(仮題)ヒーロー

 「せんせー、さよーなら!みなさん、さよーなら!」
賑やかな声が教室に響く。
「はい、さようなら。気をつけて帰れよ。」
担任の先生の言葉を聞いてから勝は急いでランドセルを背負い
教室をひとり後にした。

かなり急いだつもりだが、廊下に出ると
先に帰りの会が終わったクラスの子どもたちが
おしゃべりをしながら玄関に向かっている。
勝はぐっと息を飲み、大きな体を縮こませながら端を歩いた。
「お、マサブー!」
「マサブー!マサブー!」
隣のクラスの子どもたちにはやし立てられる。
勝は小走りで玄関に向かった。
靴の中を確かめて、何も入れられていないことに安堵する。
この前はみみずを入れられ、玄関で悲鳴を上げてしまったのだ。

児童玄関を出て校門に向かって歩くと
目の前に6年生のグループが目に入り勝はまた身を固くした。
振り向いた一人が勝を指さした。
ほかの数人も振り向き、「おい、でぶっちょ!」と叫んだ。
ぎゃははと笑いながら勝を取り囲む。

その時、
「君たち、やめたまえ!」凜とした声が響いた。
「誰だ!」6年生たちがあたりを見回す。
「たあ!」という気合いとともに宙返りしてきた真っ赤な影が
6年生の前に立ちはだかった。
「スターレッド、参上!」
全身を赤くぴったりしたスーツに覆われた筋肉質の男が
勝をかばい重心の低い空手のようなポーズをとっている。
目元の銀のマスクがキラリと光った。
「スターレッドだ!すごい!」
6年生たちは驚き、呆然としている。
「この勝くんは僕の親友だ。いじめるのはやめなさい。
いじめる者は、僕たちスターメイツが許さないぞ!」
そう言って胸元に寄せた右手の拳を握った。
「ごめんなさい!もうしません!」
6年生たちは泣きながら逃げて行った。
「ありがとう、スターレッド!」
勝が感極まっていると、スターレッドは優しく両手を勝の肩に乗せた。
「勝くん、君は僕の大事な友達だ。君のピンチにはいつでも来るからね!」

「スターレッド・・・。」瞳を潤ませ、勝は小さく呟いた。
「ああ?いま何つったのよ?」
下卑た声にはっとして見回すと、勝はまだ6年生に囲まれていた。
「ブーブー言ってたから意味わかんねえや!」
笑い声はあたりに響き渡っていた。
校門近くの銭湯の裏、
薪置き場に番台のおじいさんの姿が見えると
6年生たちは「あばよ、マサブー!」そう言って
勝のそばから離れて行った。
大人の前ではやらないのだ。
勝は袖で涙と鼻水を拭って家路を急いだ。

勝は3年生。大柄でヒーローと食べることが大好きな少年だ。
テレビアニメや特撮のヒーローは全部好きなのだが、
特に好きなのは「宇宙を駆けろ!スターメイツ」だ。
主人公ソラノタカシとその弟ヒロシ、妹のアオイが変身し、
スターレッド、スターイエロー、スターブルーの「スターメイツ」になり
悪の組織ジーメイ団と戦い地球を守る。
空手を取り入れたアクションに、指先から放たれるレッドビーム、
スターメイツが乗る飛行船やスポーツカー、スクーターなど、
何もかもが勝の心を捉えて離さなかった。
「つらいときには僕らを呼んで。僕らはいつでも君たちの味方だよ。」
番組のさいごにレッドが言う決めぜりふは
今や勝の生きる希望になっていた。

幼稚園の頃は毎日が楽しくて仕方なかった。
小学校に入ると、勉強について行けず
動きも鈍い勝はからかいの対象となってしまった。
3年生のクラス替えからは
それまで仲がよかった友人とも離れてしまい
1人でいることが多くなっていた。
それでも好きなヒーロー番組のあった次の日には
話の輪に入っていけたのだが、
運動会の日からそれもかなわなくなってしまった。
クラス対抗リレーのときに、勝の番で順位が先頭から一気に
ビリになってしまったのだ。
「勝も一生懸命走ったんだ。順位だけが大事じゃ無いぞ。」
先生の言葉もみんなには響かなかった。
教室のほとんどが勝の敵となり、それは学年から
全校まで広がっていった。


「ぷしゅんぷしゅんぷしゅん、ぶぉわあああああ!」
チラシの裏にスターレッドと怪人の絵を描きながら、
勝は効果音のまねをする。
「スターレッドさんじょう!しゅんしゅんしゅんしゅん!
わあ、スターレッドだー!やっつけてやるー!がおおおおお!」
一人二役で器用にレッドと怪人の声を使い分ける。
夢中で遊んでいると、「勝-。」と母の声がした。
「んもー!いいとこだったのに!」
むくれながら襖を開けると「ちょっと勲つれて遊んできて。
母さん少し休みたいから。」
大きなお腹を抱えながら母が幼い弟の肩に手を置きながら言った。
勲は勝より5歳下の4歳でまだ幼稚園には行っていない。
日中は妊娠中の母と家にいるのだが、
勲の相手は母の負担になっていた。
「わかったぁ・・。」勝はしぶしぶ頷いた。
勲は嬉しそうに笑っていた。


