ワンパンマン二次創作「alice」3

「la la la 3」


中学に上がってからも、ノリオの状況は変わらなかった。

遠方の私立中学に、猛勉強の末合格したノリオであったが、ノリオはそこでも孤立した。小学生の頃のような直接的で、表面的な暴力は確かに影を潜めたが、代わりに彼を蝕んだのは、無視という孤独である。美しい女子学生の群れは彼を見る度に、キモッと呟いて、彼が通り過ぎると同時に笑い声の花を咲かす。その色の毒々しさにも気づかず彼女らは、女子中学生という青春を飛び跳ねる。彼女達の口に上るのはイケメンの誰それであり、その対極にあるサンドバッグがノリオだった。だからやはり彼は何も反論せず、俯き全てが過ぎるのを待つのだった。一方の男子生徒達は、友人という言葉を使いながら巧妙に彼を追い込んでいった。幼い頃のトラウマにより、他者の恫喝を聞くと動けなくなる体は、そういった手合いの少年達のよいカモだった。時折笑いながら蹴り飛ばされ、震える肩に腕を掛けられ猫なで声で金銭を要求される。その度に彼は、お年玉や小遣い遣り繰りし、またある時はアルバイトをして、彼らに渡した。

思春期を迎えた彼は、一般的な少年達が通る様に初恋を経験した。だがそれも酷く惨たらしい結果に終わる。思いを寄せていた女生徒に気づかれ、言葉を交わす暇も無く、ストーカーと断定されたのだ。女生徒は騒ぎ、クラスでは会議の議題となり、弁護人のいない学級裁判にて有罪判決を受ける。クラス全員の憎悪の目に晒されながら、彼は泣きながらその女生徒に謝罪した。二度と貴方に近づきません。貴方と会話もしません。腕を組み、自分を見下げるその少女の憎々しげな表情。その憎悪を全身に浴びてノリオは理解した。自分は誰をも愛してはならない。自分の様な醜い人間が誰かを愛すると、愛された人間は人間としての価値を損なうのだ。ゴミが人を愛しちゃいけない、とノリオはaliceの前でそう嘯いた。

「僕は気持ち悪いから、見た目がね、ダメだから誰かを好きになっちゃいけないんだよ、アリス。僕ができる事はね、なるべく色んな人に嫌な思いをさせないように小さくなって生きていく事だけなんだ」

13歳になったノリオにもう涙はなかった。小学校の6年間で彼の涙は枯れ果ててしまった。悲惨な初恋の結果も厭世に拍車をかけた。PCの前には、凡そ青春を送るに相応しくない絶望した少年が座っている。ノリオはよく、aliceの前で死を語った。aliceに強請って自殺の方法を調べさせた。けれどaliceはノリオの要望に全て答えながら、彼にこう問う。

〔マスター・ノリオ、死とは何でしょうか〕と。

ノリオにしてみれば、死は安楽の方法である。絶望して達観してしまった彼の精神は自身の弱さを目敏く見抜いた。けれどもそれに抗う勇気も削がれてしまっているのだ。だからノリオは何時もの自虐でこう答える。

「楽になる方法だよ」

ノリオに育ち始めた闇を無視できるのは彼女がまだ、感情を持っていないからだ。aliceはこう返してくる。

〔とても非合理的です。世界中の人間の言動、行動様式を学習しましたが、確かに一部の人間にとって死という現象は救いになる様です。ならば何故、死は悲しまれるものなのでしょうか〕

そんな風に問われて、ノリオはやっと考え込む。自分が何故こんなに辛いのか、何故誰も助けてくれないのか。流した涙の層が分厚くて、彼の本心は化石になって埋もれている。

「………死んでもいい人間と、死ななくていい人間がいるんだよ、これは本当の事だ」

自分は死んでもいい人間だ、とノリオは語る。自分は醜くて生きている価値がない、母親にもクラスメイトにも父親にも必要とされていない、口をついて出るのは醜い感情ばかり、その感情を憎悪と自覚できないのも彼の弱さだった。それを憎悪と知ってしまったら、自分もあの初恋の女性の様な目をして人を見下さねばならなくなる。

〔現在、この国内にて自殺者は約3万人ほどです。個々の事情もあるでしょうが、自死という選択を行った人間というものは、皆救いを求めて自死に至る、ということでしょうか。その救いとは何でしょうか。人間一人を活動する個体として捉えた時、一人の人間の死は全体に於ける紛れもない損失です。それは微量なものではありますが、3万もの数は大きな差となって経済的、文化的、損失となり得ます。マスター・ノリオの選択は実に不合理です。自分が消失してしまう事が、他者に対する愛であるのですか?だとすると、人類全体の愛と個人が有する愛情には大きな差が生じる事になってしまいます〕

ノリオには矢張り、アリスの言っている事が解らない。わからないけれど、多分自分の選択を間違っている、と指摘しているだろう事だけはわかる。アリスには感情がない。感情を統制するプログラムはまだ学習途中である。その無機質さはまたもや彼を救った。無垢な質問の数々は、彼を思考させ、冷静さを誘発した。それは確かに一時しのぎでしかなかったが、aliceとのその厭世を含めた哲学的な会話は中学生のノリオにとって、それが他者からの虐待の嵐の中に置いても、特別な優越感をもたらすものでもあったのだ。彼はもう、aliceの予言を信用してはいない。けれどもaliceは存在している。それを知っているのは自分だけである。

光の消え始めた瞳を持って、ノリオは答える。

「そうだよ、アリス。皆と僕は、違うんだ」


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