[読書メモ][Kindle]『「朝日」ともあろうものが。』(鳥賀陽弘道)

Location: 61
自宅にこもって、机に向かい、思う存分書く毎日。なんて素晴らしい生活だと思った。

Location: 69
口頭で説明するよりは、文章に書いたほうが、ずっと能率よく自分の考えを伝えることができる。ぼくは元々そういう人間だし、そういう職業的訓練を受けてきた。

Location: 107
誰かがやらなければならないのに、誰もやらない。ならば、仕方がない。ぼくがやればいいのだ。退社した今でも、ぼくは一義的にはジャーナリストなのだ。ぼくは原義での Journalist という職業に誇りを持っている。自分が目撃した不正や腐敗は、読者への報告の義務を負っているのだ。だから、十七年の間、朝日新聞社でぼくが見聞したことについても、この職責を忠実に実行しようと思う。

Location: 120
このまま朝日新聞社にいては、自分が職業人として成長できない、ダメになってしまう、そういう個人的な絶望感が主な動機だった。

Location: 176
ぼくが本当にアジェンダ(社会的な論点)にしたいのは、ぼくたちが住む民主主義社会で死活的に重要な「知る権利」のエージェントであるマスメディアすべての病気である。その議論をしてもらう手始めの材料として、ぼくは自分の経験を書くことにした。それだけである。

Location: 190
ぼくは「文章を書くこと」が何より好きだ。感じたこと、考えたことを書いて人に伝える作業がおもしろくて仕方がないのである。これからも書くことだけは一生やめないつもりだし、それ以外に職業としてできることも思い浮かばない。今でも、ぼくが「優れた書き手」であるかどうかは自信がないが、優れた書き手になるために努力を惜しまなかったことだけには自信がある。

Location: 202
思えばあのとき、ぼくは発見したのだ。「文章を書くこと」によって、人とつながることができる、ということを。

Location: 208
ぼくは、内気な少年だった。スポーツにも勉強にも取り柄はない。放っておくと誰も自分に話しかけてはくれず、かといって自分から人に話しかける勇気もない。友だちをつくること、つまり他者と関係を持つことが、ぼくには途方もない苦しみだった。

Location: 265
組織の上から下まで判で押したように同じことを言うので、彼らが自分の頭で考えていないこと、組織の中に言論の自由がないことがすぐにわかったからである。自分の頭で考えないこと、自由がないことほど、ぼくが忌み嫌うものはない。

Location: 307
この言葉が現代の日本で価値を保っているのかどうかすら怪しいけれど、ぼくは「良心」という言葉を何より大切に生きていきたいと願っている。ジャーナリストという仕事に惹かれたのも、この職業が、何より「良心」に忠実な人間を待っていると思ったからだ。ここなら「良心」に忠誠を誓った人生を送ることができると思ったからだ。

Location: 638
ゲームを批判するために、まずそのゲームに参加して勝たなくてはならない。

Location: 651
そういう都会型の娯楽は、ここにはないのだ。

Location: 737
「我流」で自分を育てるしかなかったからこそ、「規格外」という個性を手にできたのかもしれない。かつてハンディだと思っていたものが、いま武器になっている。人生、何が幸いするかわからない。

Location: 739
それにしても、新聞社はどうしていちばん経験の少ない記者に、警察取材という、もっともセンシティブな取材をやらせるのだろう。

Location: 743
夜も昼もないしんどい取材は、体力のある若いヤツにやらせておけ」という程度の年功序列的発想(裏返すと若者蔑視あるいは年齢差別)だろう。

Location: 1,202
ニュースを公正中立に扱うはずの「不偏不党の原則」には「例外」がある、という「ルール違反」を「記者のイロハ」として教えてしまうのだ。これでは、子どもに「お菓子は買うものではなく盗むものだ」と教えているに等しい。

Location: 1,232
「不偏不党」のような公平原則は、例外という「穴」が開いたとたん、まるでゴムボートを針で突いたかのように全体が機能しなくなる。「公平」はすべてを公平に扱うから「公平」なのであって、ひとつ「例外」があるなら、あとはいくつあっても同じだからである。

Location: 1,267
「両論併記は取材のイロハ」

Location: 1,296
こうやって、明文化もされないまま、つまり証拠を残さないまま、論調は統制されていく。

Location: 1,477
ぼくは、こういう「小さいけれど、日常的な不正」が、気持ち悪くて仕方ないのだ。

Location: 1,576
これは構造的な問題であって、属人的な資質の問題ではない。ぼくも経験したからわかるのだが、あんな誘惑の洪水の中で、正気を失わないでいることは、平凡な人間には難しい。

