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送別会と社内恋愛 男性育休記2-19

外で飲むのが、好きだ。

こんな世の中になるまでは、それが私の唯一の趣味であった。だがどうだろうか、シーズン1の68日分の日記の中でも、今回のシーズン2でも、「妻に許可を取って外で飲みにいく」シーンは一度もないのである。シンプルに許可が下りないからだ。

だが、5/4(水)18時より、私は外で飲みにいくと決意していた。

「だって、おれの、送別会なんだぜ」

そう、私は4月で退職している。送別会をやってもらえることになっていた。

4月前半に、強引に妻に申し出た。その時は「感染が少なければね」と条件付きの返事をされたが、現に少ないし、なにせ何の宣言も出ていないゴールデンウィークである。

首相も知事も何も禁止なんてしていない。

唇と唇、目と目と、手と手。神様は何も禁止なんてしてない(川本真琴)。

ここで立ち上がらないと、もう2度と外で飲みにいけない気がしていた。断固行きたい。

ていうか、これまで何度も親戚がノーマスクでやって来るのを受け入れて来た。Switchのゲームを買ってまで甥っ子と遊んだ。風邪ももらった。そういういろんなことを文句も言わず率先してやった。

昨日、「端午の節句の戦い」でも最後まで休息を申し出ず、主夫としての責務を全うしたのはこのような背景もあるのだ。ここで「1時間でも寝かせて」とか「しんどいから、メシは買おう」とか言おうものなら「そんな人間が外に飲みにいくのか」とやり返されるに決まっている。だから私は料理もやりきったし、3歳児もずっと抱っこしたし、とにかく通常と同じムーブをやりこなしたのだ。

おかげさまでというか、いや、これに関してはただ自分の根性としか言いようがないが、体調はだいぶ良くなった。

「ねえホントに行くの?体調大丈夫なの?」

「大丈夫だよ、じゃあ、そろそろ出るわ」

指定された焼き鳥屋に、張り切りすぎたのか一番早く着いてしまった。

ああ、それにしても、久しぶりに外で飲むビールのなんと美味いことよ。

そしておもむろに未解決事件についての話である。これは送別会でもあり捜査本部である。

最終出勤日の前日、私は昼食の帰りに同僚の後輩女子に会った。

「よいっす!」

本当は部署が違うのだが、私は別の部署の教育担当もしてたので多少接点がある。24歳、コロナの影響を受けて別業界から転身して来た、中学生からずっと同じ筆箱を使っている育ちの良さそうなお嬢様である。名前を仮に安藤さんとでもしようか。

よいっす、に対して節目がちに会釈が返ってくる。安藤さん、元気ねぇのかな。

そしてオフィスビルに到着し、エレベーターを待っていると、その別部署の責任者として半年前くらいに同業他社から転職して来たおじさんとすれ違った。48歳、伊藤さん。アイアンマンが好き。

「よいっす!」

伊藤さんは大変驚いた顔をしてから会釈をして、あまりランチの店が無い方の出口、安藤さんが先程向かった方の出口へと消えていった。

私はピンと来た。

こいつら、バラバラに出てから一緒に昼メシ行くぞ。

なんで隠すんだ。

それは、やましいことがあるからだ。

やれやれ、明日で退職するというのにとんでもない事件に出会ってしまったかもしれない。私は戻って早々、この「安藤×伊藤」事件について捜査本部を立ち上げた。

1時間もしないで、2人でお昼を食べていたという目撃証言が3件集まった。

また容疑者2名についての補足情報も集まる。

・安藤さんには、同じく前職をコロナ影響で雇い止めになった同い年の彼氏がいるが、彼は無職である。

・安藤さんは良くわかんないタイミングで「7月から彼氏と同棲する」と言い出した。

・伊藤さんは結婚して2児の父である。

・伊藤さんは最近「奥さんとは冷え切っている」とやたら強調してくる。そんなこと聞いても無いのに。

・伊藤さんと安藤さんはよく2人で残業している。ある日、お調子者の私の後輩がそれを軽くからかったところ、長文でそれは誤解であるというteamsが送られてきて面食らった。

