ガンダム外伝アーサー・ドーラン戦記 第拾弐話「揺り起こされしもの」 U.C.0083①

主人公“ライフセーバー”ことアーサー・ドーラン少尉 vs クェイカー大尉率いる人工ニュータイプ部隊
少年の嘆き、男の意地、人でなしの夢が轟く。

U.C.0083 6月
暗唱宙域 岩礁回廊月側 巡洋艦ケセンマ

 地球側からメガ粒子砲の輝き。コロニー外壁だった塊が、ケセンマの目の前で溶解しながら弾け飛ぶ。
 ヤスコ・キッシンジャー曹長とホス・シャークス少尉が発艦して間もなく、回廊の出口より砲撃を受けた。ミノフスキー粒子逆探知システムが艦影を捉えられなかったのは調整不足の為か。巡洋艦に搭載して力を発揮できないようではまだまだ評価に値しない。
 ケセンマ艦載MSの新型ヘッドユニットには、厳密には別物らしいが同種のシステムが積まれている。コンバットプルーフの乏しい新装備を実戦投入したがる現在の連邦軍の姿勢に、アソーカ・エンライト艦長は危うさを覚えた。

 後ろ向きに慣性航行する敵艦が砲撃を先走った格好だが砲戦距離に入っている。エンライト艦長はケセンマを岩礁帯と回廊の境目で航行させる。周囲の岩礁が盾になる上、高速で進めば被弾リスクを抑えられた。

 状況はMS戦で優勢だったが、今しがた対岸にもう一隻いることが分かった。これでは挟み撃ちにあう。回廊内を真っすぐ突っ切るのは馬鹿げていた。だがデブリに潜ってやり過ごせるなどとは考えていない。時間をかければ、敵の援軍を呼び込む危険とMS隊への負荷が増す。メガ粒子砲が二門しかないケセンマはチャージサイクル、火力どちらもムサイ級に劣っている。それでも進まねばならない。

 回廊前方と対岸のムサイ艦、どちらが本命か見分けがつかない。地球への進路をとっている以上、出口を塞ぐムサイ級が本命の可能性が高いのだが、せめてもう少し接近できれば。

「艦同定まだか?」

「だめです! 映像不鮮明につき同定不能。もっと近づいてください」

「操舵は回避に専念。中尉、間もなくチキンレースだ。指示したら真っ向勝負いいな?
「主砲次弾発射後、指示あるまで発射待て。
「対艦ミサイル、もう一サイクル回したのちビーム攪乱幕装填。ムサイのチャージサイクルに合わせろ」


 エンライト艦長の手はシンプルだ。岩礁帯ギリギリで攻撃を回避しつつ、計測したムサイ艦のメガ粒子砲チャージサイクルに合わせてビーム攪乱幕を展開。ビーム兵器を封じている間に回廊を突き進んでムサイの側面に回り込む。

 ムサイ級は艦正面に攻撃力を集中しており、正面切っての艦砲合戦に強い。反面死角が広く、射角外へ出てしまえば途端に打つ手を失してしまう。これはジオン公国軍がMSに攻撃から船体防御まで担わせようとしたからとも、少数で連邦軍艦隊の攻撃力を上回ろうとしたからとも言われている。

 回廊は狭く縦に長い。ムサイ級に都合の良い戦場だが、正面にビーム攪乱幕を展開できればミサイル攻撃力に秀でるケセンマが有利になる。正面に強い敵の主砲をビーム攪乱幕で塞ぎ、その間に全速で距離を詰める算段だ。

 ケセンマのミサイル攻撃力は、サラミス級の標準的なそれを上回る。MSデッキ増設のため艦首ミサイル発射管は削減されているが、増設された外付け式のミサイルは死角なく分散配置されており、対応面積と攻撃力が向上した。ミサイルの弾幕を張る姿はさながらハリネズミといったところか。

 大型化に伴う被弾率上昇というデメリットも抱えていたが、ビーム偏重な宇宙世紀艦艇にあってミサイル特化とも言うべき姿は、攻撃力をMSに割き母艦の防御力向上を企図した苦肉の策と言えよう。連邦軍が未だMS運用に回答を持たない証でもある。
 そうまでしてもメガ粒子砲が四門減った穴を埋めるには力不足だった。