Location: 1,668
場合によっては利害が対立する相手に依存しておいて、自治独立などありえない。依存しつつ自立するなんて、矛盾している。

Location: 1,682
「今、何が問題なのか」「何を議論すべきなのか」「何を知るべきなのか」というテーマ(アジェンダ)を見つけて社会に提示すること。ハルバースタムは、それこそがジャーナリストの重要な使命のひとつだと言った。この指摘には、頭を殴られたような思いがした。日本の記者クラブでの「発表もの」では「今社会で何が問題なのか、何を議論すべきなのか、何を知るべきなのか」を官庁や企業が決めている。ハルバースタムは、それは権力ではなく、ジャーナリストがやらなければならない、と言ったのである。

Location: 1,690
記者にとって、ネタがないことほど苦しいことはない。

Location: 1,696
日常生活のすべて、朝起きて寝床を出てから、夜眠りに就くまでに経験することすべてが記事につながるポテンシャルを秘めているということだ。その「誰もが見ているが気づかないことに気づき、言葉にする」という「思考の習慣」がないと、アジェンダは考えつかない。そして、この思考の習慣は、訓練しないと身につかない。身についても、使わないと衰える。

Location: 1,716
長年鎖につながれたままだった犬が、鎖を外してもいっこうに駆け回らず、その半径でしか動けなくなるようなものだ。

Location: 1,758
ただ自分の疑問の答えを知ろうと、行動を起こしただけである。

Location: 1,824
読者の「なぜ」に答えられない報道は、読者にフラストレーションを残す。それが毎日続くと「どうせ知りたいことは出ていない」とそのメディアを見放してしまう。現在の新聞は、そういう窮地に陥っているのではないか。

Location: 1,883
朝日では、評価されるのは「努力」ではなく「苦労」だった。「苦労」が多い持ち場に就いただけでも、すでに評価されているから、致命的なミスさえしなければ、人より踏み込んだ仕事をしなくても社内的な評価は上がる。よって重要なのは「どんな記事を書いたか」よりは「ミスなく過ごしたかどうか」である。

Location: 1,910
差別的な人たちは、けっして自分が差別的であるとは思わないものなのだ。

Location: 1,963
ぼくはギャンブルとかスポーツとか、世の男性が好む話題にことごとく興味がなく、苦手なのだ[。]

Location: 1,968
いくら「特ダネ」を書いても、一日経てば古新聞である。

Location: 2,054
日々の業務に必要がないことは、その思考からも消えてしまうのは「惰性」と呼ばれる悲しい人間の性である。

Location: 2,083
「組織の引き締めに躍起」とか「激震が走った」とか「テコ入れ」とか、手あかまみれの新聞的クリシェが出てきたら、それは記者たちが怠惰を貪っていると思ってもらって構わない。

Location: 2,234
テレビがニュース報道に参入してきて以来、新聞は「最高鮮度のニュースを運ぶメディア」ではなくなってしまっている。そんな自明の現実ですら、朝日の幹部たちは否認し続けていた。

Location: 2,289
ユーザーが製品に不満を寄せれば、ふつうのメーカーなら必死で製品を改良するものだ。それが「ユーザー・フレンドリー」というものだ。が、あろうことか、新聞社は「活字離れだ」と嘆き、お客様である読者を難じている。そういう新聞社の「読者のストレスや負担を取り除くべく、製品改良に努力する」兆候が一向に見られないところに、読者は無意識に傲慢さを感じ取っているのではないか。

Location: 2,338
「でも、そんなこと、読者には何の関係もない話ですよね」

Location: 2,342
彼らはわかっていたのだ。「夕刊の廃止」が「組織の縮小」「人件費の削減」という形で自分たちの既得権益を直撃してしまうことを。「読者の利益のために自己犠牲を払うべきだ」などと発言する、とんでもなくボケたヤカラは、ぼく一人だったのである。

Location: 2,372
新聞記者の日常業務で要求されるのは、主に瞬発力や持久力であって、思考力や分析力、記憶力はそんなに必要ない。日に日に自分の脳細胞が筋肉になって思考が鈍化していくような、そんなイヤな感じがしていたのだ。

Location: 2,412
思えばこのとき、ぼくは貴重な教訓を学んだのだ。この会社には、少なくとも新聞セクションには、社員に投資し、その能力を育てるという文化がない。記者が自発的に自分を育て、いい記者になろうとする努力を歓迎しないどころか、マイナスに評価する。

