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ガーデニングは突然に、鶏肉とトマト
もはや嫌がらせなのではないかと思うほど手厚い研修を乗り越えて、ようやく出社しなくても良くなった。私は管理職で雇ってもらったのでハラスメント研修を信じられない時間数受けたのだが、最近は本当に難しい。
LBGTQの時代である。
「彼女いるの?」とか「結婚しないの?」とか聞いてはいけないのはまあ、研修を受けなくても知っていた。
あとは、お昼ご飯に上司から誘うのも基本的にはNGで、どうしてもの場合は1対1にならないようにするということらしい。これは男性同士でも、女性同士でもダメだ。だってLBGTQの時代だから。
「一方で、若い世代は意外と食事に誘ってほしいと思っていますので、誘ってください」
と、さっき誘うなと言った同じ講師の人が言ってくるのだ。もう訳がわからない。
じゃあどうすればいいんだよ、と悩んで何もできない。
とか言い出すほどウブでもない。
「最近流行りの個室サウナを予約したから、行こう」
食事がダメならサウナに誘えば良い。人事はサウナのことは言ってなかった。神様は何も禁止なんてしてない。そうして着実に一人ずつ、最初からゼロ距離(互いに裸)で懐柔、半ば強引に設立した「サウナ部」に放り込んでいくスタイルで既に10人近い部員を確立し、私の暗躍は人事部に良くも悪くも注目されている。
まあ、仕事はそんな感じだ。ぼちぼち在宅の日もある。
家はどうかというと、ひよこさんから個人的にホンダフリード情報をいただいたりもしたのだが、結局フリードを、妻は買わないらしい。月から金は毎日、土日はどちらか義父の高級車が乗れるのだ。あと残りの日に乗るだけで6桁の出費をする覚悟があるのかと妻に問うたら「無い」ということだった。ひよこさん、さーせん。
その代わりなのか分からないが、いつの間にかガーデニングが始まっている。
一つずつ植木鉢が増えるとかそんな生優しいものではない。ある日出勤を経て帰宅すると、玄関から庭先に、30個くらい植木鉢があった。
「業者?」
そう思ったが、犯人は妻だった。「買った服を開封しないまま捨てる」ことでおなじみ、昭和にその名を刻む大浪費家たる、義母の娘である。やるときはやる。
「フリードよりは安いと思って」
私は何一つ発話してないのだが、無意識に何か批判的な目線でも送っていたのだろうか、妻はガーデニングがロケットスタートしたことの言い訳を、突然始めた。
そりゃあ、ホンダフリードに比べれば、大抵のものは安い。
じゃあおれだって、と
「日本刀買ってきちゃった。58万だったよ。フリードより安いよね」
そううそぶいて衝動買いしたい気持ちもあったが、その日本刀は観賞用以外の使われ方を恐れがあるので実行には移さなかった。
もう、黙って夕飯を食おう。
そういえば夕飯。
私が仕事を始めてからも結局義母が作ったものがまるまる横流しされたり、あるいは妻が作ったものと並列に出されたりする。
だから煮物と煮物が出たりするのも珍しく無い。そのくらいは別にいい。
だが今日はすごい。
「鶏肉の照り焼き」
「鶏肉のトマト煮」
「トマトの和風ドレッシングがけ」
「トマトのマリネ」
の4品だった。
トマトと鶏肉と醤油と酢限定で、できるレシピを全部やったの?可能な組み合わせを全て試したの?みたいな、そんな献立である。
そう思ったが、私は言わない。できてるなら黙って、食べて、感謝である。
「パパだっこしてよう」「ちゃんとだっこしてよう」ともたれかかってくる3歳児を左手で抱きながら、黙って、右手で器用に鶏肉とトマトを食べたのだった。
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