久々の映画鑑賞の続き(シンエヴァ ネタバレあり)

シンエヴァンゲリオンを観たという前回の記事の続きです。
ここから激しくネタバレしますし、個人的な感想、人が読んだらポジティブに感じない感想もあるので、ご興味ある方だけどうぞ。

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シンエヴァ、観た後はやっぱ放心状態だったし、それなりに楽しんだのですが、旧劇場版、新劇場版、特にQの後、庵野さんが随分変わったのだなと思う反面、やっぱ私個人的にダメと思っちゃうところはやはり残っていて、だからこそ好きな人多いんだと思うし、エヴァに狂ってきた人が多いんだろうなと思いました。

個人的に気になったのは、女性キャラにどう落とし前をつけるかです。
シンジは成長してもう逃げないに決まってるし、ゲンドウと何かしらの対決するに決まっていますから。

ですが、
綾波→シンジに好きって言った後終了
アスカ→13号機との戦いで終了
ミサト→特攻で終了
ユイ→成仏
って、皆終了になってるのがちょっと残念で、皆都合良いキャラだったのに誰も救われてないよ…と思いました。転生してそうな表現も出てきましたが、転生は本人じゃないので違う。

主要キャラで残った二人、
マリ→彼女
リツコ→母に放り出されたミサト息子の面倒を託される
これも都合が良すぎて、もう皆を解放してあげてよ!と思いました。

これは私個人の考えですが、女性から見て、感情移入できるエヴァの女性キャラって、あまりいないと思うんですよ。それは、どの女性キャラも「男性が女性に求める魅力」が誇張されたキャラになっていて、女性がああなりたいと思うとか、自己投影できるようなキャラにはなっていないと思います。

綾波→お人形さん、意思なし
アスカ→怒ってくれる、振り回してくれる
ミサト→かまってくれる年上のお姉さん
マリ→おっぱい大きいメガネキャラ
リツコ→浮気相手になってくれる

書いちゃうと身も蓋もないのですが、ひたすら都合良く感じてしまいます。男性が作っているものですから当然かもしれませんが、どこまで出して、どこまでそう見えるか、という視点が感じられない。
今までエヴァにハマっていた男性はたくさん周りにいたけれど、女性では身近にあまりいなかったんですね。(エヴァの少し前だと、幽遊白書は女性ファンが大量にいました。)

今回ちょっと良いなと思ったのは、名も知れぬ女性が第三村でたくさん出てきて、それが綾波を助けるために出てきたこと。男性への助力キャラではなく、救われない綾波への助力キャラで、こういうのってなかったですよね、今まで。

私は誰が好きかというとアスカが一番人間らしくて好きなんですが、お母さんのトラウマが今回なくなってて、それもとても良かったと思います。逆に、式波シリーズという何も背負わない存在になって、それが不憫にも感じ、救いにも感じました。

こう書いていると、私は今までエヴァシリーズを見てきて、この女性キャラたちが最終的に死なずに、それぞれの人生が救われたら良かったな、と希望していたのですね。

前の記事にも書いた通り、お話としてはずっと非常に面白く見ていたし、シンエヴァもお話としては真っ当で面白かったし、今までのエヴァシリーズの中で一番心に残るものになりました。
でも、やっぱり今まで相当辛い目に遭ってきた女性キャラたちが、死んで終了という以外の幸せを、望んでいました。

あと、アスカに「昔好きだった」と言わせるのは本当に素敵でした。エヴァは昔の恋だって観客に言ってるみたいでしたね。

庵野さん本人は本当に色々なことがあって乗り越えてシンエヴァに辿り着いて、呪いから解放しようとする内容だったと、そんな風に映画を見ていましたが、同時にエヴァシリーズが社会やサブカルにうっすらかけてしまった強固な呪いもあると思っていて、これは庵野さんの手を離れて周りが増幅してしまったものだと思います。

まごころでしたっけ、アスカが最後に「気持ち悪い」って言ったところは、「いやまじで気持ち悪いよ」と秒でアスカに共感しましたし、物語のまとめとして本当に凄いなと思いました。この自己批評(=投影しているファンも含め)の切れ味は、本当に私の摂取してきたカルチャー個人史に残る名場面で、これは凄いなと今でも思います。
だから、シンエヴァの感想で「モヨコさんありがとう」というのには、全く共感できません。都合良く女性に依存する、まさに私がずっとエヴァに対して引っかかっている部分で、これこそが呪いであり「気持ち悪い」と本人が自己批評したものでもあると思うのですが、観客が作者のパートナーである女性に、その女性的なる役割を感じて謝意を伝えるって、ちょっと呪いがまだ解けてないんじゃないの、って思っちゃいますね。
3月22日のドキュメンタリー放送後にも、同じ表現をSNSでたくさん見かけましたね。

元々この記事を書こうと思ったのは、エヴァを適度な距離で見てきた同世代男性から、「女性が(主にジェンダー的視点で)見たエヴァの話を聞いてみたい」という話からでした。
重ねて書きますが、お話が面白いのでジェンダー的に気になっても見ちゃってるんですよ。それだけ強度と魅力を感じるから、なんだかんだ思っても見ちゃう。

私、アニメや漫画でハマったものは今までいろいろありますが、今までの全ての体験を総合しても、「進撃の巨人」は本当に凄い漫画だと思っています。

もうすぐ漫画も終わるし、アニメもFinal Seasonをやっているので、振り返って漫画を読んだりするのですが、進撃の巨人のジェンダー感って、少年漫画の中で本当に革命的だと思います。
女性の役割をずーっと誰一人背負わせずに、ここまできています。
唯一、一人が出産のために、まさに産む機械という局面でのみ女性性を出してきたのが、物凄くグロいこととして描いていて、この作者さんは本当に凄いなと思いました。

それから、
自己犠牲がほとんどないこと、
死を美化しないこと(鬼滅はこれがちょっと気になる)、
ほとんど全ての登場人物において、家族や血が当人の枷や呪いになっていること。
個人の尊厳、自由とは何かということ、その自由のために払う犠牲について、作者さんは本当によくよく考え抜いて表現していると思います。

進撃も終わったら感想を書きたいところですが、私の中でかなり大きな漫画になってしまっているので、しばらく進撃ロスがあるでしょうね。


どうでもいい付け足し:

ピアノのレッスンで体技的なことのレッスンをする時に、身体をコントロールすることについて「エヴァに乗っている感じ」と生徒によく言っています。
レッスンを受けたアレクサンダーテクニークの先生(アメリカ人)に「You are a cheetah!!」と、指導の時にしつこく言われました。
私がレッスンする時に何の感覚と近いだろうと、どう形容したら伝わりやすいだろうと考えた結果、一番近いのがエヴァだと思いました。「身体は道具」「身体とのシンクロ率を上げて」とか言ってしまいます。
伝わらない時も多いので、あまり良い形容ではないかもしれませんが、一番感覚として近いと今でも思ってます。


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