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Arctic Monkeys 『The Car』

Arctic Monkeysとわたし

自分が音楽の深みにハマったきっかけ。それは2009年当時、14歳の誕生日の数週間後にリリースされたArctic Monkeysの3rdアルバム『Humbug』が原因だ。

7歳離れた兄の影響もあり、元々海外の音楽に親しんでいた。それまでの数年はクラシックロックを一通り聴いていた。そんな時に、音楽をディグり始めた少年時代の私は“Crying Lightning”に出会し、まさに雷に撃たれた。リアルタイムのバンドに熱中したのはArctic Monkeysが初めてだった。来日時にNHKの音楽番組で演奏した際も、夜更かしをしてテレビにかじりついた。スタッフにフリスク的な物をあげようとするAlexがキュートであった。

3rd『Humbug』は、Arctic Monkeysで一般的に名盤とされる1stと2ndに比べ、高確率で駄作扱いを受けているが、それはプロデューサーを務めたJosh Homme、及び彼のバンドであるQueens Of The Stone Age(以下、QOTSA)の影響を色濃く受け、音楽性に転換が起こったからだろう。
当時のメンバーは23、4歳(彼らの年齢をとうに追い越してしまった…)で、超特大のブレイクスルーの後に自分達をセルアウトせず、彼らのやるべきことをやる道を選んだ。最初のシングル“Crying Lightning”のMVが如く古びたボートで大海原を行くことを選んだのだ。
おそらくだが、メンバー全員でジャケに収まった作品はこれだけだし、バンドとして最も良い状態だったんじゃないかと思う。
Joshによる、ソフィスティケートされたストナーサウンドから、妖艶さや如何わしさ、無骨さを授けられ、Arctic Monkeysは変わった。これを受け入れられなかった人がいるのも分からなくはないが、現在まで続く彼らの音楽性はここで決定付けられたのは明らかだ。
そして私も。14歳、つまり中2でハマった音楽によってその人の音楽の趣味趣向は形成されるという研究結果があるが、この3ヶ月後にJoshとJohn Paul Jones(Led Zeppelin)、Dave Grohl(Nirvana)によるスーパーグループ、Them Crooked Vulturesの衝撃のデビューもダメ押しとなり、前述のような要素を持った音楽が個人的な趣向となってしまった。


Arctic Monkeysのトリロジー

Arctic Monkeysのキャリアは、The Last Shadow Puppets(以下、TLSP)作品を含め、トリロジーで区切ることができる。1st、2ndとスターダムを駆け上がり、08年にAlex Turnerは盟友Miles Kaneと共にTLSPで、初めてレトロ趣味な側面を見せた。今思えばこの頃からAlexの才能は確変に入っていたのだろう。

そして『Humbug』を携え、希望を持って第2章が始まるのだが、続く5th『Suck It And See』は初期衝動を思い起こすかのように、Nirvanaの『Nevermind』などが録音されたLAのスタジオ、Sound Cityで録音された(記録上ではSound Cityの閉鎖前の最後のレコードである)が、正直言うとこの作品の個人的な評価は低い。イケイケな歩調で歩んでいたのに、なぜ当時流行っていたインディロックの歩調に合わせるような、後退する動きを取るのかとがっかりした。
そんな失望の中、今度は髪型をリーゼントにし、革ジャンとサングラスという、典型的なロックンロールの出たちで、今や彼らの代表作となった6th『AM』と共に帰還した。アルバムの終盤の“Knee Socks”には、彼らの師Josh Hommeがコーラスで参加しているが、その様はパルパティーンを前に共闘するルークとアナキンであり、これ以上無いトリロジーの幕切れであった。

長い昔話をしたが、もちろん理由はある。Arctic Monkeysの待望の最新作『The Car』が、『Humbug』の頃のバイブスを感じさせるからだ。
その証拠に、8曲目の“Hello You”の終盤には「Rawborough Snooker Clubの時代に戻ってみないか?」といった示唆に富んだ歌詞がある。
更に、リリース直前にブルックリンのKings Theatreで行われた行われた特別なライブでは、代表作『AM』から最多の6曲が演奏されたが、『Humbug』からはそれに次ぐ4曲が演奏された。
ライブの定番曲となった“Crying Lightning”と“Cornerstone”に加え、“Potion Approaching”と“Pretty Visitors”というマニアックな楽曲が演奏された。
逆に最も少ないのが、“That's Where You're Wrong”のみとなった『Suck It And See』だ。
彼らのキャリアを追ってきた方なら、これで彼らの今のムードが分かるだろう。
この日のライブは多数のカメラで撮影され、バックステージでのリラックスした演奏のフィルム映像も混じえ、感涙必至の映像作品として届けられている。是非ご覧いただきたい。


