0と1  第八話 0への色

「ねえ、新しいワンピースこのオフホワイトのかボルドーどっちか、迷ってるんだよね。1はどっちのが好き?あたし、1の好みに全然あわせるよ。」

1はスカーレットの色についてぼんやりと考えて居た。

暖かく、鮮やかさより深みと融合を感じる赤。それについて考えていた。マリの声に遮られても、考えは中断しなかった。

俺は、あまり赤って好きじゃないんだけど。

なんでこんな事を考えて居たのか?

「ちょっと、きいてる?1はいつも上の空なんだから。恋人の私より大事な事でも考えてた?最近おかしいよ。大丈夫?疲れてる?」

「え?そんなことないけど。まあ、疲れてはいるかもね。あ、ワンピースの色だっけ?ボルドーのが・・・」

「ボルドー。めずらしいじゃん。赤系いつも避けるのに。」

なんだか不機嫌そうだ。マリの頬をさすりながら微笑みつつ1は声のトーンを一つ落として、できるだけゆっくり落ち着いた声で語りかけた。

「マリは、いつも白系を選ぶからたまには違ったカラーも新鮮なイメージだと思って。」

マリは少し照れるように視線を落として、めくられるページの様に表情はうつろいだ。
凄く自然に。
水が馴染むのが早いように。そんな表情の変わり方が俺は好きなのかもしれない。

彼女は、何かの思考などに立ち止まり執着しないようだ。常に自分のイメージに翻弄されている。人から与えられるイメージに絶えず揺さぶりを受けていて、そういうことにこそ執着しているタイプだ。

マリはマリでいいのに。マリらしく居ればよいのに。
それでも人の期待に応えようと悩んでいる。

自分の為に悩むのか?ひとの期待の為に悩むのか?

まあ、俺からすれば同じことか。

可哀想なやつなのかも。俺が居なかったら・・・。

考えるだけ無駄だろう。



けど、それこそ何故俺はそんなマリを想い悩みに同調しようとしているのか?


人の期待に応えようという揺さぶりは俺にはない。

俺は誰でもない。自分なのだから。自分のうちに俺自身が招いたもの以外は入り込めない。俺がだれのことも深く分かり合えない事実。その分ぶん釣り合いはとれている筈だろ。

ただ人は基本的に持っているモノはおなじで、何にどんな風に執着しているかが違うだけなんだ。

それだけだ。違うんだ。同じモノを持ちながら見てるモノも感じているモノも一人一人違うんだ。

同じだけど、交わらない。

だから分かり合いたいと俺たちは会話する。体を触れる・・・でもそうすればそうするほど独りになっていく。

距離を詰めれば詰めるほど、相反し離れていく。
現実ではこうやって二人でいるけど、違う空間があってそこでは現実と反対のことが引き起こされている。

違う空間、俺の中にあるだろう。だからこそ悩むのか。

皆同じ地面の上にいるんだ。


いる筈だろ?同じ地面はどこにあるのだ?ここで、幸せにしたいと願う人がいるのに何も満たされない中身のない貝殻の様な感覚は何故するのだ?

違和感。

抱きしめられる距離にいる幸せに自分は違和感を感じている、ということか?
そもそも、それは幸せなのかもよくわからないんだ。取り敢えず幸せとして隣に置いておきたい。



「まあいいや。そうね。やっぱり私のイメージは白よね。それと、せっかくだから1の意見もいれて差し色として、ボルドーのピアスを合わせたらいい感じかも。」

「ああ。」
1はマリの満足そうな横顔をみていた。

マリ。君はなにも見えて居ない。でもそれでいい。
マリがマリらしく居てくれたらそれでいい。

君が自由にやりたいことをやればいい。


もし、マリが今俺の感じている事をそのまま知ったならどうなるだろう。

無駄な考えだろうか。彼女はわからないだろう。
俺の問いがどこから湧いてきたのかさえ理解できないだろう。

だからこそ一緒にいようと思うのかもしない。
いつでも「さよなら」と言い好きなときに離れることの出来る、他人という間柄。

自分次第で共にいたり、離れたりできるのは、まだ独りを感じつづけるよりかはマシだろう。少しだけ拒否感はあるが。

マリも俺のことを必要としてくれているし。


ただ、マリを守り続けられるのか。また全てが突然予期せぬ幕引きに終わってしまわないか。

自分次第な筈なのに、何一つコントロールで来ていないのは何故だろうか。


"本当は自由になりたいのは俺のほうか?"