「後方、対岸よりムサイです!」

 オペレーターが叫ぶ。挟まれた。こうなっては前進するほか道はない。後方のムサイ艦をMS隊に処理させたいが既に展開した後だ。

「MS隊を呼び戻せ」

「通信繋がりません」

「呼び続けろ。後部ミサイル、ビーム攪乱幕発射」

「ムサイ発砲!」

 オペレーターの叫びに先んじて艦に衝撃。被弾した。

「被弾!右舷後部、ミサイル発射管付近です。
「砲塔付近で火災発生。ダメージコントロール要員向かわせます」

「……やってくれるな、ジオンめ」

 敵の動きが早い。こちらは常に一手遅れていた。
 “ライフセーバー”の神通力とエンライト艦長の奥の手で戦力増強を図ったが、しょせん間に合わせに過ぎなかったのか。
 ジオン残党のテリトリーを一隻で追討する無謀な本作戦。アナハイム・エレクトロニクス社への牽制に買って出た任務だが、いささか荷が勝ちすぎたようだ。

――後悔先に立たず、か……。

 エンライト艦長の呟きは唇の内に留まった。
 前方ムサイ艦から砲撃が止んで約一分。対岸後方からは、前方のムサイ艦の隙をつぶすよう次々とミサイルが飛来する。周囲の岩塊に命中し、ブリッジに差し込む爆発光はクルーの顔を赤く照らしている。砕けた大きな塊が艦体に当たって艦が揺れた。
 悲鳴を上げるブリッジクルーは一人もいない。皆歯を食いしばって耐えていた。

 ビーム攪乱幕弾頭を回廊の先めがけて撃ちだす。敵艦のチャージサイクルの切れ間、第二波発射直前にビーム攪乱ガスが広がるよう、十六発のミサイルが前進する。特殊弾頭の群れがケセンマの道を開いた。

「最大船速!」

 MS隊と残った左舷後部ミサイルで後ろの敵に対処する。目指すは前方ムサイ艦、火だるまの覚悟で前進した。


回廊内

 マモル・ナリダ曹長は援護射撃が出来ずにいる。ジム・ピオニアとゲルググ、二機の距離が近すぎた。アーサー少尉は見たことのない戦技で窮地を脱したものの、敵は反撃を予想していたのか、一拍も空けずに間合いから消え失せていた。
 あのゲルググは恐ろしく出足が速い。マモル機のビームライフルは残り一丁、残弾は高収束モードで五発と撃てない。だがゲルググを墜とさなければ全滅する予感があった。

 隊長のマニューバーはスナイパーへの指示を含んでいた。後方にマリアンナ曹長が控えているはず。敵の頭を抑えるだけでいい、彼女ならきっと当ててくれる。

 当の隊長機からデータリンク信号を受信した。未知の暗号通信らしく何を知らせてきたのか見当がつかない。先刻の戦術提案αといい、この機体はおかしなことが頻発する。拭い去れない不信感。こんなことに思考をまわしている余裕はなく、深く息を吸って頭を切り替える。

 突如、回廊出口から閃光。ケセンマへビームが降り注ぐ。もう一隻いた。増援、いや地球へ向かう進路だ、こちらが本命か。カメラが出口を塞ぐ敵艦と数機のMSを捉えた時、警報音に頭をたたかれる。対岸のムサイ艦が主砲を放った。間髪入れずミサイルの雨が降り注ぐ。いつの間に前進されたのだろう、気が付かなかった。

――いけない、視野が狭くなっている。

 出口を塞ぎ回廊内で挟み撃ち。敵のシナリオにばっちりはまっていた。
 ケセンマから受信、回廊内を前進するので防御に回れという。自殺行為だ。しかし火力不足の現状、巡洋艦の火力支援が得られなければ逆転の目が薄いのも事実。再び警報音。ミサイル着弾まで数秒、迷っている時間はない。

 敵の手の上で踊らされた。思考と動きが遅い。後手に回りじわじわと追い詰められている。
 マモル曹長は冷静に下降してミサイル群から距離を取る。ミサイルは時限信管だったのだろう、後方岩礁着弾前に次々と自爆した。

 後方モニターを覆う爆発光が縮んでいく。ケセンマが被弾していた。対岸のムサイの腹に潜り込んで墜とす方が早い。マリアンナへ射撃指示を出しながら、ムサイ目掛けて突っ込んでいく。
 推進剤は心許なく、機体冷却のために帰艦すべき頃合いでもある。一撃離脱後、推進剤の補充を受けなければ。この状況で?無茶だ。ムサイにありったけを叩き込み勢いそのまま対岸へ、岩礁からケセンマの動きに合わせなければ。

