見出し画像

「甘くないラテと恋の話」上演台本

2016年上演
HitoYasuMi Vol5.「甘くないラテと恋の話

作/大村仁望


・登場人物

伊智子(いちこ)29歳…三好家の長女。看護師の仕事をしている  
芙実(ふみ)27歳…三好家の次女。保健室の先生。
紗苗(さなえ)25歳…三好家の三女。末っ子。フリーター   

長谷川(29)…伊智子の大学の同級生。初恋の人。  
丸尾(27)…芙実の同棲相手。居酒屋でバイトしている。   


◯開演前

    カフェ。
    芙実、アイスラテを飲みながら携帯を触ったり
    スケジュール帳をひらいたりしながら時間を潰してる。
    大きな荷物を持っている。

   〜開演10分前〜
    伊智子入り。

店員  「一名様ですか?」

伊智子 「待ち合わせなんですけど」

芙実  「いっちゃん」

     伊智子、舞台上の席に座る。

伊智子 「紗苗は?」

芙実  「まだ。あの子道わかんないかもね」

     伊智子、芙実、雑談をしている。

     注文したラテが来る。伊智子、ガムシロ2つ入れる。

    〜開演5分前〜

芙実  「(着信)紗苗だ。もしもし、駅着いた?」

     芙実、外へ出て煙草を吸いながら紗苗に駅からの道順を
     説明している。

     同時に前説。

    以下、芙実と前説の台詞は同時進行だが芙実の声は外なので
    ほとんど客席には聞こえない。

芙実  「(外で同時に)まず南口向かって。何線で来たの?井の頭?そしたらまず階段下りるでしょ?え?もう降りた?壁のところに『南口』って書いてあるでしょ?・・・そっち行ったらダメ。そこ行き止まり。今改良工事してるから。そうなの。あたしも来る度駅の中で迷子になりそうになる。とにかく人の流れに乗って。そう、でもそこで左に行くと北口出ちゃう。うん、北口は、そう。カルディある方。今日はマックの方。気をつけて。んで改札見えた?そしたらマックと工事中のビルの間の商店街まっすぐ行って。あ、もうね、銀たこないの。・・・うんクロワッサンたい焼きもないの。そう。下北そういう町なの。ファッキンは不動。そう、そのレジェンドファッキンを右手に真っ直ぐ。そう、下北ケージとかってとこ右手に。圭次じゃないの。圭次は、もういいの・・・」

前説  「(中で同時に)本日はHitoYasuMi Vol5『甘くないラテと恋の話』にご来場下さいまして誠にありがとうございます。開演に先立ちましてお客様にいくつかお願いごとがございます。携帯電話など音の鳴る電子機器をお持ちのお客様は電源をお切り下さいますようお願いいたします。なお本公演の上演時間は一時間弱を予定しております。途中休憩等はございませんのであらかじめ御用はお済ませ下さいますようお願いいたします。それではもう間もなく…というか、もう開演しております。もう一人の役者が入ってきたら本編が始まりますのでお手洗いなどは今のうちにお済ませ下さい。それでは最後までゆっくりお過ごし下さいませ」

芙実 「あ、ローソン見えた?そしたらそのまま真っ直ぐ行って。んでスズナリって劇場の向かって右側。あ、待って。ローソンでアメスピ買ってきて。緑のやつ。うん。よろしく。はーい」

