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楠木健著「ストーリーとしての競争戦略」書籍レビュー

 本書は、一橋ビジネススクールで教鞭をとる経営学者の楠木健氏が執筆、2010年に出版、翌年2011年にビジネス書大賞受賞、その後、現在まで、本格的経営書としては異例の30万部を超えるロングセラーになった書籍である。とかく無味乾燥になりがちな分野のテーマを、筆者の卓越した文筆力、随所に挿入されたユーモアが、読者を引き付ける。また、本書の競争戦略のコンセプトを、本質的な顧客価値(「誰が、なぜ喜ぶのか」)に、おいていることが、社会、経済、技術環境が変わっても、今も読み続けられている所以(ゆえん)と思われる。それでは、本書の概要を記す。

 まず初めに、筆者は、本書のまえがきで、優れた競争戦略を、以下のように、述べている。

 優れた戦略の条件とは何か。(中略) 
それは戦略が「ストーリーになっているか」ということです。(中略)
優れた戦略とは思わず人に話したくなるような面白いストーリーだ、ということです。(中略)戦略を構成する要素がかみあって、全体として、ゴールに向かって動いていくイメージが動画のように見えてくる。全体の動きと流れが生き生きと浮かび上がってくる。これが「ストーリがある」ということです。

楠木健著「ストーリーとしての競争戦略」から

 企業で論じられている「戦略」の多くは、「V字回復戦略」、「新たなビジネスモデルの創出」等、元気満々のタイトルがつけられ、いろいろな構成要素の詳細の分析が盛り込まれている。しかし実情は、戦略全体の「動き」と「流れ」がわからず、「項目ごとのアクションリスト」にとどまっていると指摘する。
 それでは、あるべき競争戦略とは何か。戦略の本質は、「違いをつくって、つなげる」ことである。「違い」とは、競合他社との違い。「つなげる」とは、違いを生み出す個別要素が、つながり、組み合わさり、相互に作用することを意味する。そして、著者は、ストーリーとしての競争戦略を、次のように、説明する。

 ストーリーとしての競争戦略は、さまざまな打ち手を互いに結び付け、顧客へのユニークな価値提供とその結果として生まれる利益に向かって駆動していく論理に注目します。つまり、個別の要素について意思決定しアクションをとるだけでなく、そうした要素の間にどのような因果関係や相互作用があるのかを重視する視点です。
 戦略をストーリーとして語るということは、「個別の要素がなぜ齟齬なく連動し、全体としてなぜ事業を駆動するのか」を説明するということです。(中略)個々の打ち手は「静止画」にすぎません。個別の違いが因果論理で縦横につながったとき、戦略は「動画」になります。ストーリーとの競争戦略は、動画のレベルで他者との違いを作ろうという戦略思考です。

楠木健著「ストーリーとしての競争戦略」から

 競争戦略の第一の本質は「他者との違いをつくること」である。そして「違い」には、二つの異なったタイプの違いがある。レストランに例えると、シェフのレシピに注目し、ポジショニングの違いを作ることが、SP(Strategic Positoning)。厨房の中のノウハウで使い違いを作ることが、OC(Organizaitonal Capability)と呼ばれる。
 SPの例として、松井証券が、インターネットの株取引に特化し、顧客ターゲットを、頻繁に株の売買を行う個人投資家にしぼったこと。結果として、松井証券は、個人の株取引では、大手をしのぐ存在になったことを紹介している。
 OCの例として、トヨタ生産方式(TPS:Toyota Production System)を挙げる。TPSは、ライバルに研究され続けているが、競争他者は、トヨタと同等の強みを手に入れることが出来ていない。TPSは、多くの構成要素を含み、また、その実体が組織ルーティーンの中に埋め込まれているため、簡単には真似できないと分析する。OCは「模倣」が難しい強みなのである。
 SPが明確で、OCが強いことが最良であるが、現実にはどちらかの要素に偏っているケースが多い。この2つの違いを理解し、これらのつながりを意識して戦略ストーリーを組み立てていくことが重要である。

 次に、筆者は、ストーリーを組み立てる時の柱となる次の「戦略ストーリーの5C」を挙げる。

■戦略ストーリーの5C
①競争優位(Conpetitive Advantage)
 ストーリーの「結」:利益創出の最終的な論理
②コンセプト(Concept)
ストーリーの「起」:本質的な顧客価値の定義
③構成要素(Components)
ストーリーの「承」:競合他社との「違い」
SP(戦略的ポジション)もしくはOC(組織能力)
④クリティカル・コア(Critical Core)
ストーリーの「転」:独自性と一貫性の源泉となる中核的な構成要素
⑤一貫性(Consistency)
ストーリーの評価基準:構成要素をつなぐ因果理論

