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『やけセブンティーンアイス』

 
 通勤で利用している職場から最寄り駅の改札を出たところに、セブンティーンアイスの自動販売機がある。夏の時期に残業で帰りが遅くなった時は、吸い寄せられるようにしてそこでアイスを買ってしまうことが多いのだが、(まんまと江崎グリコ株式会社 御中の手のひらで踊らされている)それは決して頑張った自分へのご褒美だとかそのような優雅で余裕のあるものなんかではなく、クタクタな身体への糖分摂取とまだ半押し状態でオンになっている頭を加速的にオフにしていく意味合いが強いように思う。
 かといって、令和においては一番安くても一個百七十円するセブンティーンアイスを仕事帰りに毎日味わうなどという、浮世離れした贅沢な営みを日頃から送れるほどの上層階級に属しているわけが勿論ない。また、純粋なセブンティーンアイスファンだと呼ぶにも到底及ばず、一歩踏み外せば健康面及び金銭面などを皮切りにして、蟻地獄のようにセブンテーンアイスによってこの身さえ滅ぼしかねない。(何事も按配が重要だと言いたい)
 
 仕事帰りにセブンティーンアイスを購買するというこの行為は、人並みに仕事などで「やってられっか!」とやけになりそうな時に噴出する復讐と背徳にまみれた社会へのアンチテーゼも意味しているように思う。すなわち、これはセブンティーンアイスを片手に掲げた反逆であり抵抗なのだ。生きてりゃそりゃ、時にやけになってセブンティーンアイスをかっ喰らいたい夜だってあるはず。それにしても本来、束の間の癒しを与えてくれるはずのセブンティーンアイスによって生活が少しずつ音を立てながら荒みつつあるなんて、本末転倒にも程がある。こいつは、悔い改めねばならない。


 二十時過ぎまで残業をしたら駅の自動販売機でセブンティーンアイスを買っても良しとする


 例の如く残業で帰りが遅くなった日の仕事帰りに、セブンティーンアイスの自動販売機でミルクあずきモナカを買って駅のホームでぼけーっとしながら食べていたとある夏の夜、ふとそのように心で誓った。このままでは一種麻薬的にセブンティーンアイスとともに堕ちていくことは明白だったため、いよいよこの歪みつつある関係を見直さねばならぬ時期に差し掛かっていることには薄々勘づいていた。(実は今までもセブンティーンアイスの自動販売機を見かけることがあると、時々買うことがあった。ちなみに選ぶフレーバーは今までキャラメルリボン率が高かったが、最近は主にカスタードプリン、ブルーベリーのチーズケーキ、はたまたチョコナッツバニラモナカとミルクあずきモナカのモナカ勢も重要な選択肢としてその日の気分でフレーバーをチョイスしている傾向がある)2023年夏 心の幕府よりセブンティーンアイス抑制令を発布。
 そもそもまだ帰宅ラッシュ真っ只中の人混みの十八時台から十九時台の駅のホームでセブンティーンアイスを食べるのは、どこか場違いで落ち着かない。むしろ、何だか気が引ける。そういえば、駅に自動販売機が設置されているにも関わらず、駅のホームで同じようにセブンティーンアイスを独りでに食べている大人を見たことがない。やはり、少数派なのか。駅のホームで食べるものではないというのか。人知れず、どこかの駅のホームでセブンティーンアイスを片手に肩身の狭い思いをしている同志たちよ! 至急応答せよ!

 無気力な状態で、機械的にミルクあずきモナカにかぶりつきながら駅のホームで電車を待っている。自動販売機にお金を入れた時は半ばやけ気味だったはずなのに、しっとりとしたモナカの歯触りの後、冷たくて優しいミルクと粒あんの和風テイストの甘みが口の中いっぱいに広がって全身を駆け巡り脳内に伝達されると、少しずつ肩の力が抜けていってようやくホッと一息つく。
 
 夏の終わり、ふと気づけば辺りからエンマコオロギの鳴き声が聞こえ始めている。

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