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南朝史跡めぐりin吉野〜阿倍野

2024年4月4日、フォロワーさんと一緒に吉野山の桜を観に行きました。
8時に近鉄吉野駅を出発し、七曲坂を登って金峰山寺蔵王堂を目指します。
こんなに早い時間でも、ロープウェイ乗り場にはそこそこの行列…!

少し寄り道をしつつ、8時40分に蔵王堂に到着。
まずは大塔宮にご挨拶。

大塔宮御陣地

次は吉水神社に向かいます。
拝観は9時からということで少し待ちました。門が開くと皆さん一目散に右手の一目千本へ。

一目千本

私はこれまで夏の吉野山にしか来たことがなかったので、桜を観るのは今回が初めて!
主上もこの景色を観ていたのかなと思うと感無量でした…。

桜の後は書院を見学。フォロワーさんのお目当ては義経ゆかりの品、私はもちろん宮さま。

宮さまの陣羽織と御茶台

ちなみに吉水神社からは蔵王堂がよく見えます。

書院の庭から
参道から

9時20分に吉水神社を出発、次は大塔宮仰徳碑に行くことに。かなり急な坂の続く道を登ること20分、仰徳碑のある火見櫓に到着。大塔宮吉野城の火見櫓があった場所です。

大塔宮仰徳碑
火之見櫓
奥に蔵王堂が

9時50分に火見櫓を出発、もと来た道を戻り、10時10分に蔵王堂に戻ってきました。
ここで私は主上へのご挨拶がまだであることを思い出し、吉野朝宮址へ。

吉野朝宮址

この場所には実は、ひっそりと南朝四代天皇の歌碑が建っています。

吉野山花も時えて咲きにけり 都のつとに今やかざさん
(後村上天皇)
わが宿と頼まずながら吉野山 花になれぬる春もいくとせ
(長慶天皇)


今回の吉野訪問、行く場所は特に事前に決めておらず、もうこのくらいでいいですかね〜という流れになって駅に戻ることにしました。

大塔宮吉野城の堀に架かる大橋。

何となく堀になってるのがわかる!と盛り上がりました。

10時40分、吉野駅到着。

あとは近鉄で帰るだけ…そう思っていたのですが。

乗ろうとしていた車両のヘッドマーク、「大阪阿部野橋〜吉野」を見た私。

このまま阿倍野まで乗れば、顕家卿に会いに行けるかも…!

そんな突然の思いつきで、私は途中でフォロワーさんと別れ、大阪阿部野橋へ。

「普通 橿原神宮前行き」だったのが、橿原神宮前駅に着くとそのまま「区間急行 大阪阿部野橋行き」となりました。列車種別表示の関係でしょうか。

12時40分に駅に到着。

あべの橋!

歩いて北畠公園へ向かいました。

北畠顕家卿墓所

北畠公園の次は阿部野神社へ。途中、北畠をたくさん発見しました。

歴史上の人物が地名になっているっていいですよね…。

13時40分、神社に到着。

顕家さま、参りましたぞ…!


金峯山寺蔵王堂・吉水神社・大塔宮仰徳碑・吉野朝宮址、そして吉野から阿倍野に向かい、北畠公園と阿部野神社を訪問した今回の旅。名残惜しいところですが、だいぶ歩いていたのでこれにて終了。途中で旅の趣旨が変わっている気もしますが、たまにはこういうことがあってもいいでしょう…!

旅の土産はくまぶしくん。ちょうど出たばかりのニューカラーくまぶしくんをお二方お迎えしました。

赤松則祐(茶色)と村上義光(ピンク)が加わった…!


最後までお読みくださりありがとうございました。

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  我忍ぶおなじ心の友もがな 
   その数々のをいひ出てみん
(私が懐かしく思うことを同じ心で懐かしく思う友が欲しい。そうしたらその数々の思い出を口に出してみよう、共感しあうために。)
           『新葉和歌集』後村上院御製
参考)『和歌文学大系44 新葉和歌集』245頁

吉野の北畠顕家と義良親王

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