 思考が体を置き去りにする。酸素が足りない。即応できない自分に苛立ちを覚えた。
 ミサイルの爆発光が消えゆく刹那、対岸がひと際眩しく輝いた。マモル曹長はそれを見た。見てから反応したが間に合わなかった。ジム・ピオニアが眩い光に照らされた直後、太く束ねた光の柱に両脚部が貫かれ、千切れとんだ。

 メガ粒子砲の直撃。ムサイではなかった。伏兵はいたのだ。


回廊月側 岩礁帯付近

 マリアンナ機のコクピットモニターは、被弾したマモル機を映している。スナイパーがいた。先にムサイ艦を撃っていればこの事態は避けられたかもしれない。なぜゲルググに固執したのだろう。あれが放つ殺気に引かれたのは間違いない。回廊を見つめる“誰か”の視線も気になった。だが任務はムサイ艦の拿捕、そのための無力化。一隻墜とせば状況は変わっていたはず。躊躇ったのは自分の落ち度だ。

 マモル曹長の被弾が自責の念を呼び起こし、心配と敵への報復心を駆り立てた。同時に自分を俯瞰するもう一人の自分にも苛立ちを覚えた。マリアンナ曹長の決断を鈍らせ、行動を躊躇わせる「声にならない声」がこの状況を招いたようにも思える。違和感の正体が分からず、マリアンナ曹長は苦しんでいた。

 太いビームだった。艦砲に匹敵するメガ粒子砲、モビルスーツの装備にしては出力が大きい。月で襲われた長距離ビームか固定砲台。モビルアーマーなんて冗談は願い下げだ。こうしている間にとどめを刺さないところをみると、連射が効かない兵器。戦艦やMAの可能性は低いだろう。

 マモル機のバイタルサインが拾えずパイロットの安否は不明。機体は生きているらしくオートマチックで帰艦機動を始めている。ケセンマから発艦した二機が進路を変え、マモル機救出へ向かっていた。助けなければ。

 スナイパーの射点は特定出来ていない。ピオニアは100m強の誤差でエリアを絞り込んでいるが、撃ったら移動がスナイパーの基本。岩陰に潜む敵のスラスター燃焼光さえ見えないのでは当てずっぽうの牽制にしかならず、そんなことは敵も織り込み済みのはず。

――許さない。テロリスト如きがよくもマモルを。

 それでもスナイパーを放ってはおけない。マモル曹長の救出をホス少尉とヤスコ曹長に任せ、スナイパーへ対処しようと機体を動かすと、途端に耳鳴りが大きくなった。

――誰かに見られている。
――ムサイを優先すべきなのは分かる、けど……。

 耳鳴りが増していく。もう一人の自分の声だろうか、マリアンナ曹長の内から湧き上がる違和感。ケセンマが危険なのは理解している。そちらも対処せねばならなかったが……。

 スナイパーの第二射が何分後か分からぬのに敵艦を狙っていて良いのか。突出したムサイ艦を沈めなければマモル機とて危険なままなのは承知している。マモル曹長とケセンマ乗組員という数の話が在ることも……。
 回廊前方はビーム攪乱幕が展開しているが、対岸への射線を塞ぐものではない。ケセンマは後部ミサイル発射管に被弾したようで、ビーム攪乱幕どころか弾幕すら展開できない様子だ。ムサイ艦への射線を遮るものはない。

 ケセンマMS隊に被撃墜は一度もなかった。ニューアントワープ郊外でオイカワ少尉が墜とされるまでは。被弾したマモル機の姿がオイカワ少尉と重なって、マリアンナ曹長の心をかき乱す。高ぶる心に蓋をして、回廊へ大きく踏み込んだムサイ艦に狙いを改める。

 耳鳴りは思考を曇らせるほど大きくなっており、マリアンナ曹長は臍を噛んで耐えた。スナイパーライフルとピオニアの力を合わせ、耳鳴りに苛まれながら針の孔を通す精密照準を施す。艦底面を上に向ける形で上下逆さまに直進するムサイが照準環に収まった途端、突如耳鳴りが止み、声が響いた。

