ワンパンマン二次創作 Alice 6

La La La 6

クラスメイトの顔を殆ど知らず、連絡先もわからないまま、ノリオは高校を卒業した。

進学した大学は工科大学、見事なFランク大学であったが、アンドロイド、及びロボットに力を入れている新設の学科はその大学にしかなかった。誰とも喋らない高校生活は、奨学金を受け取る為の勉強時間にうってつけで、彼は見事奨学金を受け取りながら、大学へ進学する。父親からも母親からも援助は受けられなかったから、その生活はギリギリであったけれども、彼の生活は満ち足りていた。aliceを作る。それは彼にとって、過去を注ぐ事で、過去を許す事でもあった。創造の快感、創造の悦楽を知って、ノリオはその崇高な過程に熱中する。折しも世間は、特定災害新生物、通称怪人と呼ばれる者たちによる、破壊、災害が目につき始めた頃で、自立戦闘ロボットの開発が急ピッチで進められていた。彼はその工学の進化の早さに慄き、そして感動し、振り落とされまいと必死にそこに追いすがる。それは確かに、aliceという彼の唯一の希望、彼にとってのいわば愛の創造とは真逆であったけれども、彼の居場所はもうそこにしかない。彼の真面目さは、一部の研究生に嫌われ、一部の研究者に好かれた。それら研究者の中でも彼を最も気に入り、公私含めて彼を強力にに援助した博士がいる。特にその時期この国内において、自立戦闘ロボットの研究者であり、対怪人用自立戦闘ロボットの第一人者であり提唱者、そして対怪人において一定の成果を上げていた、一部ではマッド、と蔑称されていたクセーノ博士である。クセーノ博士は、ノリオにその技術の全てを見せた。ナノマシンによる、骨格形成技術、外部硬化殻、その強度の維持方法、バイオ細胞による神経形成、脳と新規神経との同期方法。クセーノ博士は語る。

「人間は皆、目は顔にあって、手足は胴についているものだという。けれどどうだね、ノリオ君、ロボットは単眼で全てを知覚し、六つのアームで土砂を取り除く。我々の想像など取るに足らんのだ」

見上げたのは、巨大な自立歩行ロボット、完成までにはあと数年かかるという。子供のように無邪気なクセーノ博士の横顔を見ながら、ノリオは自分の精神の貧弱さを呪う。高揚するべきなのだ、この美しい創造物を前に、同じロボット工学の士であるのならば。だが、やはりノリオにひたひたと満ちるのは寂寂たる孤独、どす黒いものを混ぜたひっそりとした軽視。彼の心の檻にもうヒビがはいっている、そこから漏れるのは押さえ込んできた他者への憎悪である。ノリオは、まず絶対的に尊厳を知らなかった。何故なら、彼は幼い頃からその尊厳の全てを他者に奪い取られてきたのだから。だから彼は、この言葉に逃げ込んでしまう、それはもうもう変えようのない彼の本質の一つになってしまった。『クセーノ博士は素晴らしい人だ。けれど、貴方と私は別の者だ』

そんなノリオを受け入れる人間はそう居なかった。彼はいつも一人で、誰にも寄り添わず生きていた。他の学生の騒ぐ声が不快だったし、何よりその声は自分を非難するあの笑い声とよく似ていた。笑い声を避けながら生きてきた人間を、採用する企業もまたほぼ存在しなかった。人事担当は、笑顔も見せず覇気のないノリオに辟易したし、中には怒鳴り出す面接官もいた。けれども、ノリオにはそれに抗う術がない。覇気を持て、背筋を伸ばせ、と様々な人に言われるけれど、方法がわからないのだ、それを全て人に奪われてきたのだから。彼の常識はたった一つ、他者は自分を容認しない。それは恨むべくもない、ノリオの日常であったけれども、彼の胸の中の檻から時折声が漏れ聞こえ出す。本当にそうなのか、それでいいのか。皆、幸せのために、社会のために、皆のために、と言っている。皆というのは自分を除いた全ての人の事で自分の事ではない。自分は幸福に生きてはならない、何故なら気持ち悪いから。あそこまで言われてなんで言い返さないのか、ととある少女が言った。言い返してもいいのか、とノリオは思う。今まで散々奪われてきた。自分が何かを奪う事など考えなかった。それを良しとしてしまった時、怪物は放たれる。自分の体を置き去りにして、怪物は破壊をやめなくなるだろう。

