感じることは無かったんですけど、声掛け自体のコストが(本人の資質のせいだけではなく)高い人もいるんですよ。すみませんね、なんか当たり前のこと言っちゃって。

コストへの認識違いの良い例として、上記の車いすギャルとジョージア大使が挙げられます。

やはり女性の方が声掛けに対するコスト(リスク含)は高いみたいです。恫喝されるとか後をつけられるとかコスト爆増ですよ。最初にお話しした車いす使用者も女性だったので、これまで嫌な思いをたくさんしてきたのかもしれません。

対してジョージア大使は文化的にも性別や体格的にも声掛けに対するコストは低そうです。そして僕も声掛けのコストは高いと思ってません。幸運なことに嫌な思いをしたこともありません。

理想としては「みんなが気軽に一声掛け合えるような社会になったらいいな」とも思いますが、現実にはこの「一声のコスト格差」は存在していて日々こうしてニュースになっています。

なので、とりあえず一声コストの低い僕は一声をどんどん支払っていこうと思います。さっきお話したベビーカー夫婦の出来事の後、妻が「さっきの一声ってすごく助かるから続ければいいと思う」って言ってきたことも後押しになりました。

(実際PayPayの支払い音くらいの声掛けしかしてないです。「いっすか?」とか「どうぞ」とか「すんません」とか。)

おわり

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