Location: 2,417
断っておくが、ぼくはこのお二人を決して恨んでいない。感謝していると言ってもいい。今から思うと、彼らは実に素晴らしい反面教師だった。この会社が持つ病弊を、ショーケースのようにわかりやすく、まだ若かったぼくに見せてくれたのである。朝日を辞めるよう背中を押してくれた人々の中には、間違いなく彼らがいる。

Location: 2,497
期間は長くて一年だ。これでは語学をかじった程度で帰国である。

Location: 2,827
もともと、贅沢や無駄遣いが嫌いな性格だったこともある。

Location: 3,007
「小さなヤラセ」と、捏造やでっち上げを含む「大きな不正」は、「現実を加工して記事にする」点では連続している。現実は、いったん加工してしまったら、それは現実ではない。コップの真水に墨を一滴落とせば、どれだけ透明に見えても、それはもう真水とは呼べないのと同じである。

Location: 3,014
こうした「小さな、しかし日常的な不正」が積み重なり、集積されると、総体としておそろしく醜悪なものができあがってしまう。そんな気がする。

Location: 3,015
ルーティン・ワークになってしまった「小さな、しかし日常的な不正」には「大きな、そして非日常的な不正」へ、拡大の誘惑が常につきまとう。

Location: 3,022
スポーツ選手やタレント、有名人をセレモニーに呼ぶのは「客寄せ」ではない。「メディア寄せ」なのである。また、写真撮影のためだけにセットされた「現実」を「フォト・オポチュニティ」という。

Location: 3,036
「少額なら」は必ず拡大解釈される。そして最後はおそろしく醜悪な不正が起きる。

Location: 3,073
不正を処罰せずに隠蔽すると、その組織内には「あんなことをやっても許されるんだ」という認識が広まり、さらに悪質なモラルハザードが蔓延する。

Location: 3,076
ぼくのように捏造を報告しても、管理職がそれを握りつぶすのなら、それは管理職が黙認したのと同じ、共犯になるということなのだ。それをやってしまうと、組織が不正を黙認したというメッセージを放つ。組織の倫理観を信用できなくなる。不正を黙認する組織をどうやって信用しろと言うのだ。

Location: 3,268
朝日新聞社の賃金は今どき珍しい厳格な年功序列型なので、自然に四十五歳前後まではアンダーペイ、それ以降は労働生産性に比べて給与が「オーバーペイ」になる。はっきり言ってしまえば「年寄り天国・若者地獄」なのだ。

Location: 3,273
それでも、なんだかんだと摩擦や衝突があっても、退社という選択肢までは視野に入ってこなかった。まだ現状を変えていく余地はあると思っていたのだ。

Location: 3,276
愛想が尽きたのである。

Location: 3,316
プロの書き手なら誰でもそうだと思うが、作品あるいは原稿は自分の全身全霊を賭けた我が身の分身、まるで実の子どものような存在である。

Location: 3,325
改革とは、例外なく慣例破りなのだ。慣例破りだから改革なのだ。誰かが「今までとは違うこと」をやり始めることが、改革なのだ。組織の構成員がそれぞれのアイディアを持ち寄って、紙面や組織をよくしていこうと努力することが改革なのだ。個々人の向上心があるからこそ、組織も改革され、生まれ変わっていくのだ。「前例がないからダメだ」などという馬鹿げたセリフを口にする人間が組織のリーダーにいる限り、その組織に改革なんて絶対に起きない。

Location: 3,329
個人の自発的な向上心に基づかない、上が一方的に命じる「改革」なんて、そもそも根のない草木のようなものであって、必ず枯れる。そんなものは改革とは呼ばない。改革ゴッコだ。

Location: 3,352
いいアイディアを持っていて、かつそれを実現できるスキルのある人間は、貴重な戦力である。

Location: 3,452
朝日新聞社は「実力主義」「能力主義」による社内の競争を極端に嫌い、神経症的に排除していることがおわかりだろうか。誰かが抜きん出た仕事をするのが、イヤでイヤで仕方ないらしい。これが「成果平等主義」だ。「反能力主義」「反実力主義」と呼んでもいいと思う。

Location: 3,467
人間の能力には、個体差があるのだ。生物として当たり前のことだ。X記者ができることが、Y記者にはできないかもしれない。が、逆にY記者にはできてもX記者にできないこともあるだろう。そこに「優劣の差」はない。

Location: 3,471
その個体差を認めなければ、社員一人ひとりの能力や特性を見出すことも当然できない。

Location: 3,490
職業的なスキルを誠実に高めていこうというモティベーションの高い人材には、朝日新聞社は地獄のような環境である。が、そうでない人には地上の楽園、パラダイスだ。

