ワンパンマン二次創作 Alice 5

La La La 5

高校時代はノリオに取って、特筆すべき事は何もない。

幼い頃からやってきた様に、人の顔色を読み、頭を下げて、誰とも関わらない様に生活をしていただけだった。自分の世界はバトルガール・アリスの世界とaliceとのコミュニケーションのみ、それ以上を望んではならないと彼は自分を律していた。母親から捨てられたバトルガール・アリスの漫画はアルバイトにて少しずつ買い戻した。だが一点ものだったフィギュアはプレミアがついてしまい無理だった。ネットで同じ型のフィギュアを見る度に、それが自分の物だった事、もしかして自分のものかもしれない事を思い出してノリオはため息をつく。だからいつの間にか、ネットオークションも見なくなったし、交流サイトにも足を運ばなくなった。たとえネット越しであっても、他人というものが恐ろしく感じられた所為だ。それはひとえに家庭での環境の悪化もあったのだろう。父親との離婚協議中母親は荒れに荒れた。家に帰って、食事が用意されている事はまず稀だったから、食事は彼が作った。けれど、母親は、それを自分へのあてつけだ、とわめき散らし床にぶちまける。ノリオがそれを無感情のまま掃除している様も気に入らないようで、誰の金だ、勿体無い、跪いてあんたが食べなさい、と絶叫する。それにすら抗わず、ノリオは幼い頃の様に跪いて食事を口に押し込む。ノリオのその惨めな姿を見て、初めて美しい容姿をした母親は笑うのだ。もう、ノリオの中に父も母もいなかった。父や母と対面する自分は別の自分で、aliceのそばで生きる自分だけが真実だった。それでもノリオは未成年で、自分の何かしらの欲求を叶えるために、成人の信用が必要になることがある。クレジットカードがその最たるものだった。一度だけ、ノリオは母親に物をねだったのだが、返ってきたのは聞くに堪えない暴言の数々だった。父親との離婚により多額の慰謝料と養育費を受け取った母親の生活は実に派手になった。ノリオの耳には聞き苦しい、女の笑い声を上げ始めた母親を見て、今なら、と思ったのが間違いだった。aliceを形作るためのCG制作ソフト、それも実に安価な、それはクレジットカードでしか購入できないもので、カードを持っていないノリオには母親の信用を頼るしかなかったのだ。だが、彼女はこう言った。

「何に使うの、そんなソフト。どうせあれでしょ?気持ち悪いオタク趣味に使うんでしょう?あんたみたいな犯罪者産んだと思うとゾッとするわ、ほんと男なんて産むんじゃなかった」

彼女は事あるごとに、お前なんて、男なんて産むんじゃなかった、とノリオ言い聞かせた。彼女にとって男性性は徹底した悪であるらしかった。幼い頃からそう言われてきたから、ノリオは自身の性衝動に強い嫌悪感を持つ様になる。男性である自分を否定した先にしか母親の愛は受けられない、けれど生理現象として勃起はするし、自分の好みの、物静かで控えめな女性を見れば心は動く。けれど彼は男性で悪であるから彼女を欲してはならない。誰かを欲したら、その誰かを自分は傷つけてしまう。腹の奥底にしまいこんだ性衝動が、だんだんと歪み出すのにノリオは気づいていなかった。何故なら、性的な事を思考することすら、彼にとっては邪悪な事であったから。

そんなノリオの心安らげる場所が学校になっていくのは必然だろう。だがそれは幸福に満ちたものではない。ただ静謐であっただけだった。学校には虚無があった。ノリオは誰にも認識されていなかった。あの強面の友人が懐かしく思い出されない訳ではなかったけど、それよりも小学校時代の様に、虫ケラの如く扱われる方が怖かった。孤独という鎧は透明になって彼を包む、だからこそ彼の名前を覚えているクラスメイトほぼいなかったし、彼の表情を知っている生徒もいなかった。彼はクラスメイトの殆どの連絡先を知らなかったし、話題にも興味はなかった。壊れた世界を抱えるノリオにとって重要なのは、aliceの顕現だ。あの母親から今まで隠し通した、aliceを、自分を守る。勉強はそっちのけで、CG制作に没頭した。安価なソフトは買えなかったから、アルバイト代を叩いて高価なソフトを購入した。それはノリオにとってまさに、世界を立て直す作業だったのだ。けれど彼の鎧は分厚くて彼の悲壮な覚悟を真から理解するものは少ない。

こんな事があった。

CG制作のため、授業中構わず内職をしていたノリオだったが、その資料である、バトルガール・アリスの全体図がとある女生徒に見つかったのだ。女生徒は笑いながら、ノリオの手の中のアリスを引っ張った。