――合わせて――

 誰だ?なにに合わせろと?マリアンナ曹長は混乱したが、波立つ心を俯瞰するもう一人の自分が告げた。従うべきだと。

――分かった。貴女に合わせる。

 狙撃タイミングとしてこれ以上ない絶好のチャンスを一拍遅らせ、右舷メインエンジンより気持ち上に狙いを改める。直後、ムサイ後方から閃光が迸った。左舷側エンジンが火を噴いた。声の主、彼女の攻撃だろうか。
 異常な理解を否定するように困惑してみせる思考は、マリアンナ曹長自身が抑えつけた。急激に凪いでゆく思考。あやまたず引き金を引いた。爆発でほんの僅か減速したムサイが、狙い通りの位置に滑り込む。右舷後方メインエンジンを撃ちぬいた。

 立て続けにエンジンを二基撃ちぬかれたムサイが火を噴きながら旋回を試みている。180度回頭して岩礁へ潜るつもりだ。正体不明の攻撃で被弾した左舷エンジンブロックを切り離したようだが、遠からず沈むだろう。

――逃がさない。

 隠れていた憎悪が顔を出す。システムウェポン式スナイパーライフルは “RGM-79SP ジム・スナイパーⅡ” のライフルに威力で劣るものの、連射間隔で優っていた。スナイパーの心得、撃ったら移動を無視してブリッジを狙う。90度以上回頭した船体の上部構造体目掛け放った第二射は、ブリッジ下部モビルスーツデッキに命中した。

 第一射ほどの精度が出ない。照準誤差か、それとも声の導きがないせいか。じきに航行能力を失うムサイはもはや脅威ではなかった。

―― ……マモル!

 気付けば耳鳴りは消え失せ、マリアンナ曹長の思考を遮った不思議な静寂は去った。マモル曹長を救出すべくジム・ピオニアを飛ばす。
 突出した隊長は動きが機敏すぎて追従できない。前進しなければ援護は叶わない。スナイパー、ゲルググ、残るムサイ艦、全てに気を散らしながら、マリアンナ曹長の心はマモル曹長へ向かっていた。


回廊内 ジム・ピオニア ホス・シャークス機

 間に合わなかった。ホス・シャークス少尉の目の前でマモル機が被弾した。せめてあと一分早ければ。マモル機は両足が千切れ飛び機体が回転していた。オートバランサーがいかれている。月面で狙撃されたオイカワ少尉の姿が重なった。ホス少尉は満載した推進剤を惜しまずに、目いっぱいスラスターを吹かして接近した。
 回廊内のMSはアーサー少尉が引き付けている。姿の見えない伏兵をピオニアに探させながら、眼前のムサイ艦に向けてビームライフルを連射した。

 マモル機へもう間もなくという所へ来て、ムサイ艦が火を噴いた。エンジンを損傷したムサイは尻尾を巻いて逃げ出すようだ。いいだろう、今はマモル曹長の救出が優先だ。

 ホス少尉のジム・ピオニアがマモル機とデータリンクした。システムは生きている。パイロットはどうだ。コクピットキャビンの状態が分からない。
 オイカワ少尉が一命をとりとめられたのは、アーサー少尉がキャビンの温度を下げたおかげだ。左腕マニピュレーターから消火剤を噴射する用意を整え十数秒、ホス少尉はマモル機へ辿り着いた。

「マモル生きてるか!
「次の隊長はお前さんだぞ、ライフセーバーに下剋上かましてやれ。
「俺が推薦してやる。お前の方が、アーサーより……マモル! 返事しろ!」

 マモル機を抱きかかえ、コクピット周辺へ消火剤を噴射しながら接触回線で呼び続けた。コクピットキャビンの状態がモニターできる。安全装置が働いていた。オイカワ少尉のときより状況はずっといい。

 ケセンマはミサイルをばかすか撃ちまくって前進していた。前方のムサイ、向こうが本命だろうが交差するまで五、六分といったところか。まだ着艦可能だ。ホス少尉はマモル機を連れ、踵を返して母艦へ向かった。


回廊内 ジム・ピオニア ヤスコ・キッシンジャー機

 人の気配を感じる。呼ばれた気がした。ホス少尉とともにマモル機を守りながら、ヤスコ・キッシンジャー曹長は胸騒ぎを覚えた。誰かが泣いている。

 マリアンナ曹長が近づいているのは分かっていた。彼女の優しさはヤスコ曹長のそれよりも激しく、彼女自身を苦しめてしまう。穏やかさを身に着ければきっといい女性になる。それが兵士の理想像ではなくとも、ヤスコ曹長はマリアンナ曹長が自らを責めない生き方を望んでいた。

 泣いているのは彼女ではない。もっと幼い、女の子。

――あなたはだれ?誰かそばにいる?

