ガンダム外伝アーサー・ドーラン戦記 第七話「岩礁 もがく者たち」 U.C.0083

アーサー・ドーラン戦記 ~宇宙世紀パイロット列伝~

暗礁宙域の追討戦

U.C.0083 6月
暗礁宙域 浅瀬 船の墓場

 クェイカー・モウィン大尉率いるムサイ艦は追手を振り切ろうと暗礁宙域深部へ逃げの一手である。月から発して地球へ向かう航路は他にもあるが、連邦軍の目を逃れ地球へ降りるには月と地球の間に漂う暗礁宙域、元サイド5を通るのが最も安全なのだ。

 追手が一隻なのはいい。ジムが三機なのも都合がよかった。しかし、こうしている間も手勢は押し込まれている。外面こそザクだがアクト・ザク同等品を与えているのに、連携が寸断され折角の火力が活かせないでいた。

 時間制限付きとは厄介なものだ。ここ一番で機能しないのでは話にならない。地球での量産の暁にはこの辺り、根本的にハードウェアを強化する必要があると見えた。生体部品は均一化が難しい。調整が職人芸じみてしまったため、新たなロットでは身体機能強化を優先し性能限界を上げる方向で調整の余白を広げているが、如何せんサンプルが足りなかった。ここを乗り切り研究が進めば、次回ロットの子供たちは更なる性能向上を図れることだろう。その前に調整済みの在庫でここを乗り切らなければならないが。

「モデレーターが働いていないようにみえますね……オペレーターさん、出力を上げてください」

 クェイカー大尉はブリッジコンソールに繋がれた巨大なヘルメットを被る少女に向けて指図した。しかし少女から即答はない。よもや操艦と索敵だけで音を上げたわけではなかろう。彼女は取り分け優秀な一体だった。

「…………」
「何をしているのですか?」
「……彼はオーバーヒートしています。交代するか中断しないと、もう……」
「はあぁ。 まだ彼の立場が分かっていなかったのですね。君は」

 子供達は理解しているのだろうか。今は戦闘中である。命のやり取りだ。彼らが押し切られれば全滅もありうる。感情を刺激して不安定になられては困るが、背に腹は代えられない。

「ここで負ければ、君たちの未来はないのですよ? 地球へ行きたいのでしょう?」

 少女は未だ指示に従わない。この程度で苛ついていては人工ニュータイプの調整などやっていられない。可愛らしい反抗など慣れたものだ。人を目覚めさせるのは恐怖だけとは限らない。希望。その効能もクェイカー大尉は知っていた。
 彼女が非情になり切れないのは不安が心を満たしつつあるからだ。彼女が不安を押し退けて命令に従うための言葉を選び、クェイカー大尉は再び口を開いた。

「『みんなで』地球に行きたいのでしょう?」

 少女は深く息を吸って背筋を伸ばし、それからほんの少しだけ背中を丸めて、コンソールを叩き始めた。クェイカー大尉はメインモニターに視線を戻す。
 彼女に希望の光が差したのか、本当の所は分からない。そんなものは自分には感じられない。大事なのは結果だ。行動を促せればよかった。


 メインモニターのすぐ隣に、戦況をモニタリングする特殊なインターフェースが表示される。画面は数秒から十数秒の間を空けながら、断続的に表示を更新している。機体とパイロットの稼働状態を表していた。AIが映像を分析した予測値だが、機体から発信される信号がミノフスキー粒子の妨害を受けながらも時折拾えたタイミングで数値を修正している。

 サイココミュニケーター、縮めてサイコミュ。体外で検出可能な脳波、近年では精神感応波と呼ばれるようになった内の一種がミノフスキー粒子の影響を受けないことに着目した科学者たちは、通常微弱なそれを増幅しMS操縦系へ組み込む実験を行っていた。有名な成果が遠隔誘導兵器ビットであろう。小型化が難しい上サイコミュ適性の高い者にしか扱えないことから、戦後三年を経てもMSサイズの機動兵器に搭載できない代物であった。

 裏を返せば十分なスペースと出力、適性のある人材がいれば有効な技術なのだ。MSに装備できないのなら母艦に載せればよい。
 クェイカー大尉はサイコミュ適性を持つ子供たちから特に優れた者を母艦に“搭載”し、適性の低い子供たちをMSパイロットとして運用している。彼らにはMS搭載可能サイズの受信機と専用の操縦系、特別製のヘルメット型デバイスを装備させた。これによりサイコミュ間で一方通行のリアルタイム通信が行える。出来ることはまだまだ限られているが、こと操縦補助はすぐに実用化できた。
 母艦のモデレーターが敵の思考を覗き見て味方MSへ命令を下す。思考に割って入る命令はパイロットに操縦を強制しやすく効果が高かった。モデレーターの教育にかかる期間と稼働時間が極端に短い点に目を瞑れば、年少兵パイロットを即投入可能にする素晴らしい技術であると自負している。
 実戦はおろかまともな演習すら経験せずに連邦のMSを足止めしている子供たちを見つめ、クェイカー大尉は大きく息を吸い胸を張った。


