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豚の角煮の、汁 男性育休記29/68

前回、無事28日を過ぎて新生児から乳児に進化した赤ちゃん。その夜泣きについて示唆した不穏なところで終わってしまったが、示唆通りに夜泣きのせいで夫婦共に生活リズムが崩壊した。スマホをいじる時間が確保できなかった。ひよこさんの懸念通りである。この文章は、「銀行の手続き後に、妻に頼まれた女性誌を買う予定だがまだ本屋が開いてないのでその隙間時間に入ったドトール」でブレンドを飲み飲み高速フリック入力で書いている。
過ぎた日々の日記をどう書いているかというと、一言ずつくらいメモが書いてあるので、それを見ながら勘と記憶力でやっている。やっている?これからやるのだ。やってみせよう。ほら、たとえばこんな具合だ。

この日のメモにはただ一言、「角煮」とある。
はいはい、角煮ね。

豚の角煮を、圧力鍋で作った日だ。
圧力鍋自体は、結婚したくらいのタイミングで義母にもらったものだが、妻は包丁で指を切り落としかかって救急車を呼んだ前科があり、圧力鍋のような繊細な作業を伴う調理器具の使用を、義母から禁じられている。だから圧力鍋は私しか使わない。使えない。本来、包丁のスキルと圧力鍋は無関係な気もするが、だとしても説明書を全く読まずに家電を破壊して「壊れた」と言い出し、「それは壊れたじゃなくて、壊した、って言うんだよ。主語があるはずだ」と私に訂正されるやりとりを年に15回くらいする妻に、圧力鍋を使わせるのは私も反対である。

まあともあれ、たまには凝った料理でもするかと圧力鍋を引っ張り出し、ベタに豚の角煮を作った。

それにしても豚の角煮は不思議な料理である。

塊の豚バラ肉を、ネギの青いところと生姜で煮る。普段、余りがちな「ネギの青いところ」が基本的に必須になる部分が、可食部を使い切ることに人生を賭けている、可食部モンスターの私好みである。ちなみに生姜ももちろん、皮ごと使う。可食部モンスターとしては基本ムーブである。
そうして煮込んだあと、多くのレシピではそこで出た灰汁と油分を捨てる。そして醤油、みりん、酒、砂糖などを追加してまた煮る。ここで1時間とか煮るのだが、圧力鍋をを導入するとここを15分とかに短縮できる。そうしていわゆるホロホロ、「箸でも切れる」ような柔らかさになったものが是とされる。それが豚の角煮の世界である。

だがどうだろうか。冷静になると、食べているのは脂身と旨味を煮込まれて抜かれ、歯応えのない肉塊であり、その味の多くは醤油とみりんと料理酒と砂糖の味である。
「醤油とみりんと料理酒と砂糖の味」を言い出すと、鰤の照り焼きも一緒だ。砂糖を生姜に変えれば豚の生姜焼きも作れる。だいたいの和食はこの醤油、みりん、料理酒1:1:1にたどり着く。分かりやすい和食の真理であり、分かりやすい和食のマンネリズムでもある。ここを、たとえば酒飲みに合わせてエッジの効いた味にしたいなら醤油を強くするとか、子どもにたくさん食べてほしいならみりんと砂糖をちょっと増やすとか、そういうバリエーションがあるが、真理は一つだ。

話を調味料から角煮に戻そう。豚バラ肉の旨味は、しょうがやネギとともに捨てられた脂分に多くあったと思われ、またかなり多い煮汁にも吸収されていると思われる。しかも、豚の角煮の煮汁はほとんどが捨てられる。だって、「うちは汁、お湯で割って飲んでますわ」という人は見たことがない。安くはない塊肉の本懐と言える旨味をほとんど抜かれ、ホロホロの抜け殻を醤油ベースの味で食べている料理だと思う。

豚の角煮とは、虚無である。

だからというか、私はいつも残った煮汁のリユースに情熱を注いでしまう。茹で卵をそれで漬け込んだり、切り干し大根に転用したりする。卵も切り干しもコスパが良いからだ。特に、切り干し大根は、味的には本来「虚無そのもの」である食材に対して、豚バラ肉から抽出した旨味を還元することによって、豚さん、大根さん、それぞれの死を無駄にしないという意味で、可食部モンスターとしては大勝利なのである。

別に金がないわけではないのだが、こうして文章にするとなんてシミったれた主夫なのだろうか。こいつ大丈夫か。育児の話を全然しねえし、なんなんだよ。ブレンドも飲み終わった、もう終わろう。

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