(仮題)ヒーロー 後編


「勝くん、今日はよく頑張ったね!学校にも行けたし、勲くんとも仲良くできた。」
「スターレッド、おれ・・いや、ぼく本当はダメなんだ。
学校も行きたくないんだ・・・。」
「毎日、つらい戦いをしているのかい?」
「うん・・・学校行かなくてもスターメイツになれるかなあ。」
「もちろんさ、君は僕の友達だから。いっしょに地球を守ろう!」
「やったあ!」
スターレッドは60キロほどの勝を軽々と持ち上げた。
ヒーローだから当然なのだ。
「うわあい、ありがとう!」
勝がはしゃいでいると突然、
「スターレッドはうちのお客さんだ!お前なんか、なんも関係ないべ!」
甲高い叫び声がした。
見るとタケダマートの息子の一也が顔を真っ赤にして怒っている。
「そうだった。では、勝くん、さようなら!」
スターレッドは抱き上げた勝から手を離した。
「うわあああああああああ!」
勝は暗い闇にどんどん落ちていった。


「勝!おい勝、なしたのよ!」
目を開けると勝の父が心配そうに顔をのぞき込んでいる。
「と、父さん・・・。」
「急にでっかい声だしてジタバタするからびっくらこいたでや。
なしたのよ?」
勝は無言でこくこくと頷いた。
「おっかない夢でも見たんだべさ。勝、父さんも母さんもいるから
なんも怖くないよ。安心して寝なさい。」
母はあくびをしながらも優しく布団を掛けてくれた。
ああ夢で良かったと勝は思った。
大好きなスターレッドに捨てられるなんてとんでもない。
勲だけはふっくらした赤ん坊のような顔で寝息をたてていた。


学校の休み時間、友達のいない勝はひたすら自由帳に絵を描いている。
図画の成績は良くはないが、大好きなスターメイツだけは
小学生の割に上手く描けている。
家でチラシの裏に何度も何度も描いているからだ。
たまたま通りかかった一人の児童が「あっ」と声を上げた。
「なした?」ほかの児童もやってくる。
勝は身を固くした。また何か言われるのだろうか・・・。
「こいつ、スターレッドかくのうまい!」先にきた児童が叫ぶと
後に来た児童も「ああ!本当だ!」二人とも興奮を隠せない。
自分の机からノートを持ってきて「これにかいて!」と言ってきた。
「おれも!」ほかの児童たちも何事かと見に来た。
思ってもいなかった展開に、勝は驚き戸惑った。
「うん・・・いいよ」
頬を赤らめ、照れ笑いを浮かべながら描いてやると、
「おお、すげえ!」
急に人気者になったような気がして、勝は夢見心地だった。
ところが、トイレに行っていた一也のグループが来た途端、
状況は一変した。
「なしたのよ?なんでマサブーのとこに集まってんの?」
一也の言葉に一人の児童が
「おい、すっげえぞ?見てみろ!マサブー絵が上手いんだ!」
と叫んだ。
一也は勝が描いていたノートを見て明らかに驚いていた。
一也の仲間たちも「すげえ!」と見入っていた。
「こんなの!鉛筆でかいただけだべや!おれなんかスターメイツの
カラーポスターうちにあるし!今度うちの店に本物くるんだからな!」
クラスのボス的存在の一也の剣幕に、
集まっていた児童は一人また一人と席に戻っていった。
「マサブー!おだつなや!」
一也のとどめの一言に勝は泣きそうになっていた。
休み時間は終わり、五時間目を知らせるチャイムが鳴った。
先生が入ってきて、日直が「きりーつ」と号令をかける。
勝は目をこすりながら立ち上がった。
何人かの児童が、そんな勝の様子をちらちらと見ていた。

日曜日の朝、
勝は何度も描き直したスターレッドの絵を、精一杯きれいにたたんだ。
スターレッドへプレゼントするために描いたのだ。
母に頼んで持っている中の一番上等な服を出してもらった。
と言っても、買ってからもう何度か着ているトレーナーなのだが。
「帰りに豆腐買ってきて。」と母に頼まれ、100円玉を持たされた。
スターレッドに会ってしまえば、
いよいよスターメイツの一員になれるかもしれない、
豆腐など買っている時間など無いのかもしれないように思えたが、
勝は「りょうかい!」と力強く答えた。
「おうちの人の言うことをよく聞こうね!」という
スターレッドの言葉がよぎったからだ。
傍らで遊んでいる弟の勲に「いくぞ!イエロー!」と声をかけた。
「じょうかい!」勲の服はなんとなく縮んでいる感じがするが、
これは勝のお下がりだ。
勝としては少々気にはなったが、当の勲はまったく気にしていないので、
そのまま手をつないで家を出た。

