練習 最終章

  【 ク リムセ 3】
 

叔父と尚子さんが入籍し、両親と僕、尚子さんの娘さんとで食事会をした。
尚子さんの娘さんはおとなしくて俯いてばかりいて、
何か言われても小さく頷くだけだった。
仲良くできるかと期待していた僕は少しばかりがっかりしたが、食事会自体は和やかで楽しいものだった。ところが、
「実はね、今度は千葉に転勤になるのさ。せっかく尚子さんと行き来できると思ってたんだけどね。」残念そうな母の言葉に僕は驚いてしまった。
「あれ、そうだったのか。まあ、自衛隊だら仕方ないもなあ・・・。」
叔父は少し寂しそうな顔をした。
「俺は北海道好きなんだけどさ。こればっかりはな。」
父の言葉はお世辞ではないだろう。夏場に早朝ゴルフを楽しんだりしながら「北海道はスキーもゴルフも近いからいい」と言っていたし。
北海道から離れたかったのは母なのだ。
しょっちゅう父に対して、北海道を出たい、希望はだせないのかと母が詰め寄っていたのは知っていた。
僕は学校の友達と離れたくなかったし、何より叔父に会えなくなるのは嫌だった。
うつむき口をとがらせた僕を見た尚子さんが
「あら、やっちゃん。おじちゃんに会えなくなるの寂しいねえ。
休みになったら泊まりにおいで?やっちゃんひとりで飛行機乗ってきたら、おばちゃん空港に迎えに行くから!」
一人で飛行機に乗れるかもしれないと思っただけで、僕は少しだけ機嫌を直した。
結局、尚子さんに迎えに来てもらうことは無かったけれど。


僕らは千葉県の海に近い街に引っ越した。
母は北海道にいるときとは比べものにならないほど積極的に外に出るようになり、
同じ宿舎に住んでいる奥さんたちとボランティアなどもするようになった。
僕も引っ越したばかりの頃こそ北海道の友達や叔父一家のことを思い出しては
めそめそ泣いて母を困らせたりしていたのだが、
学校では同じような転勤族の子どもが多かったので、友達作りに苦労することもなく、
毎日夕方の町内放送がなるまで友達と遊んでばかりいた。
いつしか北海道のこともあまり思い出さなくなっていた。
叔父一家からはたまに電話が来たり年賀状で「遊びに来てほしい」と書かれたりしていたが
母は北海道に帰省しようとはしなかった。


「・・・うん、うん・・・いや、したって仕方ないしょ。あんただってわかるしょ。」
学校から帰ると、母が電話の最中だった。
指先でおやつの場所を指してからまた電話の相手に耳を傾ける。
「いや、したって、そうやって昼間から飲んでたら余計に嫌われるしょや!それぐらい
わかりなさいや。」母はいらだっているようだった。
電話の向こうでは叔父ががなり立てていた。受話器から漏れ聞こえる声は泣いているようにさえ思えた。
『・・・俺ぁ・・・のために・・・稼いで・・・』
母が外に出るよう促したので、僕は遊びに出た。
叔父が何か悩んでいるようで気にはなったが、
子どもの自分に何か出来るとは思えなかった。