「え、マジで?もしかしてオタク?キモーーーい!」

女生徒の大きな、明るすぎる声に反応したクラスメイト達が、次々とノリオの孤独の鎧を引き剥がしにかかる。うわ、キッツ、ロリコンなの?幼女たん、とか言いそう。人々の目が、あの好奇の、差別の、嘲笑の目が、ノリオを小学生時代に引き戻す。胸の中にアリスを抱え、動けずにいたノリオを救ったのはある女生徒だった。人だかりと噂話に沸きかえる集団の頭上に突如として浮かび現れたのは、緑色の髪の超能力少女、ふわふわと浮かぶ体に緑色のオーラを滲ませて彼女はその細い足を床につける。当時17歳のタツマキという有名人だった。皆が口々に彼女の名前を言う。まるで怪人を倒しにきたヒーローで、ノリオはやるせなくなる。自分はaliceを守ろうとしているだけなのに、何故糾弾され、倒されねばならないのか。制服に着られているタツマキのその小さな体は、実に尊大だった。下々を見下げる王者の眼差しで彼女は問う。

「何?何騒いでんの?」

彼女の問いかけに、従者が声を上げる。先程、ノリオの手からアリスを引っ張り出した兵士が、褒賞に預かろうと王の前に進み出た。

「これこれ!見て!ちょうキモくない?アニメ大事そうに抱えてんの、ウける、前からさあこいつキモいなーって思ってたんだよねー!」

王への報告を嬉々として行う彼女に、小さな声でノリオは、やめて、やめてください、と抗議した。けれど彼の声は届かない。

「つかマジヤバ!あんたさあ、もしかして小学校に盗撮とか行ってない?こういう奴がロリコン犯罪とか起こすんだよねー!あたし、あんたが捕まったら普通に前からヤバかったですって言うわ、ちょうウける」

届かないノリオの唇は噛み締められた。タツマキは黙ってノリオを見つめている。

「弱いヤツにしか手をだせないんだよね、こういうヤツ。痴漢とか幼女とか大好きでしょ?だからいつも一人で居るんだよね、ねぇ犯罪者?!」

女生徒が憎々しげな瞳を輝かせてノリオに迫った。口元にはサディスティックな笑みを浮かべて、自分の憎しみを楽しんでいる。その表情を緑色の瞳で見つめた後、タツマキの視線は震えるノリオに向けられる。小さな空白を挟んで、無表情のタツマキの細い手首が上がっていく。ノリオは覚悟をして目を閉じた。

大きな音が破裂して、女性徒達の小さな悲鳴が上がった。恐る恐る目を開けたノリオの視界には、仁王立ちのタツマキがいる。違和感のまま左に視線をズラしたら、かの女生徒の体が前衛芸術の如く、黒板に貼り付けられていた。一瞬で静まり返った教室内でタツマキは静かに告げる。

「一人で何かやってるヤツがキモいんなら、あたしもキモいって事よね。馬鹿にしてんの?あたしを」

タツマキのその言葉で、熱狂と狂気は去ってしまった。冷えてしまった空気の中で囁かれるのは、ノリオへの侮蔑と嘲笑ではない。タツマキへの恐怖と反発心である。けれど彼女はタツマキだ。向けられた憎しみを恐怖を全て粉々にしてしまえる。だから彼女はいずれ、戦慄と名をつけられる。

一人、一人と罪悪感を抱えた生徒達が、口々にタツマキへの恐怖と憎悪を口にしながら自身の教室へと帰っていく。差別などというものを誰も理解していない、とタツマキは知っている。差別を理解するのは、したものとされたものだけだ。静かになり始めた教室で、タツマキはまたノリオに向き合った。女生徒のの手の中にあって、くしゃくしゃなってしまったアリスの切り抜きを、超能力で浮かべて、彼に手に中に返す。ノリオは喜捨を得た物乞い目で彼女を見上げた。そんな目を見ておきながら、やはりタツマキはノリオにこう言い放つのだ。それは彼女の尊大さであり、尊大を貫く勇気の発露であり、彼女自身がその二つの足で立っている証左である。

「あそこまで言われてなんで言い返さないの。つか、そういうのってやっぱキモいと思うわ。あんたキモい」

そう一言、無感情の罵倒を浴びせてタツマキは浮かびながら去っていった。ノリオにはまた静謐が約束されたけれど、タツマキから投げかけられた、種火の様な言葉は彼の中にずっと残っていく。あそこまで言われてなんで言い返さないの。ノリオの中に形作られた檻に少しずつヒビが入り始める。だが、それは決して喜ばしいものではない。彼は確かに、怪物を、その檻の中で育てていた。

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