昨夜はなかなか寝付けなかった。
何度かトイレに起きて父親から小言を言われた。
遠足やバス学習以上に勝は興奮していたのだ。
今日こそスターレッドに会える。
正義の味方が来れば、悪人は懲らしめられる。
今までの辛い日々とはおさらばなのだ。
勝の胸は高鳴った。
(スターレッド、おれを助けてくれるよね?)


商店街にあるタケダマート前の広場には、
すでに団地中の子どもたちが集まっていた。
勝はすっかり気後れしている。
こそこそと「マサブーきたぞ」という声が聞こえる。
大人の目があるから、ここで虐められることは無いはずだが、
勝の足はすくんでいた。
「さあ、来た順番で詰めて座ってね!」
アニメの世界から出てきたような高い声に驚いて振り返ると、
歌のお姉さんみたいな感じの若い女性がマイクを持って
子どもたちを仕切っている。
勝もビールケースをふせた腰掛けに座るよう促された。
「にいちゃん、あのおねえちゃん、かあいいねえ。」
思ったことをはっきり言う勲に驚きながらも
「うん・・」と勝は頷いた。
座ってすぐに後ろからつつかれた。
驚いて振り向くと隣のクラスの児童だった。
またからかわれると思ってビクビクしていると、
「なあ、お前スターレッドかけるんだべ?今度おれのノートにもかいて」
と頼まれた。勝の絵の評判は密かに隣のクラスにも広まっていたらしい。
思わぬ言葉に驚いたが「うん、わかった。」と照れ笑いを浮かべた。
こっそり周りを見渡すと、一也が膨れっ面で隅に座っている。
てっきり一番前のど真ん中かと思っていた。
勝は知るよしも無かったが、一也の父であるタケダマートの社長は
身内を特別扱いするような人ではなかったので
一也たちのグループは普通に順番待ちをさせられていた。
商店街の大人たちはにこやかに子どもたちの様子を見ている。
このイベントは商店街の記念行事なのだ。


「良い子のみんなー、こんにちはー!」
大勢の子どもたちの前で、先ほどのお姉さんが呼びかける。
「こんにちは・・・」と、小さな挨拶がパラパラと聞こえる。
「みんな、もっと元気よく!こんにちはー!」
お姉さんに促され、ようやく子どもたちは事態を把握する。
「こーんにーちはあー!!」
団地中に響き渡るような声で挨拶を返した。
「はあい、元気にご挨拶できたね!これからスターレッドが来て
怪人と戦います!怪人はとても手ごわいから、みんな応援してね!」
「はあああい!」
その時、異様な音がして会場後ろから黒い集団が駆けてきた。
悪の組織ジーメイー団の構成員たちだ。
「フウ!フウ!」と、子どもたちにはお馴染みの奇声を上げている。
ざわめいていた子どもたちの間から、ひときわ大きな悲鳴があがった。
前進が緑のウロコに覆われた怪人が現れたのだ。
「ふえーへっへっへ!子どもがたくさん集まっているな!
お前たちをジーメイー団にいれてやるぞ!俺たちといっしょに
悪いことをいっぱいするんだ!た~のし~ぞ~?」
怪人は怖がる子どもたちの顔をのぞき込んだりしながら
通路をステージに向かった。
初めて間近に見る怪人の姿に勝は圧倒され声も出なかった。
隣にいた勲が「にいちゃん、かいじん!かいじんきた!」と、
怯えながら勝のトレーナーを引っ張っている。
「いさお、首しまる・・・!」勝は思わず咳き込んだ。
怪人たちはお姉さんを捕まえ、
「やい、お姉さん!俺たちの仲間になって、たくさん
イジワルをしようじゃないか!」
怪人の言葉にお姉さんは「いやよ!会場のお友達!
みんなでレッドをよんで!せーの!」と叫んだ。
子どもたちは皆一斉に「レッドーーー!!」と大きな声を上げた。
もちろん勝も勲も声を張り上げた。
その時、商店街のスピーカーから大音量で
スターメイツのオープニング曲が流れてきた。
(スターレッドが来る・・・!)
勝はきょろきょろと見回した。
心臓が喉まで上がったかのようにドクドクと脈を打っている。
「まて!ジーメイー団!お姉さんを離すんだ!」
子どもたちが待ち望んだヒーローが舞台袖から颯爽と現れた。
大歓声の中、レッドはジーメイー団の構成員たちを
鮮やかなキックとパンチでばったばったと倒して行く。
「スターレッドめぇー!きさまをやっつけてやる!」
怪人は緑のウロコだらけの腕でレッドをとらえ、
床に引き倒し、そのまま後ろから首に腕を回して絞めた。
レッドの苦しげなうめき声が聞こえる。
子どもたちの悲鳴が上がった。
いつの間にか怪人の手から逃れていたお姉さんが会場に呼びかける。
「みんなー、レッドがピンチだよ!がんばれって応援して!せえの!」
「がんばれーーーーー!!」
子どもたちは精一杯叫んだ。
するとレッドが「うおおおおおお!」と気合いを入れ、
怪人の腕を振り払った。
怯む怪人にパンチやキックを繰り出し追い詰めていく。
「ええい、スターレッド!次こそは倒してやるぞ!覚えてろ!」
捨て台詞を残して怪人は舞台袖に消えていった。
子どもたちの歓声と拍手が響いた。
「みんな応援ありがとう!おかげで悪い奴らを追い払えたよ!」
スピーカーからスターレッドの声が聞こえてくる。
「さあ、みんな。スターメイツからのお願いだ。
友達を大事にしよう!
もしもいじめられてる子がいたら、声をかけようね!
小さな子には優しくしよう!」
いつも番組の最後に言う言葉だ。
(スターレッド!おれを助けて・・・)
勝は心の中で願っていた。
正義の味方なら助けてくれるはずだ。
すぐに渡せるように、ポケットから
家で描いてきたスターレッドの絵を出した。
ところが番組のエンディング曲がかかり
「じゃあ、みんなまた会おう!」そう言ってスターレッドは
袖のテントに行ってしまった。
勝はせっかくの絵も渡せなかった。