「車」と「ロックンロール」

さて、本題だ。
『The Car』と名付けられたこの作品。8/24にドラムスのMatt Heldersの撮影した写真が使われたジャケットと共に、リリースがアナウンスされた。

@mattheldersのInstagramより

この写真は、LAのサウスブロードウェイにあるビルの屋上から撮られたものだ。
大都会の摩天楼の中、ビルの屋上にポツリと佇むトヨタの5代目カローラ(83年発売)をフィルムで撮影しているが、遠景にあるビル群がパンフォーカスで写され、その迫力によりカローラの哀愁はより強まっている。
そんな古びた大衆車と、バンドの置かれている現状を重ねずにはいられないのだ。
前作『Tranquility Base Hotel + Casino』は、個人的には最高傑作だと思っているが、ラウンジミュージックや50年代の第2映画黄金期の映画音楽の要素を込められた、あまりにも挑戦的なレトロフューチャリスティックなサウンドは、大手を広げて迎えられたという印象ではなかった。
そんな70年代以前の音楽に活路を見いだしたArctic Monkeysとは対照的に、音楽界の潮流はデジタルな音色の80年代サウンドが再興している。
ここで『AM』でThe BRIT Awardsを受賞した際のAlexのスピーチが思い出される。

「あのロックンロールってことだよね。あのロックンロールはどうにもくたばらないんだ。折に触れて冬眠に入ることもあって、沼の底に身を潜めたりするんだよ。だけど、大自然には周期を追って物事が巡っていく法則があるわけで、その一部であるロックンロールにも周期性をもって従わせているんだよ。ロックンロールはいつだって曲がり角の向こう側に待ち構えてるんだよ。ぬかるみを横切って、ガラスの天井を叩き割って、いまだかつてないほどの活力をまきちらしながら姿を現わすんだよ。そう、あのロックンロールだよ、いつの間にか消え失せたように思うかもしれないけど、絶対に息が絶えるはないんだ。だからってどうしようもないんだよ。」

今ロックとされるものが流行っているとすれば、ポップパンクリバイバルになるだろうか。
はたまた、皮肉なことに初期Arctic Monkeysにも影響を受けたMåneskinだろうか…
またしてもロックンロールは身を潜めてしまったのだろうか…

若者の車離れは先進国を中心に世界的に起こっている。新たに生産される車は電気自動車のみと規制が進み、石油燃料を爆発させ、温室効果ガスを吐き出しながらエンジンを駆動するガソリン車は過去の物になろうとしている。

『The Car』というタイトルは、この作品をドライブミュージックだと喧伝するためのものではなく、「車」を「ロックンロール」のメタファーとして扱っているのだ。
そのメッセージはジャケットに使用された写真1枚に全て詰まっている。この作品は、時代遅れと自認しながらも我が道を行くロックンロールバンドの孤独な抵抗なのだ。


『The Car』

『The Car』には、この作品を象徴付けるような音が3つある。

1つ目は、エレガントな映画音楽的オーケストラルサウンドだ。
トリロジーの話をしたが、現在の章はTLSPの2nd『Everything You've Come To Expect』から始まっていると思う。Scott Walkerを通して意気投合した2人が、本気でその神域に触れようとした作品であり、Owen Pallettの手助けによるオーケストラルサウンドはAlexへと受け継がれ、今作にも多大な影響があった。
『TBH+C』もラグジュアリーでエレガントなサウンドが特徴的であったが、あれはヴィブラフォンとメロトロンとリバーブの3つの要素から成り立っている。そう、使われているイメージがあるが、実はストリングスが使われていなかったりする。

今作のストリングスアレンジは、Alexと長年のプロデューサーJames Fordに加え、Bridget Samuelsという人物が勤めている。
このSamuelsがどういう人物なのかというと、MicachuことMica Leviが映画音楽家として活動する際の右腕とも言える人物だ。『Under The Skin(2014)』『Jackie(2016)』『Monos(2019)』『Zora(2020)』といったMica Leviの手がけたスコアに加え、The Haxan CloakことBobby Krlicが手がけた『Midsommar(2019)』のスコアにおいて、オーケストラのスーパーバイザー(監督)として携わってきた。
ハードコアなエレクトリックアーティストがスコアを手がけ、エレクトロニクスとオーケストラが重なり合う映画音楽を監督することは、素人目線でも難しいのは想像に容易い。だが、それをやってのけるのがこのBridget Samuelsだ。
今作のオーケストラルサウンドに関して、映画音楽的だという感想が散見されたが、難しい注文をこなす彼女の仕事による影響は小さく無いはずだ。