「ピキーピキーピキー、公園にかいじんが出ました!
スターメイツしゅつどうしてください!
りょうかい!スターレッドしゅつどうします!
さあいくぞ!イエロー!」
「じょうかい!」
「じょうかいじゃない、りょ!う!か!い!」
「じょ-!うー!かー!いー!」
勝は諦めて公園に向かって走りだした。
勝をそのまま小さくしたような勲も必死について行く。
あと少しで公園というところで勝の足は止まった。
いつも勝をからかう子どもたちの集団が見えたのである。
「にいちゃん、かいじんはぁ?」
くりくりした目で勲が見上げてくる。
大丈夫、こんな時のために勝にはとっておきの場所があるのだ。
「ピキーピキーピキー、スターレッド!かいじんは、いどうしました!
りょうかい!レッドいどうします!いくぞ!イエロー!」
「じょうかい!」
二人はもと来た道をまた走った。

たくさんの木箱や廃材が無造作に置かれている原っぱが
勝の秘密基地だ。
原っぱに面した家の汲み取りトイレの匂いがきつい時もあって
ほかの子どもたちは来ようとしない。
「イエロー!あれがかいじんだ!いっしょにたたかおう!」
指さした先には勝よりも背の高い雑草が生い茂っている。
「じょうかい!やー!」
勲は雑草の前でぴょんと飛び跳ねた。跳び蹴りのつもりなのだ。
兄弟は雑草相手にパンチやキックを繰り出した。
「でっどーおー、びーーーーむ!」
勲の叫び声に勝は慌てて
「ちがう!イエローはイエローファイヤー!」
「もうびーむ、だしたも。かいじん、しんだも。」
戦いを終えた充足感までにじみ出している弟に、
勝はムキになって怒った。
「だーめーでしょー!にいちゃんがレッドなのに!
かいじん死んでない!いまのビームはウソんこだからな!」
「うそんこでないも!しんだもー!」
勲も引かなかった。
「レッドがレッドビームだすんだから!イエローがだしたら
ウソんこだ!いさおのバカ!」
「ばかでないもー!」とうとう勲は泣き出した。
さすがに勝も焦って「おい、いさお、泣くなよ。」と言ってみたが
勲はますます大声で泣き出した。
「小さな子には優しくしよう。スターレッドは弱い者の味方だよ。」
スターレッドの言葉が脳裏にうかぶ。
「いさお、わかった。いさおはバカでない。ビームも
きょうはとくべつだ。レッドがきょかする!」
泣きたいのを我慢して勝は勲の前でスターメイツのポーズをとった。
きょとんとしていた勲が満面の笑みを浮かべ
見よう見まねでポーズをとる。
「よし、かいじんはやっつけたから、きちに帰るぞ!
スタースクーター、カモーン!」
勝は右手を空に向けてから、
「ぶるんぶるんぶるん、ぷしゅああああああ!」と、
スターメイツの乗り物の音を器用に真似た。
「スターイエロー、つかまれ!」
「じょうかい!」
勲は勝の後ろに回り、トレーナーの裾をつかむ。
「レッツゴー!」
「れちごー!」
兄弟は家に向かって走り出した。
「いさお、ひっぱったら首しまる・・・」
「あー、ごみんね?にいちゃん。」勲は慌てて裾を握る手を緩めた。
けれども家に帰るまで同じやりとりが何度か続いた。


家に帰ると玄関に夕刊が置いてあった。
いつもは新聞など気にはしないのだが、
折り込まれていたチラシの色に見覚えがあった。
思わず引っ張り出すと、レッドの写真とともに
「『宇宙を駆けろ!スターメイツ』のスターレッド参上!
ちびっこたち集まれ!」と書かれているではないか。
「ひゃああああ!」勝は歓喜の雄叫びを上げた。
「なしたのさ?勝そんなおっきな声出して・・・。」
夕食の支度をしていた母がいぶかしげに玄関を覗く。
「母さん、見て見て!これ、レッド来るって?どこに来るの?
いつ?ねえ、母さん!」
「あら、あんた大好きだもね。どれどれ。
今度の日曜、タケダマートの前だと。いかったんでしょ。
お金もかからないし、勲と一緒に行っておいで。」
「タケダマート・・・?」
思い浮かんだのはタケダマートの社長の息子、一也の顔だ。
運動会が終わってから、勝を攻撃してきたグループの中心人物、
クラスのボス的な存在の少年だ。
なぜよりによってタケダマートの前なのか。
さっきまでの喜びはどこへやら、勝は頭を抱えて唸った。
「なしたの?嬉しくないの?」
「・・・うれしい・・。」
母は首をかしげて台所に戻っていった。


一也たちの件は母に話していない。
それだけでは無く、
勝は自分に起きていることを親には話さない。
クラスではやっているギャグやものまねを家で再現し、
父や母、弟を笑わせてばかりいる。
自分が虐められているなどとは
なぜか恥ずかしくて言えないのだ。
(スターレッド、おれを助けにくるのかな。
一也とか学校のみんなを直してくれるかな・・・)
湧き上がる期待のかたすみで
憧れの存在であるスターレッドに
惨めな自分の姿を知られてしまうかもしれない、
そんな恐怖心も芽生えて来ている。
なかなか寝付けないまま、常夜灯を眺めた。
なんだか怪人の目のように見えて、
慌てて勝は布団に潜り込んだ。


(続く)


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