見出し画像

ライブイベントのバカスタッフをAIはどうやって救う、もしくは排除するのだろうか?

Show must go on

どんな競技のスポーツ大会だったかは、もう憶えてない。
その全国大会は東京体育館でおこなわれ、熱戦ののち、無事に閉会式を兼ねた表彰式までこぎつけた。上位に入ったチームを称えるスピーチがあって、表彰台にジャージ姿の選手が上り、賞状やらメダルやらを受け取って観客の拍手を浴びて降りた。閉会式は終幕を迎えた。

司会がマイクに向かって宣言する。
「大会旗降納(こうのう)!」
この場に相応しい音楽が始まる。
「大会旗に注目!」
整列した数百人の選手とスタンドの数千人の観客、その場の全ての視線が大会旗を揚げたポールに集まる。

音楽は続く。そして、音楽はさらに続く。

しかし大会旗はじっと動かない。
ポールの足元では、お揃いのポロシャツを着た若い女性スタッフ数人が、旗に繋がるロープを握っている。彼女たちの視線の先にはトランシーバーのイヤホンを着け、台本を握った、当時はアルバイトの学生だった私が立っている。

イヤホンから舞台監督の声が聞こえた。
「旗降ろせ、早く降ろせ! いますぐ降ろすんだよバカヤロ!」
私が女性スタッフに合図すると、旗はゆるゆると動き始めた。
本来は旗がポールの一番下に届くまで流れるはずだったその伴奏曲は、旗がポールの半分まで来たあたりでぴたりと終わった。
大会旗はおもむろにスピードを上げ、すごすごと、気まずそうに下まで駆け下りた。
全国大会は、間の抜けた空気とともに幕を閉じた。

きっかけは突然に(私の場合)

舞台やイベントの現場では、進行上の合図のことを「きっかけ」と言う。
あらかじめ決められたタイミングで音楽を流し始めたり、照明のあて方を変えたり、あるいは演者や演奏者があらかじめ決められた行為を始める、そうした時間上の区切りのことだ。
一般的な用語法とだいたい同じだが、こうした場で使われる「きっかけ」は極端に短い時間、あるいは一瞬をイメージした言葉だ。

この東京体育館の例では、最初のきっかけは司会の「大会旗に注目!」のせりふだ。そこからほんの少し間を置いて音楽が鳴り出すことになる。音楽が鳴って、ひと呼吸置いた唯一無二のタイミングが、その時の私にとって旗を降ろすきっかけにあたる。
私は見事にそのきっかけをハズし、式典を台無しにし、数分後には舞台監督氏から、ものすごくダーティで、容赦ない言葉で罵倒されることになった。

この時、私はなぜきっかけを出さなかったのか?
台本を読んでも、このセレモニーの流れをちっとも分からなかったのだ。
台本には書いてあったのだろうが、そこに書かれている内容を自分の行動に移し替える理解力をもちあわせていなかった。

リハーサルのときに命じられた。
「ここで曲が始まるぞ。そしたら、旗のおねえさんたちに、お前がキューを出す。分かるな?」
「了解す」
私は<了解>の意味すら分かっていなかったかも知れない。

じわじわとAI

こういう危険なバカがイベントや舞台の現場に紛れ込む可能性は常にある。その式典の後、懲りずにこの種の仕事の周辺に40年近く居座り続けている私から見て、その可能性はずっと変わっていない。

さて、来たるべきAI技術はこれを解決してくれるだろうか?
ライブ エンタテイメントの世界では、照明の操作には早々とコンピュータへの打ち込み仕事が導入された。音響や映像のデジタル技術の進化は演出技法の高速化を後押しし、仲良く歩調を合わせている。舞台監督とそこに連なる進行スタッフへのデジタル技術の浸透も進んでいる。
どんどん進化するこうした技術は、いずれ現場からバカを排除するだろうか?

すると思う。

AIのことはよく知らない。
でも、これまで見てきたデジタル技術の進化の速度からすれば、全国大会のセレモニーをがっかりさせるようなトチリをしないシステムが、早晩現れると思っている。そして、AIは人の判断の急な変更、あるいは気まぐれから生まれる失敗のリスクを克服してくれるのだろうと思っている。

危険な罠

今までならこうだった------
全国大会のリハーサルを見た主催者のそこそこえらい人が舞台監督に言う。
本番が始まる直前に、
「あのさ、旗が降り始めるタイミングなんだけど、何か違くない?」
「ですか」
「こないだのドイツの世界選手権とかはさ、SNSのスマホ動画のタイミングのこと考えてんだろうと思うけと、曲アタマから8小節待ってんだよね。この映像見てみ?」
そこそこえらい人のスマホを見た舞台監督氏は、
「ああ、ですね」
「でさ、そもそも旗おろすの必要なのかね?」
「ですね、カットしましょうか」
「そうしてくれる?」
「了解す」

かくして、何度かの打ち合わせを経て、たび重なる修正を重ねた台本から大会旗降納のシーンはカットされる。
舞台監督氏は、
①トランシーバーを使って各方面に新方針を伝える
②会場のどこかにいるはずの司会を探して駆けまわり、互いの台本を見ながら朱入れをするが、代わったせりふの言い回しが不自然だと言われて第二の変更が加わる
③第二の変更を各方面に伝える

危険な展開だ。

トランシーバーで聞けるわけないだろ

①の変更を聞いた音響オペレーターは、カットされた後にせりふがどう繋がるのかうまく飲み込めなかったが、いつものように「了解す」と答えた。
なぜなら、トランシーバーでの会話とはそういうものだから。
しばらくして③の連絡が入る。
音響オペレーターから質問された舞台監督氏は、
「そこは現場で処理するから」と答えをもち合わせていないもの特有の答えを返す。

トランシーバー越しに①と③のやり取りを聞いたバカな進行スタッフは途方に暮れる。何をどうすればよいのか分からなくなった。そして、何が分からないのかが分からないからどう聞けばいいのか分からないし、もうすぐ本番なんだし、何よりスタッフ全員が聞いているトランシーバーで聞けるわけがない。そんなのかっこ悪いだろ?バカだと思われるし。
「了解す」
このようにして、式典はカヲスに突入する。

Amazing Grace(すばらしき恩寵)

AIが導入されたあかつきには、こんな展開は一掃されるに違いない。
変更要請を受けた舞台監督氏は、その場にいたAI舞台監督助手に
「聞いてたな?」
<聞いてました>
「変更だ」
<変更します>
「ちゃっちゃと上手いこと直してみんなに連絡!」
<了解す>

変更内容は瞬時に各方面に送られ、100%理解される。
イベントは滞りなく進み、観客は満足して家路につく。
AIには学習機能があるからデータが更新される。
<主催者のそこそこえらいあいつって、ほんとヤナ奴だぜ>

さてと、オリパラはどうなるんだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?