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セバスチャン・サルガド/地球へのラブレター

ヴィム ヴェンダース監督の、写真家、セバスチャン・サルガドのドキュメンタリー的映画。

サルガドの人生をかいつまんで言うと、ブラジルの酪農家の息子が世界中を飛び回って社会派の写真を撮り、人間の残虐さにほとほと疲れて自然に癒され、動物や植物の写真を撮るようになる・・・というもの。

映画の中であまりフォーカスされないけど、何より奥さんがスゴイ。そもそも最初のカメラも、奥さんが仕事で必要で買ったものだし。2人は多分、根本的にとても気が合うのだと思う。

彼は、毎回テーマを持って写真を撮りに行き、その後写真集を出すのだけど、テーマを決めたり、大量の写真からピックアップしていくのは奥さんとの協働。というか、多くを奥さんがしてると思う。実際に壮絶な現場に赴き、現地の人と同じものを食べながら写真を撮り続けるのもすごい体力と忍耐力だけど、その間奥さんは取り残されているわけで、待つ苦しさは想像に難くない。子どもを2人授かり、2人目はダウン症で、育児のほとんどを奥さん1人でしていて、息子たちにとって父は、たまに帰ってくるという感じでよく知らない人らしい。妻も相当辛抱強い人か、2人の間に相当な信頼があるのだろう。

彼が撮ってきた写真は、ガラパゴス等の未開の地に暮らす原住民等から、やがてアフリカの貧困、飢餓に苦しむ人たち、難民、湾岸戦争で火をつけられた油井など、より社会的な色が濃くなっていく。彼によって切りとられた、その時目に映った事実は、どれも細かい説明なくして力強いメッセージを放っている。彼の写真には、一目見て圧倒され、忘れられない力強さがある。

人間はとても野蛮な生き物だと知るべきだとナレーションが入ったが、全くその通りだ。私利私欲にまみれた本能むき出しの動物が、文明を手にしているだけに最も始末が悪い。思わず目を背けたくなるような写真が次々に出てくるが、目を背けたい等と言っていられるのは、自分が恵まれて幸せに暮らせているからではないだろうか。激しい貧困に苦しんでいたり、体が動かないほど飢えていたり、残虐な行為を目にするのが日常であったり、そういう状況に置かれても「なんでそんなことができるんだろう。」とか、「可哀想で見ていられない。」などと言っていられるだろうか。深い絶望の中に暮らす人々。そんな状況でも、人間は慣れていく生き物だということ。人の歴史は残酷で悲惨なことの繰り返しで、きっとこれからも繰り返されていくという諦めの気持ちで沈んでくる。

サルガドはルワンダ大量虐殺のあまりの状況に、心にダメージを負う。そんな彼を癒したのが自然だった。

彼の実家はブラジルで、ひどい干ばつだった。牧草がなくなり、牛に与えるエサもなく、お手上げの状態だった。そこで妻が植林をしようと提案する。彼女は実際にせっせと木を植え始め、やがて木が根を張り、木が増えていくことで森が再生され緑豊かなサンクチュアリーとなっていく。森を再生させていくことで、彼の心もまた癒され、写真に向かっていく。

彼が今撮る写真は、ワイルドな自然。これらの写真も圧倒的な力を持って、今度は絶望ではなく生きるたくましさを伝えてくれる。

映画は彼のインタビュー等を除き、多くのシーンが彼が撮った写真で構成されている。写真はある景色を切り取るもののはずなのに、サルガドの写真はまるで動画のように生き生きとしたインパクトを持っている。映画という、カメラで撮ったものを見ているにも関わらず、強烈な力強さを放ち余韻を残す。

感想を書いてはみたが、観終った後にあれこれ考えることはできず、ただただ打ちのめされた。