楠木健著「ストーリーとしての競争戦略」から

 筆者が、優れた戦略ストーリーで成功を収めている例として、スターバックスを挙げている。内容の説明と合わせて紹介する。 

 ①については、戦略ストリーとは終わり、つまり起承転結の「結」の部分から逆回しに組み立てていくべきものである。まずは「利益が創出される論理」を固めなくてはならない。
 利益の定義は利益(P) = 顧客が払いたいと思う水準(WPT) - コスト(C)で求められる。つまり、利益創出の理屈は、競合よりも顧客が価値を認める製品やサービスを提供できるか(WTP優位)、あるいは競合よりも低いコストで提供出来るか(コスト優位、価格ではない)のいずれのシュートを目指すかをまずは決めることになる。
 スターバックスでは、”プレミアム価格の実現によるWTPの増大”が競争優位を獲得するためのシュートにあたる。

 ②については、コンセプトとは、その製品(サービス)の「本質的な顧客価値の定義」を意味している。コンセプトが、全ての戦略の構成要素を決めることになり、極めて大切なポイント。そして、すぐれたコンセプトは人間の本性(人はなぜ喜び、楽しみ、面白がり、何を欲し、何を必要とするのか)を捉えたものと指摘する。
 スターバックスのコンセプトは、「第三の場所」の提供である。強いプレッシャーがかかる中で、ハイテンションで仕事をしているビジネスパーソンがいる。仕事(第二の場所)が終わって疲れ果て、家(第一の場所)に帰ろうとする。自宅では確かにくつろげるのだけれども、帰ったら帰ったで、家庭でのよもやま事に対処しなくてはならない。家に帰る前に20~30分、一人でテンションを下げる場所の提供をコンセプトとしている。

 ③は、コンセプトを構成要素へブレイクダウンしたもの。
 スターバックスが「第三の場所」の実現に繰り出したパスを紹介する。
〇店舗の雰囲気
・ゆっくりとリラックスできる雰囲気の店舗。
〇出店と立地
・プレミアム立地に集中して出店する(ビジネスパーソンが多く、懐具合が温かい人々が多そうで、WTPを取りやすい)。
〇オペレーション形態
・原則すべての店舗が直営店(サービスのさまざまな側面で細かいコントロールが可能)。
〇スタッフ
・スタッフを「バリスタ」と呼び、人材育成に相当な手間ひまをかける。
〇メニュー
・アラビカ種のプレミアムコーヒーにこだわり、自社工場で深くローストした豆を使う。コーヒーを淹れるオペレーションも厳密にコントロール。

 ④の、クリティカル・コアとは「戦略ストーリーの一貫性の基盤となり、持続的な競争優位の源泉となる中核的な構成要素」のことである。
 スターバックスでは、オペレーション形態を直営店方式にしたことが、すべてのパスを可能にした。スターバックスの、クリティカル・コア(キラーパス)は、直営方式である。

  ⑤については、③のコンセプトを実現するための構成要素が、きちんとした因果関係でつながって、一貫性を持っていること。
 スターバックスは、「第三の場所」の実現のために、クリティカル・コア、構成要素が、因果関係でつながり、一貫性を持っている。

 以上が、本書の概要になる。

 本書を読んだ私の学びは、
「本質的な顧客価値」(コンセプト)は、言語化されないと見えない
・筋のいいストーリーは、加速度的に、物事を動かす
である。本書は、経営学を語っている書籍であるが、企業経営にとどまらず、自身で何かの活動をし、だれかに価値提供を行っている人には、普遍的な学びになる内容が書かれていると感じた。また、本レビューでは、紹介出来なかったが、多数の具体的な事例のケーススタディが紹介されており、それらも含めて購読すると内容が、より肚落ちすると思われる。500ページの大作だが、本レビューに興味を持ち、より深く学びたいと思った方には、一読をお勧めする。

 著者が、本書の最後に記した文書を紹介して、本レビューを終える。

 優れた戦略ストーリーを読解していると、必ずといってよいほど、その根底には、自分以外の誰かを喜ばせたい、人々の問題を解決したい、人々の役に立ちたいという切実なものが流れていることに気づかされます。世の中は捨てたものじゃないな、とつくづく思うのです。

楠木健著「ストーリーとしての競争戦略」から

 

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