北海道から出て2年ほど経った頃から叔父が昼夜を問わずしょっちゅう電話をしてくるようになっていた。
僕が受話器を取ったときは機嫌良さそうに「やっち、勉強してるか?学校楽しいか?」
などと聞いてくれ、僕も嬉しくて叔父の知るはずも無い友人の名を言いながらいろいろと話しをしていたのだが、母が出るときは愚痴ばかりこぼしていたらしい。
たまに尚子さんからも母に詫びの電話が来ている。
「いや、尚子さんのせいでないから、トシがおだって余計なことしたんだわ・・。」
母の方が逆に済まなそうに話す。
夜、僕が寝室に行ってから両親が話しているのが聞こえてきた。
「なんだか、トシは余計なことして娘に嫌われてるみたいなんだわ・・。」
「余計なことって何だよ。」
「参観日とか、体育祭とか行こうとしたんだって。そうしたら娘が嫌がって・・・。
トシが行くなら学校行かないって言ったらしいの・・・。今は卒業式のことで揉めて・・。」
「それは娘が悪いだろ。トシは親として当たり前のことしようとしてるんだから。」
「いやあ、お父さん。それは理屈では正しいけど、あの子にしたらアイヌの親なんて
嫌に決まってるしょ?学校で虐められたらどうすんの。誰も守ってやれないんだよ?」
父は少し唸ってから「・・・それは虐めるほうが悪い。お前それでいいのか?俺は嫌だな。
アイヌだからって差別するのを認めるのか?トシは悪くないだろ。」
「お父さん、なんもわかってない!わからないよね?
お父さんは虐めになんかあったことないしょ?
悪くなくたってね、北海道にいたらそんな扱いなの!
『差別は悪い』って理屈を言って、あの子にわからせて虐める奴らと戦えってかい?
そんなの無理だわ。虐めるような子どもらにそんな理屈は通らないから!悪いってわかってても、わざとやるんだから!」
父は黙り込んだ。
アイヌ・・・差別・・・いじめ・・・
そんな言葉が頭の中でぐるぐると暗い渦を巻く。
叔父と、義理の従姉妹の仲がよくないことも驚きだったが、
「アイヌ」なるものがそのような扱いを受けるのだと言われたのは衝撃だった。
叔父がそれなら、母と僕はどうなのか。
その夜はなかなか寝付けないでいた。


従姉妹の卒業式も、高校の入学式も叔父は結局行くことは叶わず、
後で聞くとその辺りから尚子さんとの間で気持ちの行き違いがあったそうだ。
夫婦げんかが絶えなくなり叔父と顔を合わせるのが苦痛になった尚子さんは、
しばらくぶりにスナックで働くようになった。
ただそれでも離婚にまでは至らなかった。
決定的な事件はその数年後、僕が高校生のときに起こった。
従姉妹が結婚することになったのだが、叔父を相手の親に紹介できないと言ってきたのだ。

結婚相手は叔父のことを知っている。
遊びに来たときに挨拶をしていたくらいだから。
それでも従姉妹は相手の親に自分の家は母子家庭だと言ったらしい。
叔父は激高し、相手の家に乗り込むとまで言い出して尚子さんと言い争いになった。
隠した従姉妹は悪いが、いまさら話して結婚が破談になっては困ると。
「姉よ、俺がなんか悪いことしたか?俺ぁあいつら食わすために働いて働いて、
借金もしてねえし、あいつらに恥かかせねえよう床屋もかかせねえし・・・。
あれの彼氏が来たときだら、ごっつぉもビールも用意してやったのによ・・。」
寝室にいても叔父の声が受話器から漏れ聞こえてくる。
襖をそっと開けて見ると、母は肩を震わせていた。
「・・・トシ、なんも悪くないよ、なんも悪くない・・・。したけど、
尚子さんも娘の幸せが大事なんでないかい?あんた辛抱できないかい?」
そういうのが精一杯だったようだ。

母の言葉に僕は思わず唇をかんだ。
なぜ叔父がそんな理不尽に耐えねばならないのか。
僕にとっては大好きな叔父、幼い頃に素晴らしい舞を見せてくれた叔父、
むしろ誇らしい存在である彼を、なぜ従姉妹はそのように恥じるのか。
受話器を置いてうなだれる母に、
「ねえ、なんで?なんでおじちゃんのこと、隠さなきゃなんないの?
おかしいでしょ?おじちゃん何も悪くないだろ?アイヌだから?
そんなの間違ってるじゃん!」
責めるように言ってしまった。
母は大きな目にいっぱい涙をためて僕を見上げた。
「・・・やっち、あんたはアイヌじゃないから・・・何も心配ないから・・・。」
それだけ言って涙を拭い、台所に行ってしまった。
まったく僕の疑問の答えにはなっていなかったけど、
それ以上母を責める気持ちになれなかった。

結局、叔父は離婚した。
尚子さんからは母に泣き声で詫びの電話が来ていたが、
母は人形のような顔で「仕方ないしょ。子どもが大事なのは私もわかるから。
なんも気つかわないで。電話もいいから。」
そう言って受話器を置いた。

叔父からは電話がぱったり来なくなった。
母の親戚である克子おばさんからの電話で、
叔父は関西に仕事にいったらしいことはわかった。
連絡先がわからなくなって母は心配していたが、
ときどき克子おばさんから、どこそこの現場で働いているのを
見た人がいると知らせを聞いては安堵していた。
「同じ内地にいるんなら遊びに来たら良いのに・・・。」
母はため息交じりにこぼしていた。


