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所詮、わたしはチャオチュールに負ける。

 「ただいま」の代わりに猫の名前を呼ぶ。猫が私を出迎えるまで名前を呼び続ける。寒い日には無視されることが多い。だけど今日は暖かいから8回、名を読んだところで玄関まで来てくれた。

 半分しか開いていない目。気だるそうにソロリソロリと歩いてくる。それとは裏腹に尻尾は天井を向いて、「んー」と甘えた声を出しながら私の足に身体を寄せてた。

 人差し指を差し出して挨拶を済ませてから玄関から上がり、リビングに腰掛ける。猫は私に近寄ってくるわけでもなく、離れるわけでもない絶妙な距離をキープした。わたしに背を向けている猫の名を呼ぶと尻尾がピクっと反応する。

 次第に猫はわたしに何かを訴え出した。近寄ってきた猫を撫でようとすると痛みを感じさせないくらいの強さでわたしの手を甘噛みする。そしてそれを労わるように身体を寄せた。

 わたしにはわかる。猫が何を望んでいるか。望みが叶うとわたしへの関心を失うことを知っている。猫と触れ合えるのはそれをやるまでだ。だけど欲張って後回しにすると猫はわたしに攻撃を始める。甘噛みしていたのが嘘のように思いっきりわたしの手を噛みちぎろうとする。

 チャオチュール。猫の狙いはそれしかない。「チャ」と発するだけでソッポを向いていた猫はわたしの一挙手一投足に注視する。そしてチャオチュールをあげることは猫とわたしの触れ合える時間の終わりを意味する。

 多分、猫にとってわたしはたまにくるチャオチュールをくれる人間程度なんだと思う。そしてわたしの呼びかけに応じて、媚びてくるのもすべてがチャオチュールのためなのである。そんな現実には目を背けて、近いうちにわたしのことを好きな猫にもう一度会いに行こうと思う。

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