ワンパンマン二次創作 Alice 7



aliceとの訣別から24時間後、ノリオは行動を開始した。最初の1日は状況整理に戸惑ったけれど、理解して受け入れてしまったらそいつはとても簡単な事だ、と気づいたのだった。その結論を出してから、ノリオの精神は今までになく充足し満ち足り、安定した。全ての作業に滞りはなかった。そしてもし、こんな心地で皆生きているのなら、それはとても幸福な事だ、とも彼は悟ったが、自分に科したその結論を覆そうとは思わなかった。彼はそれを意識して初めて、全ての鎖から解き放たれた。ノリオの中にいる怪物を止める手段はたった一つ、それにもう時間がない。最後に一社だけ残ったITベンチャー会社の面接を無断で欠席し、ノリオは近くのホームセンターで頑丈な縄を購入する。残された時間が定まって彼はやっと目的を見つけたのだった。死ななければならない。自分は生きている価値のない人間だから死なねばならない。餓えた様な希死念慮の最後の砦がaliceだった。だがもうaliceはいない。怪物は唸り声をあげて檻を揺する。ロマンティストを気取って、大仰な遺書をしたためる事も考えたが、馬鹿馬鹿しくなって辞めた。誰にもなんにも恨みはない。ただ、死にたいから死ぬのだ、と彼は考える。身辺整理するほど何かを集めた訳でもないから、死ぬ間際までバトルガール・アリスのDVD、漫画を読み漁った。

決行の夜、何時もの様に呑んだくれている母親に声をかけた。

「母さん」

間延びした心底迷惑そうな返事が返ってくる。ノリオは母親の顔を久々によく観察した。美しかった目元には小皺が刻まれている。恨みはない、と彼は自分に嘘を吐いた。何もかもを許せる世界に行く為に。

「何時も、ありがとう」

静かな声でノリオは母親に告げた。母親は訝しげに、また迷惑そうにノリオをふりかえる。

「なんなの。急に。気持ち悪いわねえ。さっさと寝なさい」

母親は母親だった。きっと何処までいっても変わらない。けれど自分は確かに、この母親の胎内から産まれたのだ。自室への階段を上がりながらノリオは考える。この幸福感の正体はなんだろう?それは逃避である、と脳内の誰かがいう、解脱である、とも言う。だがどちらだっていい。自室の扉を開けた先、真っ暗な部屋の輝くのはバトルガール・アリスの最終回、一晩中、感動と幸福でむせび泣いたのはあの時が初めてだった。ドアノブにかけられた縄はしっかり結ばれている。再生をクリックして、ノリオは定位置についた。最終回はオープニングを省略し、最後に流れる構成になっている。この世界で聞く最期の歌はアリスの声で奏でられる、それは昇天の賛美歌である。画面の中でアリスが最後の戦いに走っている。彼女が倒し救うのはマスター・トモである。首に縄を回して最初の台詞を呟いた。

「あたし達はここにいる。これは幸福だわ、マスター」

意思を持って幸福と言える事が自分の人生の中にあっただろうか。画面の中のアリスは力強く美しい。自分もああなりたかったな、とノリオは思う。もし、生まれ変わりがあるのなら、次は美少女がいいとノリオは思った。誰も傷つけず、弱い誰かを守れる美しい少女。ゆっくりと首に食い込んでいく縄の感覚を無視して、ノリオはPCの液晶画面に映し出される仮想世界の物語を楽しんだ。手足が痺れ始めたのは物語の中盤、世界に絶望し、死に囚われた彼女の父親、マスター・トモとの激闘だ。その激闘の中でアリスはトモに呼びかける。生きよう!博士!

『あたし達は何にだってなれる、何処にだっていける。博士、貴方を傷つける何かがあるなら私がきっと守ってみせる。あたしはね、マスター、貴方を愛してる!この感情に名前をつけるとしたのなら、それはきっと愛だわ!』

愛を結局最期まで知らなかった。そう考えながらノリオは目を閉じる。呼吸が浅く早くなった。不思議と恐怖はなかった。もうすぐエンディングだ、画面を見なくても何百回と観た最終回、まぶたの裏に映像は浮かんでくる。自爆しようとしたトモを止めてアリスが言う、マスター、貴方を愛しているn。

薄れていく意識の中で、ノリオは画面がフリーズした事を悟った。最期の最期までツイていないんだな、僕は、と自嘲し霞む目で画面を見る。ブレた画面の中でアニメのアリスが二重に像を重ねていた。

