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祈り、地上における模倣として

「パードレさま。許して下され」
「俺は生れつき弱か。心の弱か者には、殉教さえできぬ。どうすればよか。ああ、なぜ、こげん世の中に俺は生れあわせたか」
声は風の途切れるように切れ、また遠ざかる。五島に戻った時、信徒の人気者だったキチジローの姿が急にまぶたに浮かんだ。迫害の時代でなければあの男も陽気な、おどけた切支丹として一生を送ったに違いないのだ。「こげん世の中に……こげん世の中に」司祭は耳に指を入れ、犬の悲鳴のようなその声に耐える。

沈黙/遠藤周作


善く生きるということが如何に難しいか。自分も誤ることは多いし、宗教の信徒であれ無神論者であれ、時には自分の犯した罪の前に立ち竦むことがあるだろう。人は正しくあろうと努めるだけで、その思いだけでも強迫的な苦痛を覚えることがある。ルールを破ること、見て見ぬふりをすることは容易くて、自分の利にならない道徳を行使することは難しい。ありがとうと言われもしないのに他者に奉仕するなんて、余裕のある人にしかできないことで、少なくとも私はそんな余裕を持てる環境で生きてはいない。

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私のことを好いてくれている人だけに見せたい感じの日記や論考などを書きます。23年8月から24年7月末まで更新。

とても頑張って生きているので、誰か愛してくれませんか?