暗礁宙域 浅瀬 浮遊岩礁近傍

 アーサー・ドーラン少尉とホス・シャークス少尉は、それぞれザクに貼りつきドッグファイトを始めていた。敵はザクⅡタイプのモビルスーツを三機出してきたが、運動性能はザクのそれを凌駕しているように見える。先日会敵したアクト・ザクを彷彿とさせる、モビルスーツらしからぬ身をよじる妙な旋回と急加速を多用していた。武装も酷似している。二機はザクマシンガンを携行しているが、残り一機はアクト・ザクと同型と思しき四連奏マシンガンを携えていた。

 重火力の機体と連携をとられてはこちらが危うい。アーサーは四連奏マシンガンを構えたザクに狙いを定め、距離が開きすぎないよう慎重に中距離で戦う。アーサーとホス少尉を援護していたマモル・ナリダ曹長が、アーサーの意図を汲みザクの足を止めにかかる。

 月で受領した新型ビームライフルは、コアモジュールに様々なオプションを装着して多目的任務に対応させる新式の装備だ。アーサーやホスのビームライフルが連射間隔と取り回しの良さを重視した前衛向きのセッティングであるのに対し、マモル曹長のそれは射程と装弾数を向上させていた。

 アーサーに近づかれるのを嫌がったザクが加速した先に、置くように狙って放たれたマモル機の長射程ビームは、敵機の頭頂部をかすめて飛び去る。驚いたザクは急制動をかけると慌てて後方へ進路変更し距離を取った。経験の浅いパイロットにありがちな動きだ。岩塊を盾にしようと母艦から更に離れ始め、気が付けば孤立してしまっていた。

 この間にアーサーは装備を90mmマシンガンへ切り替える。緊急回避の立て直しとマモル機への牽制を同時に行う敵機に照準環を重ねるのは、ピオニーユニットのおかげで容易く完了した。
 マシンガンを連射され追い立てられたザクはデブリとの衝突も厭わず、浮遊岩礁の影目指して飛び去った。
 ザクが飛び込んだ岩塊の下側へ回り込んだアーサーは、岩の向こうに潜むザクめがけてジムライフルを連射した。砕けた岩の欠片がザクの装甲を激しく打ち付ける。岩の隙間からザクが顔を出す。堪らず飛び出したザクは、それを待っていたマモル機のビームにあっさりと射抜かれた。


 ジム・ピオニアの学習型コンピュータは、月面での戦闘データを基に高精度の運動予測を行っている。それどころか、ピオニアの操縦補助は照準補正を越え“自動照準”の域へ踏み込みつつある。もうピオニアがザクを見失うことはない。柔軟な運用を可能にする高性能OSと装備キャパシティー、高い運動性を併せ持つモビルスーツ。ジム・ピオニアなら勝てる。アーサーは搭乗機体の実力に手応えを覚えていた。

 ケセンマ発艦から約四分、戦闘開始から二分が経過していた。モビルスーツ同士の戦闘時間は決して長くない。一年戦争以後、MS戦のデータ解析が猛烈な勢いで進んだ。主に宇宙戦の話だが、現在では凡そ120~180秒前後で決着すると言われている。MSの行動時間は推進剤の積載量によって決まるが、戦闘機動は推進剤を大量に消費する。たとえ無傷だろうと推進剤を使い切る前に戦闘を切り上げなければ、母艦へ戻れず漂流してしまうのだ。
 その点、敵機は推進剤の消費が激しい緊急回避と急加速を繰り返しているため、戦闘時間は極度に短いものと思われた。

 一方ザクが戻るべきムサイ艦だが、逃げ足を止める様子はない。よもや味方を見捨てるつもりではあるまいが、デブリ密度の濃い深部に逃げられては一方的に撃ち込まれかねなないため、ザクに構いすぎてもいられない。

ーーしかし、迂闊に飛び込んでは……


同時刻
暗礁宙域 浮遊岩礁近傍 ムサイ級ブリッジ

 クェイカー・モウィン大尉は、ブリッジモニターに拡大された連邦軍機に違和感を覚えていた。ジム改良型のデータはいくつか手に入れたが、眼前の機体に見覚えがない。月軌道艦隊配備のアップデート機種であれば脅威にはならないはずだ。しかし、それにしては手勢が圧倒されていた。

ーーもしや……特務部隊か?

