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味覚泥棒

美容院に行った。美容師さん相変わらずのマシンガントークっぷり。今回は先日可決されたLGBT法案について長々と自論を聞かされた。確かに大事な話なんだけど、美容院でする話じゃないのよ。髪切ってるときなんて薄〜い話でいいのよ。最近観た映画の話とか、いつもウォシュレットの水圧の強さどれくらいにしてる?とか。そんなのでいいのよ。ちなみに僕はやや強でやってますけどね。通い初めの頃はそんな話もしてたと思うんだけどな。さすがにウォシュレットの話はしてないけど、白菜の旨い食べ方とか至極しょうもない話をしていた。
でも技術は確かで、髪もいい具合に切ってくれた。鼻先まであった前髪をばっさりと眉上まで切ったので、感覚的にはめちゃくちゃ短くなった気がする。不思議と体も軽い。
夜風の生温かさを頭皮で感じながら、帰りに駅前の定食屋へ行った。入店し、食券を買い、ふと二つ隣の席に目を向けると見知った顔が。多分中高の同級生だ。向こうも僕の視線に気付きこちらをちらりと見る。声をかけようかどうか迷ったが、結局視線を逸らしてそのまま席についた。マスクをしていて確証がなかったから。逆説的に言えばマスクをしていても分かるほどとも捉えられるんだけども。もし違ったときのことを考えたらな。その場は謝ってなんとか誤魔化すだろうけど、その後よ、頼んだ唐揚げ定食の味は恐らくしないだろうな。極度の恥は味覚を奪うから。せっかく豚汁も追加したんだし、味わいたいもんな。これで良かったんだ。
定食屋から出て、コーヒーを飲みながら歩いていると、踏み切り前に横並びでお互いの尻を撫で合っている男女がいた。お互い仕事帰りのようで、見た感じ僕と近い年齢だろうか。この感じ、たぶん新婚だろうな。そんなところで前戯を始めるな。こんな時に限ってなかなか踏切が開かない。数十分後には確実に致すであろう男女の尻撫でを後ろで見せつけられ、僕は必死で右手のコーヒーを喉に流し込むしかなかった。が、味がしない。恥以外でも味覚が奪われるとは。奪ったのは果たして、動揺か羨望か怒りか。

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