暖かい場所

「寮を借りてそこで生活しなさい」

3年前の春、大学進学のために隣県に引っ越す際に父に言われた。

私は三人姉妹の末っ子だったけれど、父が絵に描いたような「昭和の頑固オヤジ」だったためにベッタベタに甘やかされた記憶はない。

だけど、大切にしてくれていた。

だからこそ、最初は一人暮らしという選択肢を与えてもらえなかった。

そもそも県外の大学を受けたことすら良く思われていなかった。年の離れた姉2人が結婚のため遠方に嫁いだ寂しさもあったのだと思う。

ただ、入れと言われた学校の寮はパンフレットの情報からだけでもプライバシーなんてものは存在しないと感じた。

3〜5人でひとつの部屋。自分のスペースは2段ベッドの一つ分。共有のクローゼットが少し。「試験勉強は食堂に集まってみんなで楽しく頑張ってます!」なんて先輩のコメントには書かれてたけど、要するに自分一人で部屋で勉強ができないってことですよね?

人と一緒にいるのは嫌いじゃないけれど一人の時間は絶対に必要な私は、そんなところで生活できない、息がつまる、生きていけないと18歳にもなって大袈裟に泣き喚いた。そしてそんな私を見た母が父への説得に加担してくれたおかげで、一人暮らしをすることが決まった。(なんたって父は大好きな母には弱いから)

父の説得に時間がかかったため、部屋を探しにいったのは3月中旬。一般後期の試験を終えた学生も部屋を探し出す時期で、人気な部屋は既に埋まっている状態。最初は全然良いと思う部屋が見つからなかった。

もう妥協するしかないかな、この辺でいいかな、そう諦めモードに入ったときに、「たった今、仮押さえのキャンセルが出ました!」と不動産屋のお姉さんが嬉しそうに物件を持ってきてくれた。

新築で、1DKで、5畳分のロフト付き。共益費込み4万4千円。ロフトに上がるのは梯子じゃなくて階段だから物を運ぶにもとっても便利ですよって。

早速内見させてもらって、運命だと思った。

1階の中部屋ではあるけれど、日当たりもとても良くて、部屋全体が暖かさに包まれていた。

一瞬で気分が上がった私に気づいた父が、あんなに反対していたのに「ここにしたら?」ととても優しい顔で言ってくれたから、すぐその部屋に決まった。

そこから約4年間、この部屋でたくさんの経験をした。

友達と朝まで一緒に騒いだ。熱を出しても誰もいなくて、寂しさと不安でこのまま死んでしまうんじゃないかと思った。冷房を付けっ放しでフルコマ学校に行って、帰ってきて絶望した。深夜のテンションで一人用のトランポリンをネットで買った(3日で飽きてすぐ売った)。初めて男の人を部屋にいれた。お泊りもした。ひとつの布団で誰かと一緒に寝ることが、とても狭くてとても暖かいことを知った。

就職は地元の企業に決まった。卒業論文を出し終えて学校に行くことも少なくなって、実家から通うことにした。

私が「今生活しているこの部屋」は、もうすぐ「あの頃生活していたあの部屋」になってしまう。

新築で入居したから、まっさらだった。何もなかった。私が出て行って次に誰かが住むときは、そこに私の思い出は残っているのだろうか。次に住む誰かもきっと同じように思い出を増やしていくだろう。その思い出は私の思い出に対して上書き保存なのか、名前をつけて新しく保存なのか。

正解なんてわからないし知り得ないことだけれど、私の思い出がせめて優しいものとなって、暖かい陽の光と共にこの部屋を包んでくれますように。


#はじめて借りたあの部屋





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