     芙実、煙草を消し店内に戻ってくる。
    〜開演〜

◯定例会議①

伊智子「(煙草)辞めたんじゃなかったの?」

芙実 「いやあなかなか。でも今度こそ辞めるよ」

伊智子「ここ禁煙だからね」

芙実 「わかってるよ」

伊智子「マルオ君も吸ってるんだっけ」

芙実 「ん~やめたのかな」

伊智子「元気?」

芙実 「んー。多分」

伊智子「多分ってなによ」

芙実 「あいついつも顔色悪いからね」

伊智子「色黒なだけでしょ」

芙実 「最近家でも顔合わせてなかったし」

伊智子「…もう慣れた?保健室」

芙実 「そうね。二学期入ってちょっとばたばたしてるけど。看護とはまた違う楽しさがあるね」

伊智子「そう」

芙実 「いっちゃんは?相変わらず?」

伊智子「そうね。なにも変わらない」

芙実 「…嘘だね」

伊智子「え?」

芙実 「何かあったでしょ」

伊智子「なんでよ。何もないよ」

芙実 「ほんとに?」

伊智子「そうよ。毎日血圧と体温計って点滴して配膳したら自分のお弁当食べて午後また測定して夜勤に申し送りして6時に上がってって。もう十年はそんな生活よ」

芙実 「仕事じゃなくて。プライベートだよ」

伊智子「なにもないよ」

芙実 「…化粧さあ、いつもより丁寧じゃない?」

伊智子「そんなこと…」

芙実 「今までそんな色つけなかったし。なに、若い先生でも入ったの?」

伊智子「たまたま気に入っただけよ。化粧が違う理由を勘ぐるのやめて」

芙実 「昔から見てたんだからわかるよ~。いっちゃんも紗苗も昔からそうじゃん」

伊智子「それはあんたでしょ?高校の頃、好きな子が浜崎あゆみのファンだって言うから金髪のショートにしたりしてさ。その顔で」

芙実 「その顔って、同じような顔でしょ」

伊智子「芙実はお父さん似だからね」

芙実 「…いっちゃんだって大学の頃服の趣味急におかしくなったたじゃん。長谷川先輩と同じサークル入ってすぐだよ。ほらあの、網タイツ?あんなの履いちゃってさ!」

伊智子「あの頃は流行ってたから。みんな履いてたのよ」

芙実 「そうお?あたし『すんげーな』って見てたよ。紗苗もびびって『勇者だね』とか言ってたよ」

伊智子「いいじゃないそんな時期があったって。紗苗とは連絡とってたの?」

芙実 「こないだ電話した。色々あったみたいだよ。どうする?紹介したい人ができたとか言ってきたら?」

伊智子「さすがにそれはないでしょ」

芙実 「もう二十五だよ。あってもおかしくないでしょ」

伊智子「だって、手芸サークルで大人しく編み物してるような子よ?職場も女の人ばっかりなんでしょ」

芙実 「ああいう子に限って、男に入れ込んでるもんだよ。…方言なんかうつってたりしてさ」

伊智子「まさか」 

   紗苗入り。

紗苗 「どこやねんリーディングカフェって。むっちゃ道迷ったわあ。こんなマンションの一階にカフェ入ってるとかおかしいやろ」

伊智子「おかしいのはその関西弁でしょ!」

紗苗 「いっちゃん。久しぶりやねえ!」

芙実 「紗苗、わかった?」

紗苗 「これやろ?(煙草)」

芙実 「違うっ。メンソールがよかったのに」

紗苗 「ええやん別に。そしたらこれを期に煙草なん辞めたら?」

伊智子「ちょっと」

紗苗 「なんやの」

芙実 「男でしょ」

伊智子「え…」

芙実 「いいじゃない。関西人?大阪、兵庫?」

伊智子「紗苗…関西人の男と…」

紗苗 「いっちゃん何をショック受けとんの?」

伊智子「髪もそんな色にして…」

