アクシデントか否か #13

上京してあともう少しで3ヶ月が経とうとしている。というのもそう言えるまでにhはまだ1週間以上あるし、そもそも友達にLINEを送る文章でもう3ヶ月も経つことに気がついた。

3ヶ月は1年の4分の1。引越し前は流石に3ヶ月経てば何か変わるかと思っていたけど、案外何も変わらないままものすごいスピードで時間だけは過ぎていくし、でもふと立ち止まって振り返ると、変わった小さなこともたくさんある。大きな幸せばかりを追いかけるより小さな幸せを見つけることのほうが、幸福度としては少し高いのかもしれない。


先日、関西で長い間お世話になっている方から最近元気かと急にLINEをいただいた。特にたいそうな内容ではなく、今日その方が何をしたかとか、最近はどう過ごしているよとか、親子や親しい友人同士でかわす他愛もないことだった。

でもそれがどうしようもなく嬉しく、ついつい私も長文の文章を綴った。私も近況報告を伝えようと思っていたのだが、楽しいことばかりではなく、むしろそうではないことの方が多いように感じていたため、文章の途中からかなりネガティブな内容になっていた。自分でもこれを話すのは良くないと思いつつも、きっと誰かにその想いをただ聞いて欲しかったんだと思う。

あまりに文章が長くなってしまったので、明るい話の前半、現実的でどちらかというと明るくない後半にわけて送信しようと思った。もっというと長く打った文章を3つに分けて、明るい・明るくない・でも前を向いて頑張ります、といった構成で返事を送ろうと思った。


私はかなりいろんなことを気にしてしまう性格である。前半の文章を送ってから後半の文章を打っている間に既読がつき、それに対して返事が来たら何かと大変だなと思ってしまうため、長文を打った後に文章を分けてコピー&ペーストでそれぞれを送信するタイプだ。

書き終えた満足感に満たされたままそのあとその返事を送るのだが、滅多にやらないコピー&ペーストの操作ミスで前半の明るい部分だけ送信完了、後半の文章がきれいさっぱり消えてしまったのである。command⌘Zで一つ前に戻ろうにも戻ることができなかった。


その後半を打つのに10分もかかったのにも関わらず、たったの1秒ほどで全て消えてしまった。


打ち直そうか迷った。



けれどそこで少し心がスッキリしている自分がいた。

そんな自分に気がついた私は「きっと今は神様がそのマイナスの感情を人にぶつける時ではない」と言ってくれたんだと思った。


言葉には力がある。それが目に見える文字となればもっと力が加わる。良くも悪くもあたたかみを失ってしまい、その言葉が持つ本来の意味が強く浮き上がってくるような気がする。1対1のやりとりだと尚更だ。やはり言葉や感情は受け取った人間の心をとてつもなく大きな力で引っ張ってしまうがゆえに、何でもかんでも口にしてもいいというのは間違いである。


あの文章を打っている私は弱音を吐いているのではなく、ただマイナスな感情をぶつけようとしていたのかもしれない。ひょんなアクシデントから大事なことを知った気がする。どうしても誰かにぶつけたい感情はまず自分の見えるところだけで吐き出す。何かに書き出す、独りごちてもいい。


他人の大事な感情や時間を無造作に奪ってはいけない。きっと何事もそうだ。溜め込みすぎるのもよくないから難しいのだけれど。



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