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「許す」を越える。

さまざまな哲学、宗教、スピリチュアル的な学びの中で、「許す」というテーマにみなさんは出会われたことがあるのではないでしょうか。

特に親子関係、兄弟姉妹関係において、許すと楽になれるような出来事に出会われたかもしれませんね。そこでできた型を基本としていろいろな形にアレンジされたものを現実化してこられたでしょう。そして、成長するにつれて出来事の規模が大きくなります。最初につくった型と相似形(フラクタル)なものを創り出していることに、振り返ってみると気付かれるのではないでしょうか。

「思考は現実化する。100%例外なく」

私の思考がまずあって、それが現実化しているとすると、ひどい仕打ちをした継母、暴力的な父親、意地悪な姉、などなどがもしも存在するならば、それを生み出したのは自分自身という風に考えてみてください。

いやいや、あれを私が生み出しただなんて、認められない!

そりゃそうですよね。
わかります😢

でも、そうだとしたら…と考えてみてください。
その問題が深刻であればあるほど、解決したいですよね。

それとも、その苦しみから受けるメリットを私は受け取り続けたいんだ…と思ってみてください。

親に抑圧された、という思い出によって、自分の努力不足を誤魔化せる…とか、私には非がないのにいじめられたと思うことによって、自分のわがままさ、傲慢さを見つめ直さずにいられる…etc

そんなふうに考えられると、それをやめようと思われるはずです。

人はメリットしか選ばない

自分が傷ついた思い出を大切に大切にとっておきたいならば、それはメリットがあるからです。子ども時代の記憶はいいかげんで、確かなものではありません。さらに、自分の内面を映してくれている暴力的な存在は、自分の暴力性を引き受けてくれているとも言えます。

もうメリットはなくなっているのに、その幼い意図のことは忘れてしまっているので問題が残り続け、大きくなり続けていて、今の問題を生み出しているとしたら…嫌ですよね。

自分が全てを生み出した、と言うことを受け入れると、自分が生み出しておきながら、そもそも許すとかそういう問題?ということになりますよね。

自分はそんなに暴力的ではない!ひどいことを言うなー!!と普通は感じるかもしれません。自分を清らかな存在だと思いたいものですが、周りの現象に見えるエッセンスは必ず自分の中にもあります。

この世界を作り出しているのは自分自身です。自分が消えれば、世界は消えます。

そんな尊い存在であるあなたをいいとか悪いとか言ってる場合ではないですよね。ものすごいパワーの源であり、ある意味神です。

ですから、自分自身が思考し、世界を生み出しているという理論を受け入れることで、許すを越えられるんです😊

この理論を絶対だと私は言っているわけではありません。これは結構寂しいですよね。この理論をツールとして使いこなせたら、便利ですよね。

どんな世界を生み出しますか?
ワクワクしますね✨

許すは越える必要があります。ご両親を許す、という考えでは、ご両親の上に自分が立つことになります。もちろん、全てを生み出す神であるあなたですから、上に立つのは自然かもしれませんが、

ご自分の土台となるご両親の上に立つことは、土台をゆるゆるのふわふわにしてしまうことになり、大きく伸びていくときに不安定になります。

私ができている、ということでもないのですが💦、これは根本的に重要なことです。いつでも見直す必要があることになります。

「許す」を超えてみませんか?

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