扶養抜けのたたかい

ありがたいことにお仕事をお任せくださる方がいるおかげで、先日とうとう夫の扶養を抜けた。夫の勤務先を巻き込んだ手続きの煩雑さ云々に関しても言いたいことはたくさんあるが、それは置いておいても、ここに至るまではまさに「紆余曲折あった」。

そもそもわたしはいわゆる「職歴」というものがほぼない。大学を卒業して一瞬だけ就職はしたが(そう、早々に内定を得ていたので一応入社式とオリエンテーションには出た)、すぐに退職・結婚・出産・育児で「社会人」にはなれなかった人間なのだ。

元々学生時代は、朝6時から午後4時までだのかけ持ちだのでフルタイムアルバイターとまで言われるほどワーカホリックだったわたしが、働けない、お金を稼げないということはものすごく苦しいことだった。やっと見つけたのが在宅のライターの仕事。もちろん最初は月に2万円稼げればいいほうで、「仕事」なんていえないようなものだった。

ちまちまと地道に続けているうちに認めてくださる方や色々と任せてくださる方が増えて、ライティングだけでなく校正校閲や編集の仕事をこなすようになり、収入も増えたのでやっと開業届を出すことに。ところが、ここに水を差すのが夫だった。

「そこまでたくさんは稼いでないんだから届は出さなくてもいいでしょ」

「わざわざそんな面倒なことする必要ある?」

「俺も会社に言わなきゃいけないのかな」

元々夫はわたしに稼いでほしいという気持ちはありつつも、自身のプライドが邪魔をするのだろう、何かと理由をつけてはわたしの行動を制限してくるきらいがあった。本人に自覚はなかったり、そういう意図は持っていなかったりするのかもしれないが。

それでも仕事は降ってくる。収入は増え、さすがに夫も止められなくなったところでようやっと開業届を出すに至った(この時、「俺は別に止めたんじゃないよ、わにが大変だな、面倒だなって思ってるんだと思って……」なる苦しい言い訳を夫がしていたことはもう忘れた)。

それから数年のあいだも「扶養内」の壁が立ちふさがる。「今月は○○万円稼げた!」「○○での仕事が決まった」といった一般的にはポジティブと思われることも、「扶養内に収まるの?」の一言で全て打ち消された。

しかし、わたしは根っからのお金好き、いや働き者。個人事業主は向いていないと思っているが、だからこそ自分がこなした仕事がそのままお金に、いや成果として見えるおかげで、少しずつ自立できるのではないかという希望が感じられるようになってきたのだ。

これまた自分には向いていないが、ライターという職もその希望に一役買っていたのかもしれない。自分が書いたものが誰かの役に立つのを目の当たりにできたこともプラスに働いたように思う。

あまりコツコツと物事を進めるのは得意ではなかったけれど、結果としてコツコツ真面目に仕事をしてきたことが認められ、無事稼ぎも増え、ついに今年「もう無理。今年は扶養抜ける」と夫に伝えた。わたしの仕事の内容や仕事相手を理解していた夫は、生返事ではあるもののさすがに否定はしなかった。

が、ここでは終わらない。ここで冒頭に戻る。

夫の勤め先での手続きがあまりにも面倒だったことでわたしは3度も「なんとか調整して扶養内に収められない?」という夫の言葉を聞くことになった。

ここでも色々と揉めたけれど、なんとか手続きが済み、わたしはやっと国民健康保険証を手にすることができた。ぺなっぺなの紙だったことには苦笑いしたけれど、言葉にできない気持ちで胸が苦しくなった。

本当は10年前、友人らと同じように勤め人経験を積むはずだった、キャリアを築くはずだった、お金が貯まったら学びたいことがあった……今言っても仕方がないことだが、たくさんのやりたかった、はずだったの気持ちと、やっとここまで来られた、自分の力でここまでできたの気持ちがごちゃ混ぜになって、自然と目が潤んでしまったのだ。

でもここで終わりではない。寧ろここからが本番。どう考えても自分には向いていない仕事だが、しがみついていくしかないのだ。


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