2020年7月28日(火)

 まだ梅雨は明けない。

 GO TOキャンペーンから排除された東京都民は25年前の京都行きを思い出した。

 あの夏、私は高校一年生でフレッシュなチェリーだった。当時、彼女らしきものが出来かけていた。形としては告白して付き合っていたが、目標としていた男女の不純な交友はできていなかった。彼女は可愛かったが会話はあまり噛み合わず、趣味なども合わないし、会っていてもあまり楽しくはなかったが、とにかく不純な交友がしたかった。

 そんなある日、電話で話していると彼女が郡山のおばさんのところに行くと言った。なんだかよく分からないが、今風に言うとワンチャンあるかもと私は思った。あと、一人でどっか遠くに行くのエモいと思った。ということで、別々に郡山に行って、タイミングを見て会おうと提案した。携帯電話前夜の当時、二人が郡山で出会うにはそれなりの障害があった筈だが、私は気合でどうにかなる、というようなことを言って押し切った。

 しかし、当日になって彼女から、

「やっぱり無理かも。ごめんね」

 みたいなことを言われて断られた。常識的な判断ではあったが、私は行き場のないリビドーを抱えて、もうどうにもならなかった。

 そうだ、京都に行こう。私は何故かそう思った。中学の修学旅行が東北ばかりだったことも影響していたのだろう。彼女と進む方向が違ってしまったことを悟ったのかもしれない。

 親には、翌日には帰るが遠出をすると伝えてあったので、交通費等々含めて2万円をもらって、大きくもないバックパック一つを背負って東京駅に向かった。お金はないので、ムーンライト長良で行くことにしたのだ。血液が全て下半身に回っていたわりには、時刻表を調べ往復の運賃、食費プラスアルファのお金を計算できるとは、我ながら頭が良い子だったのだと思う。

 16の我が子を一人、送り出すのを不安に思う親を説得するために必要なことだったのかもしれない。元々の動機は郡山でワンチャンだったのだが。

 東京駅のホームには多くの人がいた。蒸し暑かったが時折吹く風がひんやりとしていた覚えがある。周りは大人ばかり、半年前まで中坊だった自分から見れば、本当に大人ばっかりだった。不安ではあったが、得も言われぬ高揚感があった。

 電車に乗ってしばらくすると車掌さんが切符を確かめにやってきた。京都までの切符の買い方が分からなかった私は取り敢えず千五百円分くらいの切符を買って、車内で追加で支払えばいいやと考えていた。マジックテープの財布を手元に用意し待っていると、車掌さんが自分の前に来た。京都までです、と伝えると車掌さんが追加料金を調べ始めた。おそらく数秒のことだったろうが、緊張していたせいでとても長く感じた。

 とその時、直前に検札を終えた大学生らしきお兄さんが声を掛けてくれた。

 「これあげるよ。俺たち熱海で降りるんだけど、余ったから。車掌さん大丈夫ですよね?」

 私がポカンとしていると、車掌さんは頷いてそれにスタンプを押してくれた。お兄さんが言うには、それがあれば京都まで追加料金なしで行けるそうだ。私はどえらく価値のあるものをもらってしまったとひたすら感謝の言葉を繰り返した。

 今思えば、お兄さん達は男2人女2人の夏に浮かれたカップルで熱海で暑い夏を過ごす予定だったのだろうが、その時はすごく純粋に良い人たちに見えた。青春18切符を往復分買うと四人組では2つ枠が余るので、どうせいらないその枠をもらっただけなので、むこうは痛くも痒くもないのだが、そんなものを知らない、あの頃の私はなんて良い人たちがいるのだろうと思ったものだ。

 熱海でお兄さん達に別れを告げるとすごく心細くなった。窓外に流れる家々の明かりを見ながら、こんな遠くでもたくさんの人の営みがあるのだなと旅情に浸っていると、二人組の作業着姿のおっさんが目の前の席に座った。軽く会釈をすると、向こうから話しかけてきた。最初はどこへ行くんだ、お前はいくつだみたいな話しをしていたと思う。しばらくすると片方のおっさんが、聞いてきた。

 「お前、アレ知ってるか?」

 「アレ?」

 「女のアレだよ。それかセックスって知ってっか?」

 おっさんは酔っていた。私は苦笑いをしながら、あまりよく知らないです、みたいな返事をしていたと思う。このおっさん、おっさんなのに子供をそんな風にからかってスゲー馬鹿だなぁという気持ちはあったが、怖かったのもあり、刺激しないようにしていた。それが恥ずかしがっているように見えたのか、執拗にセックスとか性器の名称を繰り返された。あまりしつこいので隣のおっさんがやめろよと止めたが、当時の私が可愛かったせいもあってか、それからも執拗に繰り返された。

 しばらくおっさんのハラスメントは続いたが、夜も明けないうちにおっさん2人は降りていった。

 ようやく苦痛から解放された私は、安堵からか目を閉じた。蒲郡あたりで目を覚ました気がする。いつの間にか目の前に座っていた女性2人は、熱心に本を読んでいた。一人はおっぱいが大きかった。本のタイトルは人間革命だった。物を知らない私は、人間を革命するなんて凄く難しそうな本を読んでいるな、とだけ思った。

 やがて電車は米原に着き、乗り換えをし、すっかり朝の通勤風景になってしまった電車に乗って京都に向かった。

 京都に着いた時点で、かなり疲れていた。お金を少しでも節約しようと歩いて清水寺に行った。どこでだかは忘れたが葛切りを食べた。葛切りってなんか通っぽいとその時は思っていた。鬼平か何かで夏の風物詩で食べていたのではなかろうか。それとも美味しんぼだろうか。あとは土産で八橋を買った。他のことはあまり覚えていない。

 行きの交通費がかなり浮いたのと疲れていたので、帰りは新幹線を使った。晩ご飯は家で食べた。初めての一人旅は、自分が想像していたものとは色々な意味で違った。大学生のお兄さん達ありがとう。おっさん達もなんかよく分からないけれど、ダイバーシティを教えてくれてありがとう。

 彼女とは、それからすぐに自然消滅した。私があまりフレッシュでなくなるのは、もうしばらく先のことだったが、それはまた別のお話し。

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