 ニューアントワープで仕入れた補給物資の付録にそのような部隊編成は認められなかった。つまり内通者の知らないカスタマイズモデルとそれを運用する部隊。まさかとは思うが、参謀本部の他にジオンの内情に通じた者がいるということか。
 計画の全貌はアナハイムにも明かしていない。月に残した痕跡は意図的にデラーズ・フリートに寄せてきた。であれば当面は航路の安全確保・海賊拿捕に絞って動くと見られていた。

 計画が露見している恐れは低い。しかし連邦とアナハイムが近づきすぎている今日、密告があったとて不思議はない。月と連邦、各々が描く宇宙世紀の秩序のため、戦後世界に火種を提供する。信用が醸成されたところで戦火を拡大、彼らの足並みが揃うよう、時に乱れるよう助力する。そのような段取りであったのだ。あったのだが……
 アナハイムが一枚岩でないことなど百も承知。そのためのジオン重工業出身者たちを囲った第二研究事業部であり、政治的な介入が出来るよう後押ししたつもりだった。
 もしもこの追討戦力が特務部隊であったとすれば……ジオンの内通者、それもクェイカー大尉のすぐ近くにスパイがいたことになる。

「まあ、腹の内までは読めませんね。私とてニュータイプではありませんから ふふっふふふふふふふふふ」

 艦長席に座る中年男は、今やたった二隻となった艦隊を率いる司令官の不気味な笑いに、背筋を凍らせていた。


暗礁宙域 浮遊岩礁

 残る敵は二機。アーサーとホス少尉がポジションを入れ替えながらザクをマモル機の射線に誘導しようとしていた。突如、戦場に割って入る熱源を報せ警戒音がコクピットを満たす。ケセンマを発艦したアーサー達から見て下方から、シャトルサイズの物体が高速で突っ込んでくる。
 航宙機と思われたそれは、通り過ぎざまに空中分解しいくつかの塊を生じて飛び去った。直後、剥がれ落ちた塊から複数の閃光が迸る。

 ほぼ同時に状況を把握したホス少尉の叫びがスピーカーを震わせ、警戒音をおしのけた。

「待ち伏せか! くそったれえええ!!!!!」

 剥がれ落ちたのは “MS-06F2 ザクⅡ” 敵の援軍、いや、伏兵か。迂闊だった。ここは暗礁宙域、どこから敵が沸いても不思議はない。ムサイが遁走したのも、ザクが母艦の傍を離れなかったのも全て奇襲のため……わざと浮足立ってみせて伏兵に有利な状況を作り出したのか。まんまと敵の策にはまってしまった。

 増援のザク三機は各々ジムへマシンガンを連射し距離を開かせた。味方と切り離され、あっという間に戦場に大穴が開いた。奇襲攻撃で空白地帯を広げた敵が自由に動き出す。
 動きに迷いがない。ムサイ艦から出撃したザクとは明らかに練度が違う。こちらが本命だったのか。敵は穴を広げるような愚を犯さず、互いをカバーし合いながら後退した。数の優位に頼っていたずらに攻め込んでこない。引き際を弁えている。アーサーは決断するしかなかった。

「追うな。 ケセンマへ帰投する」

 それ以上の言葉が出てこない。深追いなど出来る状況になかった。まんまと敵にしてやられた。手玉に取られたのは自分の実力不足故か……ついさっきまでの自信はどこへやら。悔しさにアーサーは臍を噛んだ。

 現れたザクに導かれるようにムサイ艦が暗礁宙域へ潜っていく。背中を晒して逃げる様が語っているようだった。追って来いと。その先に罠が待ち受けているのは、火を見るよりも明らかに思えた。


暗礁宙域 岩礁回廊
ムサイ級 ブリッジ

「クェイカー大尉ですね。ジャスルイズより加勢に参りました」

 通信はザクを運んできた見慣れぬモビルスーツから発せられた。デラーズフリートが新型の宇宙用機動兵器を建造していることは聞き及んでいたが、これがそうなのだろうか。モビルスーツというよりは小型のモビルアーマー、宙間戦闘機とモビルスーツの折衷のようにも見える。受信したデータによれば『ドラッツェ』というそうだ。

 戦後、残党共が我先にとデブリ漁りに興じた頃が思い出された。自らは早々にデブリ漁りから身を引きジオン重工業の身売り先を注視した。
 とりわけアナハイム・エレクトロニクス社の関心は高く、入り込むのは容易かったのだ。地球連邦とアナハイム社との強引なジオン企業買収合戦に起因する拙速な吸収・誘致に食い込めたため、荒っぽい用地買収やら乱立する建設計画に紛れて月に秘密施設を持てるほどの足場を築いた。
 一方でデブリ漁りに躍起になっていたお仲間はと言えば、早晩連邦軍と鉢合わせる事態となり無益な戦闘行為を避けられず貴重な戦力を削りながら生き延びていたのであった。そんな彼らが自前でモビルスーツを建造できたのだから、なかなかどうして見上げたものである。
 腐ってもジオン軍人。意地を通してみせたということなのだろう。