 呼びかけたくても自分が誰と話したいのかヤスコ曹長は分からなかった。女の子が泣いている。“分かる” のはそれだけ。大人がいないのかもしれない。一人で泣いているなら助けなくては。この戦場にいるとすれば……。

「ムサイ…… そうでしょうね」

 どうかしてしまったのだろうか。おかしな思い込みを否定できない。ヤスコ曹長の心は理性的な対応を拒絶した。ホス少尉がマモル機に接触していた。データリンクがパイロットバイタルを異常なしと伝えている。母艦まで護衛できれば大丈夫だろう。

 あとは伏兵だが、そちらの正体も “分かって” いた。

 狙って当たる距離じゃない。ビームライフルの集束率が最も高くなるよう連射モードから単発モードへ。I know you(アイノウユー:見えているぞ)を伝え敵の第二射を遅らせるべく、敢えて足を止め精密照準を試みる。けたたましく制止するホス少尉の声が聞こえていた。

「貴方はマモル君をおねがいします。あちらさんは次弾発射にもう少しかかるみたい」

「馬鹿言え!射点の特定が済んでねえだろ、下がれ」

「ピオニアには見えてるみたいです……多分、私にも」

 “tactical proposal(戦術提案) α” ピオニアがスナイパーの移動範囲を絞り込みながら仮想ターゲットを指し示す。最大望遠でも岩しか見えない空間にマモル機を狙撃した男がいる。あちらも若いようだ。男の想いに肌がざわついた。彼が戦う理由は分からないが、自分のそれとどれほど違うだろうか。

 極東戦線で夫を亡くし敵を撃てなくなりもした。戦争から逃げなかった理由はいくつもあるが、ヤスコ曹長を戦場に縛り付ける根は“痛み”だった。敵も自分も犠牲者なのだ。視線の先にいる若い男さえも。

――でもね。誰かが終わらせなきゃいけないんです。

 ピオニアの照準を0.09度修正。ぴたりとはまる感覚を覚えた。

「ごめんね」

 警報音が鼓膜を叩く。ミサイル警報、対岸上方より襲い掛かる。着弾まで数秒。たった一言呟いて、ヤスコ曹長はビームライフルの引き金を引いた。直後に回避行動をとる。ミノフスキー粒子が濃かろうと近距離なら誘導は難しくない。画像識別か熱感知型だろう、ミサイルを振り切れない。マシンガンで迎撃しようにも加速を緩めて180度姿勢変更に約2秒。間に合わない。

 急加速の副作用でコクピットシートごと体を吹き飛ばされたように感じる。指先は冷たくなっていく。血の気が引く中、仲間の視線を感じ取った。

「そのまま真っすぐ!」

 仲間の声に正気を取り戻す。マリアンナ曹長の叫びを信じて、旋回を解き直進した。狙撃アタッチメント装備のシステムウェポン式ビームライフルはミサイル迎撃能力も期待された装備。状況に打ってつけだった。月管区工廠の喜ぶ顔が浮かび、命より隊の功績に想いを馳せている自分がおかしくなった。走馬灯が見えるものだと聞いていたが、そういうタイプじゃなかったようだ。

 後方モニターが爆発光に包まれ、メカニカルヘルスチェックは機体表面温度の上昇を告げるに留まった。迫りくるミサイルの群れはマリアンナ曹長が撃ち落とした。第二波はない。肌をざわつかせたスナイパーの気配も消え失せていた。

「無茶しないでヤスコさん。肝が冷えたわ」

「ありがとうマリアちゃん。マモル君おねがいね」

「単独じゃ危険です。私も!」

 マリアンナ曹長の返事を背中に聞きながら、アーサー少尉の元へ飛ぶ。視線の先にはあのムサイ艦。子供が乗船している確証はない。参謀本部が狙っている理由がサイコミュ兵器だとすれば、扱うのはニュータイプのはず。
 ホワイトベース隊が民間人の、未成年者の集まりであったことを考えれば、ない話とも言えなかった。