高校卒業後、僕は母の故郷にある国立大学に進学した。
母は心配していたが、僕には世界的な食糧問題を解決に向けるような
そういう関連の仕事に就きたいという思いがあり、
どうしてもそこの大学に入りたかったのだ。
「やっちは大丈夫よね、お父さんに似てるから・・。」
母は諦めて僕を送り出してくれた。


北海道での大学生活は、拍子抜けするほど楽しいものだった。
僕は友人に囲まれ、地元の短大に通うガールフレンドも出来た。
学業の傍ら、アルバイトに通いバイトで得た金で僕は友人や彼女と
夏はキャンプ、冬はスキーと遊び歩いていた。
なかなか実家に連絡しない僕に母はやきもきしていたが、
友人たちとの写真を送ると、安心してくれていたようだった。


ある時、札幌から戻ってくる友人と待ち合わせるために僕と彼女は
駅に出かけた。
ふだんあまり利用することの無い駅の待合室に向かうと、隅のベンチで
ろれつの回らない声でわめいている4,5人の老人たちがいた。
なんだかアルコールの匂いが充満している。
(ホームレス?北海道にもいるんだ・・・)
そう思った僕は傍らにいた彼女に「改札のほうに行こうか」と声をかけた。
目を丸くして見ていた彼女はうなずき、並んで歩き出した。
歩き出してすぐに待合室に向かうずんぐりした男の姿が目に入った。
煤けた作業着を着てニットの垢じみた帽子、明らかに内臓が悪そうな
酷い顔色で、男は片足を引きずって歩いていた。
だんだん距離を詰めて歩いてくる僕よりいくぶん背の低い男の顔を
間近に見たとき、僕は息を飲んだ。
(おじちゃん?)
目の前にいたのは確かに叔父だ。
なぜここにいるのか、なぜ脚が悪そうなのか、
僕は叔父に声をかけようとした。だがそのとき隣で彼女が
「あれ、アイヌだよ?」とつぶやいた。
背中をざわりと冷たいものが伝っていく。
・・・アイヌ・・・差別・・・いじめ・・・
僕の胸にいつからか湧いた暗い渦がまたぐるぐると回り出す。
叔父は先ほどのグループに合流したらしい。
後ろから「おい、トシ、遅いんでねえかぁ。」と
銅鑼声が響いていた。
呆然としている僕を彼女が不思議そうに見上げる。
遠くで待ち合わせしていた友人が手を振っていた。
身ぎれいな友人と彼女の姿を思わず見つめる。
これが同じ世界の住人なのか?
結局僕は叔父に声をかけることをしなかった。
二日後のアルバイトの帰り、僕は一人で駅に行ってみた。
ホームレスの酒盛りを見たが、叔父の姿は無かった。
何度か様子を見に行ったが、やはり叔父には会えなかった。
酒臭い人たちに声をかけるのも憚られて、僕は何も出来ずに駅を後にした。
母になんと言ったら良いのかわからない。
関西で働いていると思っていたのに、まさか北海道でホームレスになっているなんて
母が知ったらショックを受けるだろう。
悶々と日々を過ごしていたあるとき、
下宿の管理人から実家から電話だと呼び出しを受けた。
「もしもし?」受話器をとって呼びかけると、
母のわめき声が聞こえた。
「お母さん、どうしたの?何言ってるかわかんないよ!」
「ああ、父さんだ。母さんは話せない。やっち、落ち着いて聞いてくれよ?」
代わった父の声が震えている。
嫌な予感しかしなくて僕の指先が冷えていく。
「トシおじさんな、亡くなったんだ。関西じゃなくて北海道にいた。さっき克子おばさんから電話があったんだ。」

叔父は関西で喧嘩に巻き込まれ、脚を悪くして北海道に帰って来ていたと言う。
ホームレスではなく、一人で六畳一間のアパートに住んでいた。
当初は脚が良くなればまた働けると思っていたらしいが、結局良くなることは無く
叔父はやけになって酒浸りになっていたらしい。
アパートのドアの前で倒れているところを大家さんに発見された。
叔父の手帳に電話番号が載っていた克子おばさんに連絡が行った。
叔父は僕の実家の電話番号がわからなかったのだろう。