    紗苗、派手なメイクに髪色である。

紗苗 「似合ってんやろ?」

芙実 「微妙に気持ち悪い関西弁ね」

伊智子「こんなに影響受けやすい子だとは思ってなかった」

芙実 「だっていっちゃんの妹だよ?」

紗苗 「え?いっちゃん何かあったの?」

伊智子「あたしは何もなか!」

芙実 「いっちゃん博多弁」

紗苗 「いっちゃん結婚すんの?」

伊智子「なんでそうなるのよ」

紗苗 「いや、そろそろやっぱりそういうのあってもいいのかなとか」

伊智子「それより紗苗。今日は話したいことあるんじゃないの?なんなの?関西にでも引っ越すの?」

   紗苗、芙実を見る

芙実 「なに」

紗苗 「私の話より、いっちゃんの話の方が気になるよねえ」

伊智子「なんでよ」

芙実 「確かに今日はグロスがテロテロしてるもんね。なんでなの?」

紗苗 「教えてぇや、いっちゃん」

伊智子「だからやめなさいその関西弁」

芙実 「いっちゃん。本編の時間だよ」

伊智子「何よ本編って」

紗苗 「これより三好三姉妹定例会議を行います!」

芙実 「議題は『いっちゃんの化粧がいつもと違うのは何故』です」

   芙実、おもむろに立ち上がりステレオから音楽を流す。

   紗苗も立ち上がる。

紗苗 「で、どうなの」

芙実 「いっちゃんだけ男の人と何もないなんてそんなわけないでしょう」

伊智子「あたしのことはほっといて」

紗苗 「どうして」

伊智子「彼氏が欲しいとも思わないし、変に期待して舞い上がって失敗してみたいなのはもうたくさんなの」

紗苗 「よく言うよ。いっちゃんが一番お姫様願望強いのあたし知ってるもん」

伊智子「なんでよ」

紗苗 「なんだっけ、少コミ?よく読んでたじゃん」

芙実 「ハーレクイーンだよ」

伊智子「江國香織だから!」

紗苗 「変わらないじゃん」

伊智子「どこがよ」

芙・紗「最近、何かあったんでしょ」

   めくり「ファーストラヴ」

「ファーストラヴ」

    伊智子、独白。

伊智子「姉妹って嫌になる。何かあると誤魔化せない。干渉するわけじゃないけど、会えば妹たちは私をいじってくる。私が三十を超えてからとくにそう。『彼氏は?結婚は?』…私が恋愛にコンプレックスを持ってることを二人は気づいているのだ。同じ姉妹なのに男と同棲してる芙実やいつのまにか関西弁を使ってる紗苗と私は違う。小さい頃から長女として厳しく育った私は、看護の仕事に励み、堅実な道を進みはしたものの、男性とどう向き合えば恋愛というものが始まり終わっていくのか、そのプロセスがわからなかった。年齢を重ねれば勝手に自分にも出会いや別れが用意されてるものだと思ってたのに、気になる人ができてもアプローチの仕方がわからない。私に声をかけてくるのは職場にいる、ヨボヨボのおじいさんばかり。恋愛の自己啓発本なんて恥ずかしくて買えない。もちろん妹達に相談なんかできない。そんな私の恋愛氷河期にとうとう春を告げる嵐がやってきたのだ」

    長谷川、ドアの前に立っている。

伊智子「大学の頃ずっと憧れていた長谷川君。彼の横顔を眺めてたい、それだけの理由で全くできもしない同じテニスサークルに入ったのが十年前。何も言えないまま卒業して時は過ぎ、先週彼を病院の受付で見た時、私は確かに一瞬呼吸が止まった。濁流のように思い出が溢れて、その時私は大学生の自分に戻っていた。そんな彼が『久しぶり』と声をかけてくれてそれから私たちはラインを交換し会う約束までし…その日を迎えるまでの一週間!私は一生分の女性ホルモンを使い果たしたんじゃないかとすら思う」