岩礁帯 移動砲台スキウレ&ザクⅠ

 ザクⅠを駆る元学徒兵はビームライフルを持つ改良型ジムを狙撃した。中破した機体が回廊内を漂っている。推進機関が生きているらしいが戦闘力は奪った。

 ジャスルイズへ迫る脅威が一つ減り、回廊内のパワーバランスがデラーズフリートに傾く。確実に敵艦を沈めるべく第二狙撃地点へ向かっていた。スキウレの足は速くない。機動狙撃戦は用法として正しくなく、想定外の用法だが状況はそれを許さなかった。岩礁帯に複数仕掛けたミサイルランチャーは、有線接続さえできれば言うことを聞く。移動先のミサイルランチャーにそれらを繋ぎなおす作業はザクのマニュピュレーターを用いれば一分少々で行える。

 移動を開始して間もなくジャスルイズが被弾した。エンジンを一機切り離しており、いばらの園までエスコート無しに辿り着ける可能性は低い。
 ローズウッド艦長の、乗組員の覚悟を悟った男は胸を焦がした。ジャスルイズを沈めてはならない。宇宙移民者独立の礎となるべく戦うことを選んだ男たちだからこそ、まだ死なせてはならないと思えた。

――先輩、仇を取れそうにありません。俺の命は艦のために使います。

 回廊へ突入した連邦艦からMSが飛び出していた。中破したジムの回収と自分の排除だろう。都合よく中破したジムが餌になる恰好だ。手順通りミサイルを撃ち尽くしミサイルランチャーとの接続を絶った。

 一機のジムが足を止めた様子をモニターが捉えている。だがザクⅠのパイロットは気に留めなかった。男の意識は連邦艦に向いていたため、ビームライフルの砲口がスキウレを狙っていることに気が付かない。警報は鳴らなかった。

 一条の光がスキウレと並走する二機の観測ポッドの一つを撃ちぬいた。ザクⅠの背中を炙りながら飛び去る閃光に反応して、遅すぎる警報がコクピットを満たす。片方は跡形もなく消し飛び、もう片方もかすめたビームに炙られ機能不全を起こしている。

 背筋が凍り付き足の力が抜けた。操縦桿から伸びた両肘が弛緩して浮かび上がり、一瞬で高まった緊張は意に反して解れてしまう。だらしなく開いた毛穴から汗が噴き出た。覚悟に酔っていた男が正気に戻ると、ジムは踵を返して飛び去った後だった。

――あれが月軌道艦隊なんかであるものか。
――先輩、俺たちの敵は化け物でしたよ……。

 せめて母艦の帰投を援護する。役目を自覚した男は背筋を伸ばすとスキウレを潜航速度から巡航速度へ加速させた。隠れることに意味はないと悟って母艦へ急ぐ。攻撃目標はサラミス。ジャスルイズから脱出カプセル・コムサイが飛び立つ姿が見えた。


回廊地球側 コムサイ サイコミュ・モデレートシステム

 連邦機のパイロットは女性だった。男たちが戦死したため男性だけでは軍隊を維持できなくなり、U.C.0083の今日女性兵士は珍しくない。しかし最前線、それもMSパイロットとは。
 モデレートシステムを搭載していないはずの連邦機から精神感応が返ってきた。声が届いたようだ。

 ルイーズは連邦軍スナイパーと協力してジャスルイズを無力化した。彼女には酷だが次は連邦艦である。罪悪感が頭をもたげ涙が溢れた。頼んで逃がしてくれるなら戦闘なんて起こらないのに……。

 クェイカー大尉が下がり、少年たちが戦闘に参加している。盾にされてしまう。急がなくては。

 サイコミュ・モデレートシステムに呼応して遠隔誘導兵器・浮遊砲台 “フュアゲルト” がゆっくりと砲身を旋回する。筒の中の少女、ルイーズの導きで連邦軍サラミス級巡洋艦を狙っている。かなり踏み込まれてしまった為、回廊出口まで後わずか。フュアゲルトの旋回速度と射角から考えて撃てるのは二発。対艦用出力の場合、砲身命数もそのくらいだろう。

――大尉、連邦艦を沈めます。引いてください。
――もう死なせないで。

 ルイーズは自身の感応波レベル上昇に気が付いていない。回廊に満ちる複数の精神感応波が輻輳し、互いに影響を受け続けていた。微々たる衝突に思われたそれは、10分に満たない戦闘でその様相を変えてしまった。