あのとき、声をかけていたら・・・
せめて母に伝えていたら・・・
僕は叔父を一人で逝かせることは無かったのではないか。
してもしてもしきれない後悔はそれからずっと僕の胸に残ったままだ。


克子おばさんの手配で地元のアイヌの人たちが叔父の葬儀を手伝ってくれた。
びっくりするくらい大勢の人たちが叔父のために涙を流している。
母は呆然として何を言われてもぼんやり返事をしていたので、
父がいちいち挨拶やお礼をしていた。
「みきちゃん、ふたりっきりの姉弟だもねえ。がっかりするわ。
旦那さん、ささえちゃってねえ。」
父の手を握りながら泣いているおばあさんに見覚えがあった。
叔父が踊っていたときに歌っていた人だ。
ああ、おじちゃんは脚が悪くなったからもう踊れないな・・・
馬鹿みたいに考えた。叔父は亡くなったのに。
僕もずっとぼんやりしていた。


両親と一緒に叔父のアパートの片付けに行った。
一組のせんべい布団に灰皿、テレビも雑誌もない。
殺風景な部屋の壁に写真が数枚貼り付けてあった。
父と母の結婚写真、作業着を着て足場で仲間達と笑う叔父、
尚子さんのスナックでマイクを握る叔父、
百日記念や七五三の僕、氷祭りで氷像と並ぶ僕、
民族衣装を着た叔父に抱えられる僕、
両親が送った中学校の制服を着た僕・・・。
ぼんやりしていた母が急に泣き出した。
「トシぃ・・・ごめんねえ・・ごめんねえ・・・」
同じく取り乱した僕は写真を片端から乱暴に剥がした。
(おじちゃん、僕はこんなに想われる資格なんかないんだ・・・)
父は何も言わず、写真を拾い集め袋に入れた。
片付けはすぐに終わってしまった。

あれから十数年、僕は札幌に住んでいる。
北海道にいれば否が応でもアイヌに関する情報は目に入ってくる。
僕は心に蓋をして無関係を装い、なんとか生きてきた。
職場で出会った女性と結婚し、男の子にも恵まれた。
父はとうに退官し、両親はまだ関東に住んでいる。
叔父が亡くなってから母は毎年8月には克子おばさんを頼って帰省するようになった。
お骨を寺ではなく合同の納骨堂に納めたからだと言う。
僕を誘うことはしなかった。
僕もあえて知らないふりをしていた。


「パパ、じいじから電話だよ。」
息子が子機を持ってきた。
「やあ、かわりないか?」
「ああ、元気だよ。どうしたの?孫と話すんじゃなかったの?」
からかうように言うと「いや、ちょっと頼みがあって。」と言う。
「母さんが腰を悪くして入院することになった。悪いがお前、
8月の慰霊祭いってくれないか?」
「慰霊祭?」


母の故郷の人たちは毎年8月に納骨堂の前で慰霊祭をしていると言う。
気乗りはしなかったが、父から「トシおじさんのためだから」と言われて
仕方なく出かけることにした。
特急に乗り久しぶりに来てみると、駅舎はすっかり新しくなっていた。
綺麗なその建物には、あの煤けたような人たちはいない。
それはそうだ、彼らを受け入れるような隙などないのだ。
僕はひとつ息を吐いてタクシーに乗り込んだ。


郊外の墓園に行くと、納骨堂の場所はすぐにわかった。
民族衣装を着た人たちが大勢集まっていたからだ。
気後れして遠くから見ていると、すっかり小さくなった克子おばさんが手を振っている。
いよいよとぼけるわけにも行かなくなって僕はおばさんの隣に行って頭を下げた。
「やいや、お母さん入院したんだもね?どんな様子?」
「ああ、すぐに退院できるみたいです。心配かけてすみません・・。」
「いや、なんもさあ。」
そのとき若い女性が来て「克子フチ、歌おねがい!」と声をかけた。
「はいはい、今いくよ。」よっこらしょと立ち上がり
「ここで見てなさいね」と言っておばさんは行ってしまった。
(歌・・・?慰霊祭で?)
不思議に思って見ていると、芝生の上で民族衣装を着た老若男女が並んでいる。
手拍子が始まり、踊りが始まった。
かつて叔父に連れられていった氷祭りで見た踊りが、夏の日差しの下、
以前より多くの人たちによって披露されている。
むかし見たときは中年以上の人が多かった気がする。
ところが今踊っているメンバーのほとんどが若者ばかりだ。