ーーまったくご立派なことです。

「本機が挟撃ポイントまで誘導します」

 てっきり疎まれていると思っていたが、おかしなこともあるものだ。このまま数を頼みに追討部隊を撃滅してもよいが、そう都合よくゆくだろうか。なんにしても囮が増えてくれたのはありがたい。このまま彼らを出汁にデラーズフリートへ追討艦を擦り付け地球へ向かう。あわよくば何隻か派手に散ってくれることを願って。


サラミス改級ケセンマ モビルスーツデッキ

 給弾と推進剤を補充する整備作業が始まった。アーサーはケセンマMS五機を二機一組に編成し直し艦から離れずに展開するつもりである旨を小隊へ伝えた。艦の直掩を一機減らしてもカバーできる。いや、現状戦力で奇襲に備えつつ侵攻しなければならない以上、他にできることなど……

 そもそも一隻で敵拠点を捜索する本作戦は無謀だ。敵の三倍以上の戦力をもって事に当たるべきところを、予備のパイロット補充すらなしに一隻で。初めから無謀な作戦……自分に務まるものか。

ーー月へ戻るよう艦長へ進言する……しなければならない。

 今、MS小隊長の重責を果たせるのは自分ではないかもしれない。己の力不足が味方の死を招く。アーサーは作戦中止を進言すべくブリッジへと向かった。


サラミス改級ケセンマ ブリッジ

「つまり、作戦を変更しろと?」

「敵拠点の捜索は月軌道艦隊が引き継ぐ。君たちは発見したムサイ級の航行能力を奪えばよい」

「分かりませんな。 そもそも本作戦は敵拠点の、」

 アーサーがブリッジに足を踏み入れると、艦長がモニター越しに月管区工廠で出会った官僚と睨み合っていた。

「君たちが考える必要はない。 あのムサイが隠し持つ兵器と情報が最優先なのだ。
「未完成だが核兵器に匹敵する脅威である。
「攻撃目標はジャブローと予想される。ムサイ艦は攻撃のため地球周回軌道まで下りるはずだ
「君たちはムサイ艦を追え。暗礁宙域から抜けた後に航行能力を奪えばよい。拿捕は地球軌道艦隊が行う。」

「核に匹敵する兵器、ですか。 攻撃目標がジャブローであると?何故そう思われるのか根拠をお聞かせ願いたい。暗礁宙域に留まるとは考えられませんか?」

「根拠は既に通達した通りだよ。本作戦は情報部が入手した極めて機密性の高い情報を基に立案された。
「統合参謀本部第四局が追っている最重要機密に関する兵器並びに情報を確保する、千載一遇のチャンスなのだ。」

 統合参謀本部第四局……アーサーの知識に参謀本部は第三局までしかなかった。連邦軍再建計画に合わせ新設されたのだろうか。

「なればこそ、本艦一隻で敵の尻をつつきながら暗礁宙域を抜けろというのは些か無謀でありましょう。
「援軍のお約束は頂いていたはずです。地球軌道艦隊は今どこにいるのですか?いつ合流可能です?」

「艦隊は地球周回軌道手前で網を張っているよ。
「戦闘データは確認した。待ち伏せにさえ気を付ければ、現状の戦力でも十分可能な任務と考えるが?」

 軍内政治に疎いアーサーでも直感を違えることはなさそうだった。まさに目の前で繰り広げられているのが、権力闘争による現場へのしわ寄せであろうことは。ならばこそ何も言わずにはいられない気がした。発言の資格があるとも思えなかったが、そこはMS小隊隊長である。構うものか。言ってしまえ。

「仲間をみすみす死なせるわけにはいきません。グラナダの一件には感謝しておりますが、現場の言葉を信じて頂きたいですな。
「ここに巣くうのは、既知のジオン残党とは違います。藪をつついて蛇を出すのが目的なら相応の物量をもって事に当たるべきです。」

 いまだ名も知らぬ細面の官僚は、勝手に口を挟んだアーサーを咎める様子もなくただ黙っていた。スクリーンの向こう、アーサーと向かい合う瞳には強い決意が宿っているように見えた。

「その通りだよ少尉。しかし、だからこそなのだ。なんとしても他のジオン残党より先に奴らが隠し持つニュータイプ兵器を確保しなければならん。
「キシリア・ザビの遺産、グラナダニュータイプ研究機関の研究成果をな。」



ーー第八話へ続く


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