 サイコミュ・モデレートシステムは送信出力に優れたサイコミュシステムだ。感応波の一方通行にはモデレーターを保護する意味もあり受信装置にリミッターが設けられていたが、だれあろうクェイカー大尉の感応波がその関を破ってしまった。

 サイコミュが頻繁に逆流している。回廊中の思念が筒の中へ流れ込む。思いやり、矜持、高揚、憎悪そして絶望。間断なく襲い来る思念の高波。心を攫わんとする脅威から目を背けず、少女は家族を守るため耐え続けた。


回廊内 ゲルググ&量産型アクト・ザク vs ジム・ピオニア

 アーサーの視線の先、現れたムサイ艦へ向けゲルググが後退し、守るようにザクが割り込んだ。ザクの動きは鋭く思い切りがよいが、ゲルググほどの圧は感じない。機体に制限があるのか回避機動は小さく、接近できれば撃墜は容易く思える。しかし弾幕の展開が早い。死角へ入るのに手間取っていた。

 巨大なガトリング砲は射角が広い対空防御火器だ。ザクは中距離戦向きの攻撃特性を活かしてこちらを振り回しつつ、ジムの90mmマシンガンの命中率が上がらないミドルレンジに留まり、鈍足を晒してみせた。足止めが狙いと思わせて罠を張っているのだろう。痺れを切らして踏み込めば何が飛び出すか分からない。

 アーサーがゲルググを見失っていないのは敵の思惑によるところが大きかった。闇雲に数で攻め立てず、離れた位置から存在を意識させ集中力をすり減らし隙を窺っていた。自信がなければ打てない手だ。
 連携、というよりザクの動きをゲルググが利用している。名乗りを上げたパイロットは自己評価の高そうな口ぶりだった。不遜な態度といい自信過剰な男と見える。

 月管区工廠の官僚が語った、サイコミュ兵器を所持するキシリア機関の生き残り。眼前のムサイ艦がそうならば、ザクやゲルググのパイロットはニュータイプかもしれなかった。先ほどもニュータイプインキュベーションユニットだとか名乗っていた。部隊名ははったりかもしれないが、機体の運動性能からしてザクⅡF2型や宙間戦闘機風MSとは質が違う。参謀本部の狙う本命に間違いないだろう。


 ザクは後退しながらの戦闘を心得ている。いわゆる引き撃ちというやつだが、基本的に前進するよう作られた機動兵器で、後ろ向きに進むことは実は難しいのだ。

 メインスラスターは機体を前へ上へと押し出すように配されている。MSが後退する場合、後ろ向きに推進力を得る場面はほとんどない。進行方向はあくまで機体前方、上方になるからだ。
 四肢、特に下肢の推力を用いてベクトルを変更し後退する技術はあるが、言うは易く行うは難し。ザクは腰部の捻り、股関節と膝の屈曲、足首を巧みに動かして機体を後ろ向きに飛ばしている。

 MSが高い運動性を持つ理由に人体の模倣がしばしば引き合いに出されるが、パイロットはそれが見当外れだとすぐに気が付く。人型をしているものの見た目ほど自由さはない。新米パイロットが操縦に慣れて最初にぶつかる壁といえば、イメージとのギャップであった。

 行動予測に基づいて、推論型ナビゲーションコントロールシステム(INC)が挙動を先読みしモーションを自動選択するが、モーションの種類が偏っているのだ。終戦直後より推し進められたモーション標準化施策は、各戦管区の戦技を統合・実用化すべく莫大なモーションパターンの収集と編纂に、多大な労力を投入し今日も続いている。

 対象は連邦軍に限ったことではなく、ジオン共和国の協力(という名の実質的な戦後賠償)の下、旧ジオン公国軍の機動兵器運用実態を解明すべく、ジオン版INCと言うべきアドバンスド・アクティブミッションコントロール(AAMC)や派生技術の収集と編纂も含んでいた。

 戦後早々に兵器群調査委員会を立ち上げてジオンの技術を吸収しようと躍起になった地球連邦だが、こうしてジオン残党の見事な引き撃ちを見せつけられてしまっては、MS開発・運用において連邦はジオンに十年遅れているという話も、あながち間違いではないのだろう。

