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犬が旅立った。14歳だか実質15歳だか、とにかく十分頑張ってくれたと思う。

今は居間で母と一緒に眠っている。

私は2階の部屋で作業をしなくてはいけないから、と犬のそばを離れた。

その途端スマホのカメラロールから元気いっぱいだった頃の犬を見てはおびただしいほどに泣いた。あまりに泣いて作業にならないので1階に降りた。

犬が「一番似合う」と家族から評判の奇抜な色合いのマイクロファイバーブランケットをかけてやさしく眠っており、母がそれを優しく見つめていた。肉球を握っていた。私は「よく寝てるねえ」と笑った。母も笑って、録画した洋画を見ていた。

唐突に涙が乾いてしまったので、また作業に戻った。泣き疲れているのかクラクラしたので仮眠を取ろうとしたが、目元に影を作るための枕を乗せた瞬間に犬が家に来てからの膨大であいまいな思い出がワッと甦り、仮眠どころではなくなってしまった。私は今まで数回動物を看取って来たが、その度に「私に泣く資格はない」気がして涙を堪えてきてしまったのだが、さすがに14,5年も一緒に暮していればいいのではないか。

今1階で眠ってしまった犬の黒と茶色の毛並、体、4本の脚、よく目元を埋もれさせていた眉のような毛、さわるとぺろぺろと倒れる長い耳の実体そのものよりも一緒に暮らしてきた膨大な思い出の質量が勝ってしまっている。

ペットショップで売られるには大きくなりすぎていて、ケースのなかで一人だけきゅうくつそうに、無邪気にこっちを見ていた犬、幼い私には気性が激しくて恐ろしく散歩もできなかった犬、紐を噛んで引っ張り合うのが好きだった犬、後ろ足で寄りかかって川側に曲げてしまったフェンス、雷に怯えた犬、脱走した犬、お手とおかわりと伏せは覚えたが連続でやれば餌が貰えると覚えたので頼んでもないのにつぎつぎやってしまう犬、前足をかくっと曲げて待つ犬、学校から帰る私の足音を遠くから聞きつけて吠える犬、家族全員が出かけた日には真っ暗な中でしょぼくれて帰りを待っていた犬、台風の日には離れの倉庫で寝かせられ、次の日の迎えを心待ちにしていた犬、菜の花を食べる犬、散歩から帰りたがらない犬、歩くと耳が羽のように動く犬、夜中に小屋の床を掘る犬、猫がいる家に近づくと身構える犬、夏には涼しい玄関のタイルに寝そべらせた犬、畑のトマトを勝手に食べる犬、私に敬意がない犬、おじいちゃんになってやさしくなった犬、まどろむ犬、かと思うと急に吠える犬、室内での排泄ができないので3時間ごとに外に連れ出した犬、夜中の12時の散歩から帰らないで私を困らせた犬、くるくると回って座る位置を探す犬、寝そべって私の額にその長い顎を乗せてゆったりとした犬、人の飯を狙う犬、おしりを押されて歩く犬、おむつを履いた犬、

どうする。

1階で眠る犬。

翌日私は普通に仕事だったので、朝出る際に火葬場に連れてゆくために車に乗せられた犬を見た。犬は眠っていた。


さて、犬が旅立ってから1か月経った。上記の文章は犬が旅立った時に心を鎮める為に(妖怪か?)書いたものである。

こうして私は今普通に生活しているし、普通に笑うし、居間に飾ってある犬の写真にも挨拶をするが、犬との別れを自分がどう思っているのかよくわからない。食事を供えるが、もう気兼ねなくタマネギ入りのカレーも食えていいですね~と暴言を叩いている。

ただこの数年で明らかにゆっくりと犬が老犬となり、介護をする中でこのことは覚悟させて貰っていたのだと思う。「お前は犬の世話もせずに写真ばっかり撮っている」と批判を受けた私だが、今となっては犬の写真をアホみたく撮っておいてよかったし、犬の鳴き声もビデオに残っている。(声が残る、これは画期的なことである。私は亡くなった友達のカラオケ音源も一生残しておくつもりだ)

私より犬を愛したであろう家族にそれらを提供できてよかった。

私も案外私なりに愛していたが、気付いていなかったのである。犬はまあ私のことは……それなりだったかもしれないが…。

ペットはいつも我々より早く先立ってしまうからもっと何かできたのではないかと思ってしまうが、残念ながら今回私と犬の間にこれ以上のものはありえなかった。何か改善点があったとしても私があの世に行く頃には私も忘れているだろうし、おそらく犬も忘れているだろう。うちの犬はうちにふさわしくあまり冴えない犬であった。私も冴えない。うちにぴったりの犬であった。

ありがとう犬!

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