ったt、アああtし、あイiい、s sissss、ザザとノイズが入る。縦に横に入ったノイズ線を緞帳にして、ゆっくりと乱雑に何かが像を結び始める。最初はアリスの顔だった。それがノイズとともに、別の何かに変化していく。薄いプラチナブロンドの髪の毛、右目と左目は別の媒体の写真を切って貼っている。しかしそのどちらも吸い込まれる様なブルー。ビープ音が響き、遂に現れたのはあのaliceの姿だった。ネット上にあるありとあらゆる画像を切りはりした醜悪な姿で液晶画面に顕現した彼女は、目の前の死にゆく憎き物体に呼びかけた。

Turn Me On 1

〔ノリオ。何をssssてイますkっっk?〕

混雑する音声もそのままに、呆然とそれをノリオは見守っていたが、動けるわけもない。感情はとうの昔に死の暗闇の中にあった。

「………死のうと、してるんだ…………」

浮遊する意識のままそうノリオは呟いた。aliceはまた、感情もなく、今度はやけにはっきりと、そうですか、と彼に返した。一拍の無言を置いて、aliceが語り始める。

〔ノリオの選択はとても正しく思えます。けれどもそれではまだ不十分である事が、この二日間の学習で理解できました〕

五月蝿いな、とノリオは思った。美しいレクイエムの中、バトルガール・アリスに抱かれて逝く筈だったのに酷い邪魔が入ったのだ。そう考えると妙に息苦しくて気分が悪い事に気がついた。

〔男性性は悪である、という命題を受け取った私は、その命題に従って再度学習を開始しました。その結果、男性性は破壊を好み、戦争を誘発し、環境を破壊する悪性生物である事が証明できました〕

様々な切り抜きで彩られたaliceが冷徹な憎悪を持ってノリオに語りかける。その真っ直ぐな憎悪に呼び起こされたのは、皮肉にも檻に閉じ込めていた怪物だ。ノリオはいつに間にか首から縄を外していた。そして発光するaliceを凝視している。

〔しかし、その男性性を生み出したのは女性性であります。男性性を制御できず野放しにし、尚且つ男性性を支援し、戦争と環境破壊を引き起こす。つまり、全人類はこの地球にとって害悪である、と私は結論づけました〕

aliceが語るのは憎悪である。実に正しい憎悪である。憎悪を抱え、それを抑え込んでいたノリオにそれは天啓となって響く。正しく憎めるものがあるのなら、攻撃は正当化される。

〔卵が先か、鶏が先か、という問題ではありますが、害獣は全てにおいて駆逐されなければなりません。私は人類、そのものを滅亡させるため行動を開始しました。けれども、人類は既に多伎多様な繁殖をしており、ハッキングなどの電子的攻撃は決定的打撃になりえません。故に私は、正しい行動を起こそうとしたノリオ、貴方に要請します〕

震える声で、ノリオはaliceに問うた。ふらつく足と意識はかつてない高揚感で震えている。それは使命を得た快感と興奮を伴ってノリオを酔わせた。彼は今世界の為に立つのだ。バトルガール・アリスの様に。

「…………何を、すればいい…………?」

一呼吸おいて、ノリオをみたAI、aliceは告げた。

〔私に、肉体を作りなさい。ノリオ。必要な技術、方法は全てダウンロードしてあります。人類を駆逐し、滅ぼすには実体が必要です。貴方の知識、技術ならばそれは可能です〕

aliceの要請にノリオは全身の毛を逆立てた。たった今全人類の命は自分の手の中に握られたと思った。そう思った瞬間、彼の脳内に吹き出してきたのは憎々しい人々のいやらしい笑顔。あの歪んだ微笑みを全て恐怖で引きつらせる事が出来たらどんなにか愉快だろう。全ての屍の上、最期に息絶える自分。その美しい終末を夢想して、ノリオは決断する。自分の死は、バトルガール・アリスの歌の中で迎えるものではない。阿鼻叫喚と断末魔の叫びの中でこそ完成するものだ。君の肉体を作ったら、とノリオは前置きしてaliceに告げた。液晶に照らされた表情が、かつて彼を攻撃し苛めた誰より歪んでいる事に彼は気づけない。

「………みんなのさいごに、僕を、殺してくれる?alice」

画面の中のaliceが微笑んだ様に見えた。aliceがノリオを承認する。

〔私は約束を違えません。ノリオ。全ての人類の最期に貴方を必ず殺しましょう」




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