 メインモニターのヘッドアップディスプレイにアラートが灯る。下がったはずのゲルググが頭上を取りに来た。ビームライフルを構えている。ザクのガトリングを無視できず、ジグザグの回避機動でにじり寄りながらゲルググと自機の間にザクを挟み込む。敵機が壁になる位置取りでゲルググの射線を切りたかったが、弾速の速いビーム相手にどこまで通用するか。ジオン残党の主兵装が実弾系であればこそ有効な戦法だった。

――潮時だな。さてどうやって下がったものか。

 推進剤の残量が半分を切っていた。MSの稼働時間は推進剤の残量と機体温度によって決まる。宇宙空間を移動する機動兵器は常にスラスターを吹かして移動するのだから、推進剤が切れれば行動不能に陥るのは当然だ。

 もう一つ、ジェネレーターや駆動機関の発熱問題が存在する。上昇した機体温度は様々な冷却材を用いたり、冷却パイプや装甲表面から逃がしている。だがそれらは補助的なもので、大部分はスラスターから推進剤に乗せて機体外へ排熱しているのだ。それでも長時間の行動は難しく、必ず母艦の冷却設備が必要となる。

 ジム・ピオニアの機体温度は危険域に迫っていた。排熱が追いつかない。ジム前期型だったら空中分解リスクの高い高速度域に達しない限り、こんなペースで上昇しなかった。ジム・ピオニアの運動性、追従性の代償が稼働時間の短さなのだろう。

 まるで欠陥を洗い出すテストパイロットだなと自嘲して、僅かに口角が上がったところで自分たちが月管区工廠の実戦テスト部隊だったことを思い出した。

――ピオニアが試験機ってことを忘れていた。
――思考が鈍っているな、やはり潮時か。


 クェイカー・モウィン大尉は推力バランス悪化を覚悟してビームライフルをドライブした。量産型アクト・ザクは懐に飛び込まれていないものの距離が詰まっている。墜とされるのは時間の問題に思えた。“ライフセーバー”が駆る高機動MS、規格落ちの出来損ないには荷が重い。回廊出口まで後わずか。暗礁宙域を抜けてまで追いかけっこはできない。

――我ながら小規模部隊でよくやったものですねえ。

 未熟なパイロット、出力調整を施した機体、足止めしか出来ないのは想定内。運動性能が優った程度で圧倒できるほど追討部隊は甘くなかった。今までもクェイカー大尉一人で戦ってきたようなものだ。データ採取が終われば、サイコミュ適性の低い規格落ちの子供に使い道はなかった。

 MSと運用データの売却益で、人工ニュータイプの研究資金を賄えた件は感謝している。同情するほどの間柄ではないが、悼む気持ちがないでもない。兄として振舞う彼らの心情など勘案してやる筋合いはなかった。しかし大人の甲斐性というものはあるだろう。負担を減らすくらいの手助けはしなければなるまい。

 普段なら気に留めない彼らに想いを馳せてしまう理由、他者の思考介入の影響が顕著な証拠だ。サイコミュ・モデレートシステムを通してルイーズが訴えていた。

――彼らは納得しています。兄弟を守るために戦っているのですよ。
――死んでいく者よりも、残る者を思いなさい。弟妹達はどうなるのです?

 ルイーズはジャスルイズ狙撃に成功した。連邦にも狙撃手がいたらしい、うまく使ったようだ。促成栽培にしてはアドリブが効く個体である。状況判断がやや甘いところを除けば他の被検体より秀でていた。
 基準値に満たない規格落ちはともかく、ルイーズくらいの働きが出来れば及第点だろう。

――三年少々でようやく一体。連邦の施設を拝借しないとこの先は見えませんか。
――いや、よくやった方でしょう。一つあるのと一つもないのとでは違いますからねえ。

 戦後、ギリギリの綱渡りを続けて得た成果を反芻して、クェイカー大尉は自信を取り戻した。
 しかしモデレーターのお節介が鬱陶しくなってもいる。指図を受ける筋合いはない。この調子では連邦艦狙撃の成否が怪しく思えてきた。結局自分がやらなければならないのだろう。

 そうとなればライフセーバーに構っていられない。一騎討ち、心躍る誘惑を振り払ってビームライフルをアーサー・ドーラン少尉へ向けた。ビーム兵器技師不在の影響が大きく威力は規定値以下、連射間隔が長い劣化品だが相手がジムなら問題なかろう。




第拾二話②へ続く

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