    長谷川、入ってくる。

長谷川「ごめん、待った?」

伊智子「今来たとこ。席、ここでいい?」

長谷川「うん」

伊智子「長谷川君、あの、今日はありがとう」

長谷川「とんでもない。いいカフェだね。よく来るの?」

伊智子「妹が教えてくれて・・・たまに三人でこここ来るの」

店員 「ご注文お決まりですか?」

長谷川「アイスコーヒーで」

店員 「かしこまりました」

長谷川「…伊智子」

伊智子「はい!」

長谷川「…懐かしいな」

伊智子「え?うん!」

長谷川「元気してた?こないだはゆっくり話せなかったから」

伊智子「元気…だった。長谷川君は、風邪もう治った?」

長谷川「全然、大したことなかったよ」

伊智子「よかった。あの辺に住んでるの?」

長谷川「実家が神宮なんだ」

伊智子「そうだったんだ。仕事もあの辺で?」

長谷川「仕事は色んな場所に行くんだけど、家が不動産やってるからあのへんでたまに手伝ったりしてる。伊智子は実家から通ってるの?」

伊智子「ううん、私は海老名で一人暮らししながら通ってる」

長谷川「じゃあ今日はわざわざこっちまで出てきてくれたんだ。なんか申し訳ないね」

伊智子「や、ぜんぜん。あたしも長谷川君に会いたかったし」

長谷川「ん?」

伊智子「いやいやその、卒業してから全然会ってなかったから」

長谷川「そうだよなぁ。伊智子、SNSもやってないし。サークルのやつらとたまに会うんだけど誰も伊智子のこと知らないって言うからさ」

伊智子「みんなは、元気?」

長谷川「そうだね、もうだいたい結婚して子供も生まれてたりするけど」

伊智子「長谷川君は?」

長谷川「俺は、まだ」

伊智子「相手は?」

長谷川「伊智子は?」

伊智子「…私は全然」

長谷川「じゃあ一緒だね」

   伊智子、どぎまぎしながら飲み物を飲む

   店員 「お待たせいたしました。アイスコーヒーです。伝票失礼致します」

    店員、長谷川に飲み物を提供する

長谷川「ありがとう」

   奥から店員の声が聞こえる

店員 「あの人けっこうタイプかも」

店員2 「え、あの人?・・・あ~爽やかだね・・・」

    伊智子、ゆっくり長谷川を見て

伊智子「長谷川君…変わらないね」

長谷川「そう?もうおじさんだよ」

伊智子「そんなことない。彼女いないなんて嘘でしょ」

長谷川「もう一年くらいいないよ」

伊智子「大学の頃とかいつも女の子といたのに」

長谷川「あー。でもみんな友達だよ。好きな子とは付き合えないまま終わったし」

伊智子「…へえ。そうだったんだ。ちなみに誰が好きだったの?」

長谷川「…。わかんなかった?」

伊智子「え?」

長谷川「いや、内緒にしとく」

伊智子「え?」

長谷川「卒業してからずっとあそこで働いてるの?」

伊智子「…なんとか続いてる。夜勤に残業ばっかで大変だけど」

長谷川「そっか。テニスは?やってる?」

伊智子「サークルやめてから全く。ていうか、やってた頃もどっちかっていうとゼミが忙しかったから」

長谷川「ほんと…なんで飲みサーに、こんな真面目な女の子が来てるんだろうって思ったもんな」

伊智子「はは…。長谷川君はまだテニスやってるの?」

長谷川「いや、俺も全く。でも最近ボルタリング始めたよ」

伊智子「あ、あの壁を登る」

長谷川「そうそう。ウェイトも管理しないといけないんだけど、それも含めて楽しいよ」

伊智子「いいね。私そういうの全然やらないから…」

長谷川「…ちょっと…」

伊智子「あ、うん、そうちょっと、太った、かな」

長谷川「や、そうじゃないけど」

伊智子「社会人になってさ、おいしいものとかいっぱい食べれるようになるじゃん。私あんまり他にかけるものもないし、食べることばっかだな、夜勤終わってラーメンとかも行っちゃうし、はは」

長谷川「今ぐらいがちょうどいいんじゃない?」

伊智子「え?」

長谷川「俺はそれぐらいがいいと思うけど」

伊智子「え?いやあ…え?」

長谷川「伊智子、肌も綺麗だし。ちゃんと手入れしてんだね」

伊智子「…」

長谷川「あ、なんかセクハラっぽいね。ごめん」

伊智子「いやいやそんなことははは」

   間。

伊智子「そ、そろそろ時間大丈夫?」

長谷川「え?今来たばっかだよ」

伊智子「あ、そうか。そうだよね」

長谷川「伊智子、予定あるの?」

伊智子「ないない明日夜勤だから明日の夕方までむしろ何もない」

長谷川「そっか。じゃあゆっくりできるね」

伊智子「そ、そうだねもてあますね…」

長谷川「…伊智子」

伊智子「い?」

長谷川「もしかして、誘ったの迷惑だった?」

伊智子「いやいやそんなことは全く」

長谷川「ほんと、気使わないで」

伊智子「ご、ごめん。違うの私…変だね。緊張しちゃって」

長谷川「緊張?」

伊智子「私さ…大学の頃だけど、ちょっと…ちょっとだけ、長谷川君のこと……す…」

長谷川「…す?」

伊智子「…すぅん…や、うん、あの、ちょっと、なんか…いい、と思ってたから」

長谷川「ちょっとなんか、いい…」

伊智子「いや、ちょっとなんかっていうか、けっこうまあいいなと思ってたものだから」

長谷川「(少し笑って)…そっか。嬉しいな」

伊智子「長谷川君、スポーツ万能だし優しいし。それに比べあの頃の私なんてビン底メガネにテンパで謎にミニスカートで」

長谷川「そうだったね。それで網タイツ履いて、片手には医学書持ってたよね」

伊智子「ね。…キモいね!」

長谷川「そんなことないって!」

伊智子「完全間違った方向に大学デビューしてたよ」

長谷川「でも…。こないだ久々に会って、病院で働いてるの見てかっこいいなって思ったよ」

伊智子「え!」

長谷川「似合ってたよ、ナース服。でも、今日は今日で、すごく女性らしくていいね」

伊智子「そんなこと…」

長谷川「…伊智子は自分に自信が無い?」

伊智子「え?」

長谷川「伊智子は綺麗だよ」

伊智子「…」

長谷川「でも、もっと綺麗になれるかな」

伊智子「え…」

長谷川「できたら、俺に手伝わせて欲しい」

   長谷川、伊智子の手に自分の手を重ねる

伊智子「・・・!!」

長谷川「・・・オーガニックとか興味ある?」

伊智子「……?」

ここから先は

14,286字

¥ 1,000

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

よろしければサポートしていただけると嬉しいです。 いただいたサポートは今後の執筆活動、創作活動に充てさせて頂きます。