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『百年の孤独』はなぜ今まで文庫化されなかったのか? 世界文学ベスト50とあわせて考える

今年の6月に、ガルシア=マルケスの小説『百年の孤独』が新潮社から文庫化されるらしい。

この情報がはじめて出たのは、2023年12月6日発売の「おすすめ文庫王国2024」(本の雑誌社)内の記事だった。

文学に関心のある人を中心に反響があり、SNSを中心にあっという間に情報が拡散された。

なぜこんなに話題になったのか?

それは、『百年の孤独』がラテンアメリカ文学の名作とされ、世界文学全体のランキングでも上位の常連であるにも関わらず、これまで一度も文庫化されず単行本のみで販売されていたからだ。

日本で鼓直訳の『百年の孤独』が出たのは、1972年。その後、新装版や改訳版の発売はあったが、文庫化には至らず、52年もの時が過ぎてしまった。

名作であれば文庫化されないのか?

読んでいる限りではそんなことはないはずだが、僕が知らないだけかもしれない。なので、世界文学の名作が文庫化されているかどうかを調べてみる。

参考にするのは、新潮社の雑誌「考える人」2008年号「海外の長編小説ベスト100」で発表されたランキング。

少し前に刊行された雑誌だが、このランキングは「さまざまなジャンルの書き手129人」を対象にアンケートを取った結果から導き出したもので、名作のラインナップは数年の経過で変わるようなものでもないと考え、使用させていただく。

【海外の長編小説ランキング、および文庫化の有無】
※文庫化されているものは◯、文庫化されていないものは×で表記

1位「百年の孤独」ガルシア=マルケス ×
2位「失われた時を求めて」プルースト ◯
3位「カラマーゾフの兄弟」ドストエフスキー ◯
4位「ドン・キホーテ」セルバンテス ◯
5位「城」カフカ ◯
6位「罪と罰」ドストエフスキー ◯
7位「白鯨」メルヴィル ◯
8位「アンナ・カレーニナ」トルストイ ◯
9位「審判」カフカ ◯
10位「悪霊」ドストエフスキー ◯

11位「嵐が丘」ブロンテ ◯
12位「戦争と平和」トルストイ ◯
13位「ロリータ」ナブコフ ◯
14位「ユリシーズ」ジョイス ◯
15位「赤と黒」スタンダール ◯
16位「魔の山」マン ◯
17位「異邦人」カミュ ◯
18位「白痴」ドストエフスキー ◯
19位「レ・ミゼラブル」ユーゴー ◯
20位「ハックルベリー・フィンの冒険」トウェイン ◯

ということで、ベスト20位内においては『百年の孤独』以外の作品はすべて文庫化されている。
やはり、という結果だった。
同書がどれだけ特別な扱いを受けていたかがわかると思う。
せっかくなので、50位まで調べてみよう。

21位「冷血」カポーティ ◯
22位「嘔吐」サルトル ×
23位「ボヴァリー夫人」フローベール ◯
24位「夜の果てへの旅」セリーヌ ◯
25位「ガープの世界」アーヴィング ◯
26位「グレート・ギャツビー」フィッツジェラルド ◯
27位「巨匠とマルガリータ」ブルガーコフ ◯
28位「パルムの僧院」スタンダール ◯
29位「千夜一夜物語」 ◯
30位「高慢と偏見」オースティン ◯
31位「トリストラム・シャンディ」スターン ◯
32位「ライ麦畑でつかまえて」サリンジャー △
33位「ガリヴァー旅行記」スウィフト ◯
34位「デイヴィッド・コパフィールド」ディケンズ ◯
35位「ブリキの太鼓」グラス ◯
36位「ジャン・クリストフ」ロラン ◯
37位「響きと怒り」フォークナー ◯
38位「紅楼夢」曹雪芹・高蘭墅 ◯

39位「チボー家の人々」デュ・ガール △
40位「アレクサンドリア四重奏」ダレル ×
41位「ホテル・ニューハンプシャー」アーヴィング ◯
42位「存在の耐えられない軽さ」クンデラ ◯
43位「モンテ・クリスト伯」デュマ ◯
44位「変身」カフカ ◯
45位「冬の夜ひとりの旅人が」カルヴィーノ ◯
46位「ジェーン・エア」ブロンテ ◯
47位「八月の光」フォークナー ◯
48位「マルテの手記」リルケ ◯
49位「木のぼり男爵」カルヴィーノ △
50位「日はまた昇る」ヘミングウェイ ◯

やっとあった。サルトルの「嘔吐」とダレルの「アレクサンドリア四重奏」は文庫化されていない。
△は「白水Uブックス」という新書判。価格は文庫と同等なので、今回は文庫と同じ扱いとみなすことにした。

それでも、文庫化されていないのは50作品中3作品のみということだ。「百年の孤独」に関していえば、このランキングで1位に選ばれているにもかかわらず、文庫化されていない。不思議な状況だったのだ。

単行本は高くて、文庫本しか買わないという人もたくさんいるのだから、
いい作品ほど文庫化したほうがいい、そのほうが物語の魅力が広がりやすいんだし、というのが僕の意見である。
(特に、いま生計を立てないといけない作家の作品でないならなおさらのことだ)

『百年の孤独』は、あまりにも長いこと文庫化されないので、
「文庫化したら世界が滅びる」というのがネットミームとして広がっていたらしい。
僕はそういうノリにはあまり関心がないので、正直いってどうでもいい。

それよりも、僕が興味があるのは、新潮社はなぜ52年ものあいだ『百年の孤独』を文庫化しなかったのか? という現実的な問題である。

いちばん可能性が高いのは、
単行本でもじゅうぶんに売れていて、重版を続けていたから、というものだろう。

そうじゃないとしたら、著者が文庫化を拒否している、という可能性も考えられるが、
同じくガルシア=マルケス著・鼓直訳の『族長の秋』は集英社から文庫が出ているから、そういうわけではないだろう。

それか、「作品としての格を維持するため」という、本のありようの問題なのかもしれない。

もしくは、新潮社内の空気的に「『百年の孤独』の文庫化を決断する」ということが、核のボタンを押すくらいの緊張感を伴う、とんでもなく重大なこととして認識されていたのかもしれない。
そうだとしたら、それはなぜなのだろう?

知っている方は、ぜひ教えてください。

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