2つ目は、Alexのワウギターが生み出すファンクネスだ。
アルバムがアナウンスされる直前の8/23、チューリッヒでのライブで“I Ain't Quite Where I Think I Am”が演奏された。ファンカム映像はネットを駆け巡り、ファンは来たる新作についてあらゆる考察を立てた。
ボウイ的なディスコファンク路線になるのではないか?という意見が大半であった。私は、この曲に関しては同じイングランドのディスコファンクバンド、Hot Chocolateのようだと感じ、なるほど、そうくるかと待ち構えていた。
正式な音源を聴いてみると、なぜか『Humbug』を感じた。つまりはJosh Homme味を感じた。
ついでに、Joshが最近のQOTSAのダンサブルな路線の影響元にHot Chocolateを挙げていたことも思い出し、やはり彼らは未だにJosh Hommeチルドレンなんだと勘繰り、勝手にエモーショナルな気分になった。

この曲と4曲目の“Jet Skis On The Moat”で、Alexのギターにワウがっかっているが、これが作品における最大のファンク要素だ。
Marvin GayeやCurtis Mayfieldなどのニューソウルの頃のような、スムースなワウの方がこのオーケストラが多用される作品には合いそうだが、Parliamentのようなエンヴェロープフィルター寄りのオートワウを使用している。
この音選びには賛否が分かれそうではあるが、非常に挑戦的であり、最終的には私は好意的に受け入れた。

ちなみに、最新のライブ映像に映ったAlexのペダルボードの右上に、オレンジのエフェクターが繋がれているのが確認でき、RedditではこのオートワウがGuyatoneのPS-104ではないかという結論に至っている。Guyatoneの人気オートワウであるSteve Salasモデルではなく、PS-104だ。

Guyatone PS-104

3つ目は、効果的に用いられる浮遊感のあるシンセサイザーだ。
この作品は、リードシングル“There’d Better Be a Mirrorball”の劇場の幕を開けるかのような、荘厳なキャバレーミュージックのテイストを纏ったイントロで始まる。
次に耳に入ってくる音で印象的なのは、シンセサイザーの音だ。
こちらもライブ映像から特定したが、今作ではKORG 800DV(74年発売)が重用されている。

KORG 800DV

“Body Paint”のイントロでも聴くことができるこのシンセのサウンドに、聴き覚えがあると感じた方は少なくないのではないだろうか。
私はスピルバーグ作品の『未知との遭遇』の作中で、宇宙人との交信で使われたシンセの音に似ているように感じた。あの作品で使用されているのはYAMAHA SY-2だが、同じ日本の楽器メーカーが同じ74年に発売したアナログシンセサイザーということで、近い雰囲気を持っている。
おそらく、先のオートワウも含めレコーディングでも使用されているとは思うが、ジャパンヴィンテージの機材がこの作品で効果的に重用されているのは、ジャパヴィン機材フェチとしてはこれ以上ない幸福である。
今作のリリース前のBig Issueのインタビューに対し、Alexは「Sci-fi is off the table. We are back to earth」と発言した。
前作『TBH+C』は月面のホテルを舞台にしていたが、月に向かって惜別の信号を送っているような演出にも感じる。


『AM』以降、メンバーそれぞれに特殊技能を身につけている印象がある。前作は多くのゲストプレイヤーが参加したが、今作はストリングス以外はメンバー4人で演奏されている。そのせいか、スケールは大きいが親密感があるし、今回のコンセプトには合っているとは思う。

TLSPでの活動もあり、今作ではストリングスアレンジを務めるほどに、ソングライターとしての器量が増したAlex Turner。
また、リードギターはAlexが弾くようにシフトされており、その熟練具合と安定感も相当なものになっている。
歌唱面でも、Tom JonesやPaul Ankaのような往年のスターの風格も板についてきたし、見た目も『Once Upon a Time in America』でのデニーロのような渋さが出てきて、非常にいい歳のとり方をしている。
やっぱり、彼こそが僕ら世代の最高のロックンロールスターなのだな。