Location: 3,508
嫉妬深いくせに、正面切って議論するほどの勇気はない。話をすれば、こちらは納得するかもしれないのだ。が、それもできない。陰口だけには熱心である。しかし表面上の立ち居振る舞いは、礼儀正しく、柔和で、笑顔を絶やさない。

Location: 3,515
誰かが抜きん出た仕事をすると、自分がサボっているように見える。自分が劣っているように見えて不愉快だ。そんなことはやめてくれ。平等に成果をよこせ。全員「一等」にしろ。全員「主役」にしろ。そういう連中がうじゃうじゃ繁殖してしまったのである。

Location: 3,705
自分たちの仕事をよりよいものにしたい、という切迫感が感じられなくなったのだ。よりおもしろい記事を書きたい、今までにない視点を読者に見せたい、等々「明日は今日よりベターな仕事をしたい」という意欲があれば、とてもじっとしていられないはずだ。

Location: 3,729
たとえて言うなら、日本料理店が海で釣った鮮魚(一次情報)ではなく、スーパーで買った切り身(二次情報)を刺身にして客に出しているようなものだ。

Location: 3,735
恐ろしいことに、この縮小再生産がいったん転がり始めると、止めるのは難しい。

Location: 3,742
その上司の判断が信頼に値するかどうか、部下もよく見ている。上司と部下の信頼関係とはそういうものだと思う。

Location: 3,749
見ていないようで、部下はよく見ているのだ。上司が、ただ単に役職をかさに職権を振り回しているだけなのか、本当にその判断を信じるに値するだけの努力を積んでいるのかを。

Location: 3,776
この会社では、前章で書いたように、向上心に燃え、よりよい仕事をしようと思って努力しても、何も評価されないのだ。

Location: 3,787
記者や編集者は「読者の発想」プラス・サムシング・エルスがないと、職業的に成立しない。「他の人と違った考え方」をしないと、商売にならないのだ。ここが「プロ」と「アマチュア」の境界線なのだ。

Location: 3,860
おまけにパソコンも大衆化し、操作が簡単になっていたので「月刊誌を定期的に読んでパソコンを覚える」という読者層そのものが急減していた。

Location: 3,919
ぼくはもう「アサヒさん」でも「アサヒのウガヤさん」でもないのだ。/これからは、何もかもが「烏賀陽弘道」に帰属するのだ。/ぼくはいま、ゼロなのだ。努力すれば、これから成果はすべて朝日新聞社ではなく自分のものになるのだ。

Location: 3,924
思う存分、努力していいのだ。思う存分書いていいのだ。

Location: 3,929
何かを得るためには、何かを捨てなければならない。逆に、何かを捨てれば、必ず何かを得る。神様は公平だ。

Location: 3,931
従業員が自分のやりたいことを一〇〇パーセント実現できる企業なんて、存在しない。企業は利潤をあげるのが第一目的だ。従業員がやりたいことなんて、優先順位が低くて当たり前だろう。

Location: 3,946
じゃあ、どこが妥協点なんだろう。ぼくはこう考えることにした。「自分のやりたいこと」対「会社がぼくにやらせたいこと」の比率が五〇:五〇なら、まあ勤め人としては幸福と考えよう、と。つまりここらへんが「臨界点」だろうと考えることにしたのだ。なぜ会社を辞めたのか、ざっくりと言ってしまうと、この「自分がやりたいこと」対「会社がぼくにやらせたいこと」比率が臨界点をはるかに超えてしまったからだ。

Location: 3,975
企業は営利組織だ。慈善組織でも社会福祉組織でもない。そんなものに人生を委ねるなんて、あまりにお人好しで、リスキーだ。

Location: 3,980
そのうちにぼくだって死ぬのだ。無目的に生きていると人生は長いが、目的を持って生きるには短すぎるのだ。

Location: 3,983
社員の自発的な努力や向上心を嫌い、潰したがる。そういう「環境」というか「社風」が、「自分の人生においてもっとも大切なこと」=「職業人として、人間として成長していきたい」という願いと、どうしても折り合わなくなったのである。

Location: 3,992
現状を変更したり修正したりするものは、すべて何か現在の既得権益の一部を放棄する動きにほかならない。だから、彼らは現状を変えようという動きを神経症的に警戒し、潰しにかかる。

Location: 4,001
よりベターな仕事をしたい、よりベターな職業人に成長したいと願う人間にとって、「今までとは違ったこと」をしようとするのは自然なことである。前例のないこと、誰もやっていないことをするからこそ、それは改善であり、進歩なのだ。


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