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【第63回短歌研究新人賞応募作】絵の、うすく白い

絵の、うすく白い/未補

けっこんはあんしんらしい永遠に研がなくてよいナイフを貰う

アパートにかかる虹からみどりだけ抜いてわたしの寝間着を作る

月をみてふつうと言った人のこと結婚式で思い出したい

モノポリーはいつも見ているだけだった季節はずれの苺をねだる

家計簿に書きたいものは水に浮く野菜のことやホチキスのこと

排水溝詰まっているし曇りだし海月を飼って増やしましょうか

紫陽花は怖がりだから窓のないまぶたの中に飾る晴れた日

耳鳴りと嬌声の境い目はどこラジオははやい黄砂を告げる

目が覚めたままで忘れてゆく声は絵のうすく白い声に似ている

天気予報は雨の温度を伝えない壁と暮らしているような午後

想像のなかでからだが気持ちいい外は驟雨に泥濘んでいる

砂漠だと思ってほしい不自由を不幸せだと憐むならば

わたしなら椿を選ぶ目の前の人に会いたい夜でも光る

眠るとき絡めた指をほどかれて目を閉じたまま聴く夜の雨

馴染もうとしても通り過ぎる町だ中途半端に山鳩が鳴く

生きるのに必要のないものが好きたとえば檸檬・パセリ・恋人

姦通、とこころの中で思うとき熱波になってうねる鳩尾

塩を買い忘れたときにさびしさは揮発したって気づいてしまう

取り返しつかない今日が欲しかったくちびるを削ぐように炭酸

生活に向いてないって叱られて夕凪はもう懐かしむもの

口論を諦めたとき床下に隠した蝉の声が聞こえた

コンビニのバニラアイスを選ぶとき気づく二人はゆきどまりだと

人が人見捨てるときは美しい夜にしようと涙を流す

箱のまま指輪を返すやわらかい傷を皺だと思いたかった

さよならのかわりに夜を走るときポプラに響く葉脈のおと

妹の子どもを抱けばはじめからここにあったみたいに前歯は

嫌われるための時間は長かった夏野を梳いて舟は去りゆく

「いい経験」で済まされるけどあの部屋のハエトリグモは可愛かったよ

愛しても愛したぶんの愛は無いだから一度にたくさん愛す

選ばなかった過去を誇れば一日で散る罌粟もまた愛しく思う

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