ライブでの安定感の無さから下手くそだ下手くそだと揶揄されてきたJamie Cookだが、リズムギターに徹するようになり、いぶし銀な良さが出てきた。また、ピアノやシンセでの貢献も大きい。
3曲目の“Sculptures of Anything Goes”は、AlexとJamieの共作なのだが、ギターの音作りにも感じるが、Jamieが1番のJosh Homme信奉者ではないかと感じる。
このサブベースの唸る、作中で最も異端な楽曲は、QOTSAの中でも『Like Clockwork…』でのディープなダークネスを感じさせるが、これはJamieのアイデアが大きいのではと思ったりしている。

『AM』以降で、最も技術の伸びたメンバーを問われたとしたら、間違いなくNick O'Malleyだと答えるだろう。
現状の音楽業界で、Nickのようなプレースタイルのピック弾きのベーシスト自体の母数が比較的少ないと思うが、ジャジーなタメの効いたタイム感が求められる現在のバンドのスタイルに、見事に順応してみせた。
前作から『Pet Sounds』や『Smile』期のBeach Boysの名作を感じるとの声もあるが、それはNickのCarol KayeやRay Pohlmanを彷彿とさせるベースプレイが大きな要因だと思うほどに、彼は余りにも過小評価されているベーシストだと思うのだが、みなさまはどうだろう。

Matt Heldersに関しては、Josh HommeがプロデュースしたIggy Popの『Post Pop Depression』でもドラムスを任されるなど、その技術には定評がある。
それはロックドラマーとしての話ではあったが、Nickと同じく前作で見せたジャジーなプレイへの適応能力の高さはあっぱれとしか言いようがない。
今作では、ゴーストノートやディクレッシェンドの繊細な表現力に磨きがかかり、見事なシンバルレガートを聴かせてくれる。
“Body Paint”の転調するタイミングで、ジャズドラムからロックドラムに切り替わる瞬間は鳥肌ものだ。


月に別れを告げ、COVID-19が蔓延する地球に降り立ち作られた今作の一言目は「感情的になるなよ、君らしくない」。
John Lennon譲りのナンセンスな歌詞を書くAlexにしては、いきなり胸をグサリとエグる一文だ。

あらゆる感情が渦巻き、ネガティブな感情に陥りがちになる日々だが、Alexはこう続ける。
「過ぎた昨日が今もまだ屋根から漏れ落ちてくるけれど、それは今に始まったことじゃない。そうだね、確かに俺はこんなことは絶対しないと約束していた。でもなぜだが呆れるほどロマンティックで昔気質の奴に任せるのが今の気分に合ってるんだ。」 
そう、そうなんだよ。だからこそあなた達を待っていた。時代遅れの古臭いロックンロールが必要なんだ。正直言って、この作品はこの1曲目だけで十分な程に価値を持っている。

この曲で歌われているように、行く先々にミラーボール、つまりは各々にとって心躍らせるものがないと、とてもじゃないがやってられないのだよ。


おわりに

TLSPの2ndと『TBH+C』を経て、今作がトリロジーの3作目と勝手に位置付けたわけだが、かなり卑怯な論法ではあるが、『ハリーポッター』や『アヴェンジャーズ』のようなブロックバスター映画にありがちな、前後編に分かれた最終話のように感じた。(もしくはTLSPの2ndをスピンオフにしてしまえ)

というのも、考えたくはないが、何故だかこのバンドの生い先は長くはないように感じてしまうのだ。
文中で書いてきたように、『Humbug』の頃を顧みていたり、バンドだけでこの作品を作り上げたという点で、The Beatlesにとっての『Get Buck』に通じる部分がある。
メンバーは音楽を続けるとは思うが、このバンドが意義を持たず、ダラダラと活動を続けるのはらしくないようにも思う。

ただ第2章以降は、ジジイになってから演奏した方がよりカッコよくなるような楽曲しかないので、メンバーが初老になり、金が無くなった時に再結成をして、ワールドツアーでもしてくれればいいやとも思う。

なんにせよ、この『The Car』で終わりではないのは確実で、しかも次は更にクソヤバいものを作ってくれると確信している。
いつになるかはわからないが、それが来るまで気長にこの作品を愛でていきたいと思う。

※おまけ

Lana Del Reyが去年のアルバムで、Miles Kaneとデュエットして、TLSPやMini Mansionsメンバーでバックを固めた“Dealer”って曲。
あれって歌詞もタイトルも『Tranquility Base Hotel + “Casino”』へのアンサーソング及びラブコールだと思ってるんだけど、どう思います?

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