誰と問う秋の夜のこと。

寒さが深まり、紅葉が緑と濃い赤の美しいグラデーションに染まるゆくとある夜。明かりを落とした寝室で、娘が布団を被って横になりながら、私に何気なく尋ねた。

「私は誰?」

秋の夜長にふさわしくもある込み入った問いに、私は少し考えてから答えた。

「あなたの名前はお父さんと私で考えてつけたから、○○さんという名前の人だけど、あなたが誰なのかというと、それは少し難しい話だね」

そこにあるのは、自分は何者なのか、という素朴な問い掛けにも似ている。私は目の前にいる小さな哲学者の気持ちを確かめるように続けた。

「あなたに○○って名前が付いているから、私は、ああ、この人は○○さんなんだなって認識して、名前を呼ぶ。呼ばれたあなたも、『ああ、私は○○なんだ』って思う。名前で呼ぶとさ、愛着も沸くね。でも、あなたがなんて名前でも、あなたはあなただよ」

娘は仄かに暗い天井を眺めながら、自分の知っているものの中から似たものを選んで言った。

「十本アニメの棒にはさ、1、2、3って一つずつ名前が付いてて、5って呼ばれたら、自分は5だなって区別できる」

「見た目の特徴で呼ぶのも、限界あるしね。結局、似た顔の人なんて沢山いるわけだし」

あなたは誰なのか。私は何者なのか。という問いは、小さな謎々でもあるかもしれない。そうして、人と人との間にあって、自分のままで何を為せて、何を為したいと願うのか、という場所まで伸びてゆく。

「あなたの名前、いい名前だと思うよ」

私は淡々と言った。
思いつきのような、他愛なく見える会話。そこにも、晩秋のように深まり、自らの色で色付いて育ちゆく心が垣間見える。

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