眩い光の下、色とりどりに刺繍された衣装をまとい女の子たちは
つやつやの髪を振って踊る。
小さな頃は怖かった踊りが今では美しいとさえ思う。
僕は呆然としながらも、踊りに見入っていた。

「はい、続きまして若手が踊ります。ク・リムセ、弓の舞でございます。」
ざわざわと指先から痺れるような感覚がした。
額にも背中にも汗がじわりと浮かび流れていく。
僕は恐る恐る踊り手を見て息を飲んだ。
ずんぐりとした体型にかりんとうのような眉、
眼光の鋭い男が弓矢を捧げ持っている。
(トシおじちゃん・・・?)
そんなわけは無いのに、僕は彼から目が離せなくなっていた。
恭しく祈りの所作をした後おばさんたちが歌い出した。
女性たちが手拍子をし男性たちはかけ声をかける。
若い男は逞しい足で大地を踏みしめ、弓を振った。
ずんぐりして見えた背中はきりっと伸び、
彼はずいぶんと大きく見えた。
優美とも言えるような慎重さで矢を弓につがえ、
鋭い眼差しで上を見る。
克子おばさんたちの歌に熱がこもる。
見ている人たちの間にも緊張が走る。
何度か弓矢を振るった後、彼は表情を少し緩め、
矢を納めた。
最後にまた祈りを捧げると、歌は止み彼は丁寧に弓をささげお辞儀をした。
たくさんの熱い拍手と歓声が彼に降り注いだ。
僕はいたたまれずその場を逃げ出したくなっていた。
僕なんかが見てはいけない。僕には見る資格が無い。
叔父の面影を持つ彼が叔父そっくりな舞を踊る。
彼はそれで良いのだろうか。叔父のような運命をたどったりしないのか。
様々な思いを巡らしているうちに舞踊はすべて終わっていた。


「やっちゃん、ちょっとこっちさおいで」
ようやく立ち上がり帰ろうとしていた僕を克子おばさんが呼び止めた。
見ると先ほどの若者と並んで立っている。
若者は僕が近寄るやいなや、「利光さんの甥っ子さんですよね?」と聞いてきた。
「・・・ああ、そうだけど・・。」
「ども、初めまして。佐藤隆夫って言います。あの、俺、
利光さんの踊りが好きで!直接会ったことは無いんだけど、ビデオで踊り見て、
かっこいいなあって思って!それでずっと利光さんの真似して練習してました。」
興奮しているのか頬を赤くして若者はまくし立てた。
「とくに氷祭りのやつ、最高でした!俺もあんな風に踊れるようになりたいんです。」
彼の笑顔が眩しい。僕は直視できず「ああ、そうなんだ・・・。」と呟いた。
君が憧れるその踊りを僕はこの目で見たんだ。
そしてその踊り手の末路も・・・。
「パパー!」
幼児の声に思わず目を向けると、くりくりした目の子どもを抱いた、
隆夫と同じくアイヌと思われる女性がにこにこしながら寄ってきた。
「あ、俺の女房です。おい、利光さんの甥っ子さんだよ。」
「ああ、どうも。うちの旦那ね、いっつもビデオ見せるんですよー。
私もあのおじさんの踊り大好き。いつかうちのチビにも覚えさせたいの。」
彼女も彼と同じような明るい笑顔を見せた。
・・・ああ、君たちは孤独では無いのか・・・。
ほかの若い踊り手たちも楽しげに軽口を叩きながら後片付けをしている。
「今日は会えて嬉しかったです。また良かったら慰霊祭来てください。」
隆夫が握手を求めて来た。僕も右手を差し出すと、
ごつごつとした両手に包まれた。
・・・君は手まで叔父にそっくりだ・・・。
「そんじゃ、また。」
若い夫婦は楽しげに微笑みあいながら去って行く。
「佐藤くん!」僕は思わず呼び止めた。
隆夫は目をきょろりとさせて振り向いた。
「君の踊りは、素晴らしかった!とても・・・素晴らしかったよ。
ありがとう。本当にありがとう。」
僕は自分の膝に手をついて頭を下げた。
「本当にありがとう・・・。」
秋めいた風が、ひゅうと僕の髪を揺らして行った。


(終)


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