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最初に面綱かけたやつサイコパス©ネオホラーラジオ

  角突き牛には、正装がある。

  入場するときには、「面綱(おもづな)」といわれる装飾を顔につけ、鼻に「鼻綱(はなぎ)」を通され、装飾付きの「とち金」を経由して「引き綱」につながれてのお出ましとなる。一応の習俗の伝統としてはこんな感じらしいが、最近の牛持ち、つまり山古志在住・出身の古参以外の外部牛持ちで準備できている牛持ちはあまりいない。

 私としてはイベントとしての角突きを続けていくだけでなく、こういった形も残していくことが大事だと思っているので、これはフルセット揃えなくてはならないと意気込んだ。とはいえ、これが建前というわけではないが、正直にいうと形から入るタイプの人間なので、これを揃えるというミッションがすでに楽しみなのであった。

 中でもひときわ胸躍るのが、面綱の準備である。

 形は大相撲の横綱が土俵入りをするときに身につける「綱」に似て、色は黒・赤・白を縒り合わせる。これを牛の顔にかけると、なんだか風格が出て強そうに見える。伝統の色は先述の3色だが、最近は牛持ちの好きな色、あるいは思いのこもった色など自由にカラフルな配色がされている。一色で決めている面綱も、なかなか渋くてかっこいいものだ。

 私もうきうきと色を考えた。でも何となくイメージができていた3色があった。昔から好きな組み合わせでもあるし、もう数年「もし牛を持ったら面綱は」という頭があったんだろうと思う。玉鷲の締め込みのようなエメラルドグリーン的なものも憧れたけれど、角突きだしかわいいではなくかっこいいしか勝たんよなというわけで、最終的に、紺・海老茶・白の3色に決めた。

 山古志の種苧原という地区に、この面綱職人が住まわれていた。牛を持ったら面綱はこの方に頼んで作ってもらうのだそうだ。私は師匠である庄八さんと共にこちらのお宅に伺った。庄八さんも自分の牛である薬師大力のために、面綱を新調するとのことだった。牛を決めてまずした準備はこれだった。

 次に「鼻綱(はなぎ)」だが、これは牛の鼻の穴に通して使う。鼻綱は古参のおとうさんたちはだいたい綯うことができるようで、素材はスズランテープだ。おとうさんたちは角突きオフシーズンの冬の間、これを何十本も綯いながら春を待つのだ。庄八さんによれば、コメリでいろんな色を調達して、たまに色を混ぜてみたりするんだよ、とのことである。白にピンクのマーブル鼻綱が気に入ったので、庄八さんから何本か分けてもらった。

 この鼻綱と引き綱をつなぐ金具である「とち金」は、これがなかなか苦労した。畜産に用いるとち金であれば市販でいろんな形状のものが手に入るが、角突き牛のつけるとち金はいくつもの輪がついており、それがシャリンシャリンと鳴る風情があるものだ。土台になる部分もこの形状がいいよというものがあったりで、それがネットでも見つからずなんとコメリでも手に入らなかった(コメリは基本何でも手に入ると思っている)。

 聞けばとち金は代々受け継がれているものが多く、ずっと前の代から使っているとか、牛持ちをやめることになった人から譲り受けたりするもののようで、おいそれと手に入るものではなかった。そんな中、せがれ師匠(注:庄八さんの息子さん)が新品のとち金を牛を持ったお祝いにくださった。装飾はついていないものだが、私には見つけることができなかったなにがいいかもよくわからないなぞ金具を、探してプレゼントしてくれた。ありがたい。角突き、頑張ろうと思った(おもにうしだけど)。

 最後に「引き綱」だ。これが一番どうしたらいいのかわからないものだった。これこそ代々受け継がれていて、新しいものを作れる人を聞いて回ったけれど山古志には見つからなかった。他の新参牛持ちがマイ引き綱を使っていないのは、こういうことが理由なのかもしれないが、ここは何とかしても使いまわしではない自分と飛将専用の引き綱が欲しいところなのだ。するとここでも、せがれ師匠が登場。

「平畑のじいが綯った引き綱が放置してある、それ使え」

 平畑のじいは昔からの牛持ちで「平畑」という牛を持っていた。昔角突きが途絶えた期間も、この平畑のじいだけは角突き牛を持ち続けて絶やさないでいたらしい伝説のおじい。そのじいが自分の牛のために自分で引き綱を綯ったのだが、その後まもなく平畑が引退するより先に鬼籍に入られた(平畑も今は引退している)。そんな引き綱が牛舎の隅でずっと雑に扱われているのをせがれ師匠は気にしており、だったら使ってやった方がいい、ということだった。小千谷縮の端材で作られているらしいグレーを基調とした渋い引き綱をゲットした。なおポケモンはゲットしない。

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 ほどなくして、面綱ができあがったと連絡が来た。庄八さんが受け取りに行ってくれるというのでそれに甘える。牛舎で待ち合わせ、新しい面綱を手にしたときは非常に満足した気持ちになった。牛のものを支度する自分に浸ってみた。しかも「これは牛持ちになったお祝いだよ」と、庄八さんがプレゼントしてくれた。ありがたい。角突き、頑張ろう、と思った(おもにうしだが)。

 まだ準備しなくてはいけないものが残っていた。鼻綱を牛の鼻に通す際に使う「鼻綱通し」という棒状のもの。これを使って鼻の穴を傷つけないように鼻綱を通す。これも古参は自分用のものを使っている。古くは鳥の羽を使っていたんだそうだが、こればっかりは売っていないのでお手製なのだという。困りながらも初場所を迎えた日、先輩牛持ちである龍勢の彦久保さんが「鼻綱通し、ある?これ、つかいなよ」とさらりとくださった。龍勢の牛持ちの彦久保さんは、鼻の穴が小さめで痛めやすい龍勢のために、強度を保ちながらもできるだけ細い鼻綱通しを研究して作っているのだ。私はとても恵まれている。ありがたい。角突き、頑張ろう、と思った。

 これで一通りの牛の正装グッズが準備できた。楽しい。楽しくて仕方がない。いちいちあがる。なんならおどる。他の新参牛持ちのひとたちはなぜこの楽しみを受け取ろうとしないのか。牛持ちに与えられた権利、牛持ち冥利に尽きるというものではないか。とはいえいろんな牛持ちの考え方がある。私としては、せっかく牛持ちになったのだから、とりこぼさずに楽しんでいきたいと思っている。

 しかし相手は牛である。この話にはつづきがあってだな・・・

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