俺はいつも相手の求める、必要とするモノをいつでもいいタイミングで与える事ができるしそれに生きる術を習得してしまっている。

そうしなければ安心して生きてこれなかったから。

誰かを守ろうとしていたけど、一切できなかったし。

そのせいか、満たされた感覚というものが無い。一瞬何かで満たされはするけれど、持続してのこらない。

中身の無い貝のままだ。閉ざされた狭い空間を思い浮かべた。



諦め悪いことにそれでも、誰かと繋がっていたいから其の為に身につけた術。

必要とされる為にできる様身につけた術は結果的に中身のない貝をより鮮明に描くことになっていった。


そう解釈しておこう。

誰かの苦しみ、悲しみ、恨みには敏感だった。それらが勝手に俺の中に流れ込んできてきた。身体に苦痛が伴う。自分を幾度となく見失う感覚。恐怖だった。

自分は他人の感情から逃れられない。その宿命みたいなものにあらがい、他人を避けた時期もあった。

自分と言う殻が否応なしに破壊されていった。


矛盾。


 硬く鮮明に描かれていった貝も、なんども他人に壊されてきた。それでも貝は消滅せずに今もなお、自分のうちにあり続ける。

貝がありつづけることは、壊される何かが自分自身であることの証明でもある。

壊されるから、あるとわかる。

他人がいるから壊される自分がいるのだと。


それでも

誰かと生きる。独りになる。

そんな矛盾もなく、素のままでいられる居場所があればどうにか自分を苦しませずに済むのかもしれない。

居場所は自分にもよくわからない。マリの隣はそこそこ気が楽だし。楽しい。自分とは違うのに、自分という者がまとまっている。自分よりかはまともなのだ。世の中を楽しめる感覚をもっている。

マリといる事は世の中の楽しみと繋がりを持つことと同等なのだ。


けれど、距離感は何時も彼女に感じるのだ。近づきたいとは強く思わない。彼女も近づいてこない。関係性は親密な関係。他の人よりはお互いを知っている関係性だし。お互いの共有の秘め事もある。

お互いの距離はかわらない。無理に相手を自分好みに変えてこないような異性を選んだ。

本当のところ、彼女はそんなことを気にも留めない。始終自分に夢中だ。俺に恋をしている自分に夢中だ。俺は鏡であり、マリを写しているだけ。


一切悪意のない心で、世の中の移り変わることを、心から楽しんでいる。俺とは違う。マリは結婚を望んでいる。世の女性のいう幸せの形を盲信しい
る。



しかし、彼女を守り愛された分だけ愛せる自信がない。


「1、あなた愛されるのを先ず拒否してるのよ」


え。俺が?

誰の声だ?


俺の中にある。俺じゃない声。




深い沈黙。

ぽつりと一つの気泡が沼の底から湧いて弾けた。


”僕はどうしたいのだろう”

「別れろ、と私が言うとでも?」
0の声がした。

0?誰だ?

でも誰かと話していたような。俺の棘になっているなにかを打ちあけようとしていたような・・・。

記憶が曖昧だ。

夢か?

そうだ、夢だ。夢でミトンの手袋を選んでて、女性がいて。

女性がその手袋の色そのもののような、赤に一滴墨を落として混ざり合ってくような、イメージだけが張り付いている。その先なにか話しあった気もするし、独りごとをいっていたような。

モヤがかかってその先に思考はたどり着けなかった。

誰だっけ。

俺と同じような人だった。
けれど反対だ。俺の避けているモノを保持している存在。好きじゃない赤いろのイメージ。

その存在は曖昧なのに鮮烈。その女性の想いや思考が全て自分のうちにある。手に取る様にわかるのだ。

何かを守ろうとしているけど俺とは違う。

守る為にどこまでも戦いつづけようとする想い。

自分の中に感じるのに全く別ものの存在とその存在が持つ孤独。まったく違う音色の孤独が自分の中にあるような。


別の存在の様で、自分自身の中に定着していたのに気づかないモノだったのか?そんな情熱めいたモノなどあったのか?わからない。

この感情が自分のものなのか?その存在のものなのか?

入り混じるそれは何者なのか?

俺は何者かになりたいのか?ならなくてはいけないのか?




自分の避けているモノを保持しているのに、自分の一部のような愛着があった。

誰だ。

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