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タンポポを観たぞハンバーグの話

1月18日(土)、愛媛国際映画祭なるイベントの一つとして上映される伊丹十三監督作品「タンポポ」を観に行ってきました。
作品自体はすごく前にDVDで1回見たことがあったのですが、「エッチなシーンがあって家で見るには気まずいぜ…」という記憶の断片だけしかなかった。

前日に会社で声がかかり「宮本信子と役所広司が来るらしいぞ!!!」という一報を受け、私と隣の席の映画好きのおっちゃん(以下Aさんとす)は色めき立った。生で役所広司を見たことある人生とない人生なら、どう考えても見たことある方がいい気がする。

即決し、チケットを手に入れた私たちはなんとも言えないはにかんだ空気になった。思えば、ほぼ父くらいの年の会社の人と休日に映画を見るのってめちゃくちゃ謎の状況である。
現地にいつ行って、どう観ようという約束さえもはっきりしないまま解散となった。もしかしたら当日バラバラに観るかもしれないし。

次の日、原付をかっ飛ばして映画館へ向かう。開場20分前に到着し、Aさんはどこだろうと見回すと、なんとAさんはタンポポ待機列の1人目に並んでいた。
「ハリキリおのぼりさんじゃないッスかァ(不遜)」と声をかけると、Aさんはニヤ…と笑った。互いにニヤ…と入場したところで、なるほど、会社の人と映画なんてどういう状況か想像がつかなかったけど楽しくイケるかもしれないぞ、と思った。

私は自分のポテトとAさんのポップコーンをおつかいに行き、座席で一緒に食べながら映画館のポップコーン作りの下手さを批判した。異様に小さく、弾けていない豆すらあったので、多分あれは温まってないオイルに豆入れちゃって回してると思うんですがどうでしょうか?(元映画館スタッフ並感)

そうこうしていると、ついに宮本信子と役所広司が登場した。
宮本信子は松山の伊丹十三記念館(とってもおすすめ!)の館長を務めているので、来館日に狙いを定めて会いに行き、ツーショットをお願いしたことがある。今日も信子はうつくしく、まぶしく、チャーミングだった。

一方数日前まで旭川にいたという役所広司は、すらりとしていて存在感があり、「使い込んだ刀みたいだな」と思った。私の中の最新役所広司が映画「渇き」の狂気的な父親役だったので、あの肉体にあの演技が詰まっている…というのが不思議だった。

司会の南海放送の男性アナウンサーは今日に向けてよく勉強したのであろう、タンポポ撮影中のエピソードや過去のドラマでふたりが姉、弟を演じたこと、役所広司が監督した作品のこと(伊丹十三も役者であり50代で初監督だったあたりの共通項)と次々によいフリを行ってくれたので純粋に司会業としてのクオリティに感心した。

タンポポはメイン軸となるラーメン作りの話に食にまつわるオムニバス形式の短編が差し込まれていく映画なのだが、役所広司はその短編の方にしか出ていないので結局現場で顔を合わせたことはなかったとのことだった。今に至るまで二人は同じフレームの中で演技をしたことがないらしく、マジかよ…。と純粋に驚いてしまった。
そもそも「今この瞬間、人生で一番役所さんとお話ししてます」なんて言っていて、当初来る予定ではなかったのに宮本信子に誘われたという役所広司もこの辺境の地愛媛くんだりまでよく来てくれたものである。私なら絶対愛媛なんか来ない。

実際役所広司が愛媛に来たのは2、30年ぶりだとかだそうで、マジでよくそんな縁(えにし)なき土地へ来たなと感動した。役所広司はとにかく受け答えがが朴訥というか、口下手で、とっちらかっていて、役者なんだなと感じられて素敵だった。


映画が始まった。ご覧になった方は知っていると思うが、「タンポポ」は冒頭で役所広司演じる白服の男が映画館の座席に悠々と腰掛け、カメラをのぞき込んで語りかけてくるのだ。
『あ、そっちも映画館なのね?』
……これは映画館でタンポポを観ているからこそ「そうで~す!」という気持ちになれるのでおトクなジョークだ。観に来たかいがあった~!

