見出し画像

談話お断わりJAZZ喫茶

上野のおばちゃんちはジャズ喫茶だった。

狭い間口の入り口の真っ黒塗り扉には‘談話お断り’と書いてある。
中は薄暗く大音量のジャズが流れている。

狭い間口の奥には厨房が少しだけ明るく見える。
つきあたりの壁上高くには
正面壁面を埋め尽くすくらいの大きなスピーカーが備えてある。
薄暗い細い通路の両側に2人がけ程度の真っ黒な皮シートの座席が並ぶ。

ジャズを聴くだけのために訪れる場所なのだ。

メニューはブルーマウンテン珈琲とロールケーキ、
そしてソフトクリームのみ。

リクエストカードを渡すと好きな曲が、
家では聴くことのできない音質と音量で聴くことができる。

いや酔うことができるのであろう。
と子ども心に感じたものだ。


幼いわたしが上野のおばちゃんちを訪ねる時には
ジャズ喫茶の正面入り口からしずか〜に音を立てずに入り、
入ってすぐの左側にあるカウンターにいる
おばちゃんの息子Jちゃんに一礼する。
Jちゃんの後ろには沢山のレコードが並んでいる。

足音をさせないように厨房奥にいるおばちゃんのところへ向かう。
ジャズに聞き入っているのか、眠っているのか
何かの世界の中に浸っているお客さんの前を通っていく。

全盛期には喜劇俳優もよく訪れ、
座席もいっぱいに埋まっていたそうだが、
昭和40〜50年にはジャズ喫茶も下火になっていたので
お客さんはポツポツだった。

厨房の奥のコンクリのタタキを通りぬけ
和室のガラス戸を開けておばちゃんを呼ぶ。
訪ねるときには大抵父と一緒に行くが、おばちゃんを呼ぶなり、
2階からおばちゃんが降りてくる前に
勝手知ったる4畳半ほどの畳の部屋に上がり、
仏様にお線香をあげる。
部屋の周囲にはところ狭しと
レコードがぎっしり入った段ボールが置いてある。

その畳の部屋で父は珈琲、
わたしはアイスクリームスタンドにのった
小ぶりのソフトクリームをいただく。

異空間なジャズ喫茶のそのまた奥で
大人の世界を覗いたような
なにか心地よかった感覚を覚えている。

※親戚には喫茶店が多かった。面白いほどコンセプトはそれぞれだった。



よろしければサポートお願いします。栄養士・管理栄養士の仕事が社会の中でより意味のあるものになる活動に使います。