お姉さんが「はーい、これからスターレッドサイン会があります。
お父さんお母さん、保護者の皆さん、こちらのスターメイツポスターを
お買い上げいただいたお子さんにはサインを書いて差し上げます。」と
先ほどまでとは打って変わった、落ち着いた声でアナウンスをした。
ステージ前のワゴンには「スターメイツポスター500円」と書かれている。
勝のポケットには豆腐代の100円しかない。
「おい、いくべ!」周りの子どもたちが立ち上がる。
どうやらポスター代を持って来ているらしかった。
「にいちゃん、おねえさん、なんていった?」
事態を飲み込めない勲が勝をつついている。
「わかんね・・・」そう言って勝は立ち上がった。
「あっこにいくの?」サイン会に並ぶ子どもたちを見ながら
勲は勝の裾を引く。
泣きたいのを我慢しながら勝は「ちーがーう!母さんに言われたべ!
おとうふ買ってかえるんだ!」
勲に向かって声を荒げた。
「なんでおこるのー!」勲が金切り声を上げた。
商店街の大人たちの視線が気になって勝は「おこってない!」と
勲の手を引いて店に向かって歩き出した。
「マサブー、お前サイン会いかないの?」
突然呼び止められて振り向くと、
教室で勝がノートに絵を描いてやった児童たちがいた。
勝は首を振り「おれ、買い物あるから・・・。」とつぶやいた。
「お前スターメイツの絵かくのうまいべや!レッドに見せないの?」
中の一人が言うと、ほかの児童たちも頷いた。
本来ならこの手のサイン会なるものは大人の利益が絡むものだが、
勝を含めた子どもたちには知る由もない。
勝だって見せられるものなら見せたい・・・プレゼントしたくて
一生懸命に描いてきたのだから。
「にいちゃん、でっど、かいてきたも。」となりにいた勲が、
いきなり勝のポケットから畳まれた紙を出した。
「あ、いさお!」止めるまもなく、勲のぷっくりした手が
紙を広げた。
「おお、すげえ!」児童たちの歓声が上がる。
「マサブー、お前見せてこいよ!」
「そうだそうだ!」
彼らはまるで自分の作品を自慢するがごとく、
興奮状態になって勝の背中を押している。
戸惑いながらも勝は押されるがままにサイン会が行われている
テントに近寄った。