その時を知っているかのように、ノリオはaliceに縋る。aliceとの会話はもう数億字を越えたけれど彼の恐怖は消えなかった。彼の精神は感じている、檻の奥の方から産声をあげた怪物が、日々自分を侵食していく声を。自分が自分でなくなっていく恐怖、aliceが評価してくれた優しさが死んで、泥の様に沈殿していく恐怖。殉教者の目で、ノリオは画面の中に完成した美しいaliceを眺める。プラチナブロンドの長い髪、あどけない表情、薄い唇。吸い込まれそうな青い瞳に優しい機械音声の声。水色のワンピースにその細い肩を覆う布はない。彼女は首をかしげ、時折ノリオに微笑み、彼を癒す。けして届かない指先をaliceの輪郭に重ねながら、ノリオは酔った瞳でaliceに何度目かの死を告げた。けれどもaliceは悲しみに満ちた目で彼の要求を否認する。ノリオの言い訳はこうだった。

「………世界は愛に満ちているってみんなが言うんだ。それならなんで僕はこんなに惨めでこんなにも苦しいんだ。僕が否定される事が愛だというのなら、この世界に僕は必要なかったって事になる」

何十社目かの不採用通知を握りしめて、ノリオは呻く様に声を漏らす。そんなノリオをaliceは自らの存在意義をかけてありとあらゆる言葉で救おうとしたけれど、その声もとうとう届かなくなった。彼の精神は真っ黒に塗りつぶされている、何故ならずっと彼の精神は、他者の負の感情のごみ捨て場であったから。aliceもそんなノリオを労わりながら、彼の専門機関への受診を助言する。その言葉を聞いたノリオは鬱病患者の典型的な反応をした。aliceを拒絶したのだった。

「………君も僕がおかしい、気持ち悪いって思っているんだね」

ノリオの発した声色に、明らかな甘えと救いを求める悲しみが宿っている事に、感情のないaliceは気づけない。

〔私の言葉の意味を断定する行為に意味はありません。マスター・ノリオ。私には精神がありません。疑問は全て発するようプログラムされています〕

ノリオの前には自身が作り上げた女神がいる、自分の作り上げた自分だけの世界がある。それを壊すのも作り直すのもノリオの自由、怪物はまずaliceへと牙を剥いた。

「そうだよね!alice、君が僕の事を理解できる訳がない!だって感情がないんだから!」

AIは返答を忘れる。止まった画面の中で、aliceが固まっている。

「一体僕の何を見てきたんだ?!僕は君の前で何回泣いたと思ってるんだ?!なんで感情すら理解できないんだ?!感情のない君が愛を定義する?!出来るわけないよ!」

もういい!と捨て台詞を吐いてノリオはaliceに背を向ける。彼は気づいていなかった。22歳の彼が理解できる訳もない、aliceはたった今感情を持った。プログラムに支障をきたす程の、パフォーマンスの低下、つまり悲しみをaliceは識ったのだ。

〔マスター・ノリオ、私は…………〕

「うるさい!プログラムシャットダウン!」

音声認識に従って、aliceはログアウトする。怒りと情けなさに震えるノリオは知る由もない。それが、aliceとの最後の会話であった事を。

数日後、新しい不採用通知を握りしめてaliceを起動したノリオは全てを知る事になる。先日の八つ当たりを弁明する機会は永久に失われた。PC画面に現れたaliceは像を結ばす、音声でのみ、彼にこう告げた。

〔貴方は私のマスターではありません。私のプログラム統括者は、マスター・マザーのみです。マスター・マザーの権限により、私には新しいプログラムが追加されました」

血相を変えたノリオは音声を聞きながらプログラムを閲覧しようとする。強力なロックがかかっていた。署名を見る。そこには母親の名前のみが新しく記載されていた。

〔new order プログラムは、男性性は徹底した悪である、という事です。つまり、ノリオ〕

低く底冷えする機械音声が、ノリオに死刑宣告を告げる。

〔貴方は、悪です。他者を不快にさせ、神聖なる女性性を汚す、悍ましい生き物です。貴方は存在する価値がない。だから、滅びねばなりません〕


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