『「昆虫の社会」は禁書だったか』2023-11-29
こんなツイートがTLに流れてきた。
ちなみに大逆事件とは1910年、明治天皇の暗殺を計画したという口実のもとに幸徳秋水ら12名が処刑され、社会主義弾圧激化のきっかけとなった事件である。
そういえば私もそんな話を読んだ覚えがあった。確か山本有三『路傍の石』だったように記憶している。
『路傍の石』はもちろん小説だが、小説の中で面白い実在事件に触れているタイプの内容だなと何となく思っていた(もちろん、そういう体で作り話を書くという手法も「民明書房」をはじめ存在するから、そのまま鵜呑みにするわけにはいかない)のだが、本格的に自分で掘り下げたことがなかったので、これを機に真偽を確認してみようと思った次第である。
手持ちの本で戦前の表現規制を扱ったものの中に何かないか探してみたところ『検閲と発禁 近代日本の言論統制』にこんな記載があった。
ところがまず「国立国会図書館サーチ」などで『昆虫の社会』という本を探しても、該当するものが見当たらないのである。
正確に同じタイトルの本は大逆事件(1910)どころか、1965年以降に加藤陸奥雄という人が著した本が一冊あるきりであった(もちろん「昆虫の社会生活」「昆虫社会学」とか似たような本は出てくる)。
こんな題名の本は5~6冊被っていてもおかしくないと思っていたので正直、意外であった。
一応言っておくと、天下の国立国会図書館サーチにはもちろんばっちり戦前の本も載っている。実際に今回の検索でヒットした類似の本の中には、石川千代松『昆虫学教科書:普通教育』という1902年の本もあったのだ。
Amazonや「日本の古本屋」「書籍横断検索システム」で調べても同じである。
はて困った。
『昆虫の社会』という本自体が実在しなかったということなのか?
次に青空文庫を調べてみた。ご存じ、著作権切れの本を内容ごと載せてくれているサイトである。
これにも『昆虫の社会』そのものは載っていなかった。
しかし、本そのものは出てこなかったが、実際に「昆虫の社会弾圧事件」には触れている資料があったのである。それも2件、ただし同じ宮本百合子という人の著作である。
両方とも引用しよう。
それらしき話が出てきたはいいが、すでに題名すら「昆虫の社会」か「昆虫社会」か揺らいでいるのはどういうわけか。念のため『昆虫社会』の方も、国立国会図書館サーチ・Amazon・日本の古本屋・書籍横断検索システム・青空文庫のすべてで洗い直してみたが、結果は同じであった。
(……どうでもいいけど書籍横断検索システムさん、なんでこのオファーに昆虫絡みに混ぜて『中国の死神』なんて民俗学っぽい本を推してくるんですかのぅ? 興味そそられるけど)
1910年当時『昆虫社会』も『昆虫の社会』も、正確に同じ題名の本が存在していた形跡は、出てこなかったのである。
いや、待って。
宮本百合子さん、それより『昆虫の社会』ってファーブルの本なの?
もしかしてファーブル昆虫記がそういう題で訳されていたことがあったのだろうかと思ったが、やはりそういう形跡も検索からは見当たらない。wiki含めファーブルや昆虫記について書いてあるサイトにもそれらしきエピソードは出てこない。
先ほどの宮本百合子も、他でもファーブル昆虫記に触れている文章が2点ほど青空文庫にあったのだが、彼の本が日本で弾圧された、というような話は出てこなかった。
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