「おいお前、ポスター買わないとダメだからな!」
タケダマートの社長の息子、一也が勝ににらみをきかせた。
「こら、お前なんだ、そのしゃべり方!」
一也の父が息子をたしなめた。その一方で勝に向かい
「勝、ポスター買うのか?母さん良いって言ったか?」
少し心配そうに聞いてきた。
タケダマートの社長は勝の家に余裕が無いことは承知している。
普段の買い物の様子でわかるのだ。
「おじさん、違うんだ。マサブーはレッドの絵が上手いから、
プレゼントするんだよ!」隣にいた児童が口を出した。
勝は恥ずかしさに頬を赤らめながらも、こくりと頷いた。
社長は目を丸くして「そうか、どれ、おっちゃんにも見せてみろ。」と
大きな手を出した。
勝は恐る恐る紙を出した。
「はああ、こりゃうまいもんだ。勝こんなに絵が描けるなんて、
たいしたもんだなあ。」
社長は勝の絵をにこにこしながら眺めている。
「したけどな勝、まんだサイン会終わってないからな。終わってから渡すんだぞ。
おっちゃんがレッドに言っておくから。」
勝は驚き声を震わせた。「おじさん、いいの?」
「ああ。だから終わるまで待ってな。」
「やったな、マサブー!」隣の児童も嬉しそうに肩を叩いた。
やりとりを見ていた一也もあっけにとられていたが、
父親が持っていた絵をのぞき込んでから口をつぐんだ。

サイン会が終わって、撤収が始まる中、
勝と勲は社長に手招きされて店の裏口に行った。
従業員更衣室に行くと、ひとりスターレッドが
従業員用のテーブルにつきパイプ椅子に座っていた。
あまりの近さに勝は息を飲んだ。勲も緊張しているのか、
勝の後ろでトレーナーの裾を引いている。
スターレッドはきびきびした動作で立ち上がり、
勝に握手を求めてきた。
「ほれ、勝。」社長が背中をぽんと叩いた。
「レッドは忙しいからもうすぐ帰んないばなんないんだ。
握手してもらって、絵も見てもらえ。」
勝が頷いたときには勲が先にレッドと握手をしていた。
(いさお、ずるいぞ!)レッドに頭をなでてもらって
勲は嬉しそうに「えへへ」と笑っている。
「こんにちはー!」勝は深々と頭を下げた。
「ぼくは、鈴木勝です!」そう言って絵を差し出した。
レッドは絵を受け取り、じっと見ているようだ。
表情はうかがい知れないが、
動きが止まり何か思案しているようにも見える。
ふと顔を上げ、勝に向かって「ちょっと待って」と言うように
人差し指を見せて、パイプ椅子に座った。
勝の描いたスターレッドの絵の余白にペンを走らせ、
独特なサインを入れた。
それから少し乱暴な字で
「まさるくん、すばらしい絵をありがとう!」
と書き、それを勝に差し出した。
「え・・・?サイン、おれにくれるの?」
レッドは力強く頷いた。
勝は震える手で受け取ると、改めてレッドを見上げた。
レッドは右手を差し出した。
勝が手を差し出すと力強く握ってくれた。
銀のマスクが微笑んでいるように見えた。


「勝、豆腐どうしたのさ?」
家に帰ってからずっと
サインをうっとりと見つめる息子に母が声をかけた。
「ああ!忘れてた!」勝は慌てて立ち上がった。
「おれ、いってくる!」出かけようとする勝を引き留め
母は「いいわ、散歩しながら母さん行ってくるから。」と笑った。
社長にあったら礼を言いたいと思っていた。
気づかなかったとは言え、
子どもに惨めな思いをさせるところだった。
ポスターを買えないことを察して、
しかしそれをただで与えるようなことをせず、
勝の絵にそれ同様の価値があるように扱ってくれたことが
母には嬉しかった。


あれから数ヶ月、勝は4年生になった。
いまだに呼び名はマサブーのままだし、
一也たちのグループにはしょっちゅうからかわれている。
変わったことと言えば、
休み時間にいっしょに話しをしたり、
いっしょに登下校したりする仲間が3人出来たことだ。
あの日、勝の背中を押した児童たちだ。
教室の隅に4人で座り、一心に絵を描き、見せ合い、
そして笑い合う。
「宇宙を駆けろ!スターメイツ」は番組改編で最終回を迎え、
今は違うヒーロー番組が始まっている。
それでも勝の家にはずっと
あの日のサインが飾られている。

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