『映画館でポテトチップだとかセロハンの袋だとかカシャカシャ鳴らすやつがいるじゃない。俺、ああいうの許せないんだよねェ』と語る役所広司。

そう言ったそばから”こっち側”の映画館では飲食物を不正持ち込みした客がスーパーの袋をカシャカシャ言わせており客席には何とも言えない緊張感が走った。
おいッ!!広司の話聞いてたんか!!!!!!!!!!!映画始まってそんな音立ててたら殺しちゃうかもしんないよって広司言ってたでしょ!!!
こんな状況、家でDVDを見ていただけでは味わえない……。

タンポポには「これはラーメン・ウエスタンだ」というコピーがついている、という話が出たのだが、それを踏まえて観てようやくあ~ホントだ、そうだったんだねと納得するところがしばしば。風来坊が街に流れ着き、美しき女性の店を人情あふれる男たちが見返り無く助け、街を去っていく。西部劇そのものだ。
それにしても…山崎努よりかっこよくカウボーイハットを被りこなす日本男児おる?映画に出てくる男性陣は誰もかれも「ハンサム」「男前」「ニヒル」といった言葉が似合う役者ばかりで、か…かっけぇ…私も”これ”になりてえ…と赤面してしまうばかり。

まあタンポポの面白さは私がしっちゃかめっちゃかに語るよりも実際に観た方がよくわかるのだが、観ているとたびたび冷静な自分が「なんなんだよ、この状況は?」と言いたくなってしまう時間が流れるのがたまらなかった。
なんなんだよ、この合唱シーン。なんなんだよ、この長回し…と思いつつも、伊丹十三がこだわりにこだわってそのシーンを作り上げているという事実にもうおかしさがこみあげてしまい、笑ってしまうのである。

タンポポは「食」がテーマの映画であり、作中にもたびたび食べものが登場するが、そんなことより「人間の顔」の印象的なシーンが多かった。いや、ものを食べるということは人の口に根差している行為ではあるんですが…
画面いっぱいに映し出される宮本信子の独特の笑顔、ホームレスのワイン語り…役所広司の堀の深い顔に貯まる雨水…「こんなに人間の顔っておもしれぇんだな」と思った。人間ミリしらなので…。

伊丹作品ではスーパーの女が好きだが、タンポポもめっぽう好きになった。自宅で見る時も好きかどうかはまだわからない。
あとタンポポのエンディングロールのキャスト、めちゃわかりやすくて好き(太っている男…○○、その右の男…△△とか書いてる)だからこの世のすべてがあれになってほしいよな。

映画が終わり、私とAさんはせっかくなのでハンバーグを食べに行くことになった。
二人とも原付なので前後に並んで走行し、ハンバーグ屋に乗り付け、ハンバーグを互いに注文し、タンポポについて語り合った。

思えばインターネットは「思考や感情」そのものがぶつかり合う場なので他の人が作品を見て何を思ったか、すぐにむき出しのものを見つけあうことができるが、日常、それも会社で接する人々とはそんな感情を大っぴらに示しあうことはそうそうない。隣の人が何に感動し、どんな感想を持つ人かまで踏み込むことは難しい。
そう思うとAさんとこういう時間を過ごしていることって人生でものすごく貴重なんじゃねえの、自宅籠城を解いて、原付で片道1時間という高いハードルを越えて来てよかったな今日…と感じられた。

Aさんも「今日行こうか迷ったんだけど、人生やってみようかなと思ったことは全部やってみないと後悔すると思ったから来たんだ…謎の状況過ぎると思ったけど…」とのことで、スゲッ、人生の解釈一致じゃん…。
ホントになんで一緒にハンバーグ屋来てるんだ?私たち。
なんなんだよこの状況は…。

そうこうしていると、サイドメニューのメチャクソドカ盛りライスが来た。しかし配膳ミスだったため速攻回収されてしまった。次いでハンバーグも来たが、また配膳ミスで回収されてしまった。 おいおい、テイルズの配膳ミニゲームじゃないんだから…。

ハンバーグ屋のおばちゃんが「お詫びに食後のコーヒーつけますね」と申し添えて言ってくれたので我々は狂喜した。何回でも配膳ミスしてくれ。

「アイスかホットか選べるんだろうか…」
「(アイスがいいぜ…)図々しくないですか!?サービスのコーヒーですよ」
「まあ…でも僕らは間違えられた側やし、それとなく聞いてみようか…」
とみみっちい会議をこそこそしていると、別のテーブル(私たちのテーブルと注文があべこべになってしまった犠牲者)から会話が聞こえてきた。

「サービスのコーヒーってアイスでもいいですか?」
あら~ホットが余ってるのよォ~~~、ホットでいい?
強い!!!そりゃミスが発端とはいえサービスでコーヒー出してやってるんだからコーヒーの温度くらい店が決めていいに決まってる。

私とAさんは粛々とホットを飲んだ。

互いに原付に乗り、交差点で解散をし、週明けに1日ぶりに顔を合わせた我々は、特に何も土曜のことについて言及しなかった。

ホントに会社の人と映画見てポップコーン食ってハンバーグ食ったのかな?
幻だったかも。

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いや食ったかも。
いい夜でした。

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