みなさんはどう思うだろうか。

私の判断は、完全にクロである。なんならその、今度同棲が始まるのはこっちの彼氏の方なのでは無いかと思う。

捜査本部長こと私は志半ば(捜査2日目)で退官してしまったが、以降を託していた捜査員たちから追加の情報をもらう。みんなもう、完全にクロだとは確信している。

「でもほんと、立場をわきまえて欲しい」

「脇が甘い」

「バレバレ」

「下手」

さまざまな意見が飛んだが、概ね私も同意する。

だが、この意見は看過できなかった。

「ていうか安藤ちゃんは、伊藤さんの何が魅力的なのか、同じ女として見て全く分からない。伊藤さんなんてカッコよくも無いし、ていうか清潔感が無いし、全然面白くも無い。意味がわからない」

私は持っていたハイボールを置いて、重い口を開いた。


「それは違うよ。24歳OLの安藤さんのことを分かってない。まず背景として、ろくに就職活動もしてない彼氏のことを思い出して欲しい。おれは少し詳しく聞いたことがある。ガタイが良いというか、まあ、ありていに言って太っているらしい。で、仕事を探す感じがだんだんなくなっているとも聞いている。同棲しているわけでは無さそうだったけど、無職の男だから小金も無い。たぶん、ほぼほぼ安藤さんの家に転がり込んでるんだろう。家でちょっとパソコンで求人情報でも見て、まあ、やっても30分もやらんだろうな、その後はゴロゴロテレビ見たり、ネトフリとかアマプラとか見たり、暇すぎるので煮込み料理をしたりして彼女が帰るのを待っている。まあ、ヒモだわな。どのくらい家事に協力的なのかはわからないけど、たぶん太ってるから暑がりで、Tシャツでパンイチで四六時中自分の家にゴロゴロしている。寝っ屁とかもするだろうし、寝ぼけてケツをかいたりもするだろう。それと比べてどうだろうか、伊藤さんは。自分の倍の年齢だから人生経験も倍、しかも直属の上司で業務知識と頼もしい。スーツも着ているしケツもかかない。それだけで自分の彼氏と比べて、素敵な人だなと思ってしまう。仕事の相談のついでに、ついポロッと自分の彼氏の悪口を言ってしまう。彼氏の好きなところはあったはずだが、最近わからなくなってきている。そんなことを呟くと、伊藤さんも伊藤さんで奥さんとうまくいってない話をしながら、その彼氏の人生も含めてこうしたらいいんじゃないかな。なんてアドバイスをしてくる。とまあ、よく考えたらそのくらいのことは普通の大人なら普通にするアドバイスなんだけど、安藤さんから見るとそれだけで眩しく見える。もともと真面目だけど社交的ではない、友達の少なそうな子だ。父親以外でこんなに親身に話を聞いてくれる大人の男の人は初めてなんじゃないか。次第に2人で会うのが楽しくなって来る。家に帰ったらまたあの豚野郎がゴロゴロしている。そう思うと、そう、これは相談、お仕事の相談なんだから、そんな風に思ってずるずると2人で過ごす時間が増えていき、お腹も空いたからごはんに行こうか、居酒屋しか空いてないや、あれ。私飲みすぎちゃった、あれ、うそ、もう終電なくなっちゃった、明日は土曜日、どうしよう、どうしよう、まあ、そんな感じなんじゃ無いかと思うけどどうかな?24歳OLの安藤さんの気持ちとしては。うん。そうだね、あまりの熱量でしゃべりすぎて皆呆然としてるとこ悪いんだけど、うち、子どもが風邪気味だから早いけど帰るわ、お金ここに置いときます。あざした!」


外で飲むのが、好きだ。

そして自分のせいでもあるが、全然送別されてないことに後で気がついた。


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