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『バタースプーンの魔術師』⁡

 今住んでいる賃貸マンションに引っ越してもうすぐ一年が経過しようとしているわけであるが、この間にバタースプーンを既に二本紛失している。しかも、そのバタースプーン二本とも共通して洗った後にキッチンに元々備え付けられている水切りラックで乾燥させておいたのを最後に消息を経っており、不可解極まりない。この決して広くない1Kの一室でバタースプーンを二本も紛失してしまうなんて我ながらどうにも信じがたく、もはや毎朝バタースプーンでトーストにバターを塗りたくっていたあの日々さえも幻影だったのではないかと疑念を抱き始めてさえいる。そして、一度ではなく二度まるでバタースプーンに狙いをすましたかのようなこの怪奇現象を目の当たりにしたことにより、遂には神隠しにあったのではないかと推察するようにもなった。これは、振り切れないカルマなのか。あたり前のようにトーストにバターを塗りたくらせてくれたあの日々とともにその姿を消した二本のバタースプーンのことを想うと、いたたまれない。

 もしも仮に神隠しでないとするのなら、ここで急浮上してくるのがバタースプーンの魔術師の黒魔術の仕業である。バタースプーンの魔術師は、その名の如くフォークにもマドラーにも目もくれず、ましてや菜箸の一本だけとか計量スプーンの大さじだけとかそういった陰湿さも持ち合わせておらず、スパッと潔くバタースプーンだけを消しにくる性分だろうから、今回のこの未だ科学的にも立証されていない事象を引き起こした張本人として本命視すべきだ。どっちにしても恐い……恐過ぎるんですけど。

 二代目のバタースプーンが消えてからそのバタースプーンの魔術師の黒魔術にすっかりへっぴり腰の筆者は、三代目バタースプーンを未だに買い直すことができていない。今日もまたその恐怖におののきながら、ティースプーンでトーストにバターを塗っています。


文・ひとくちギョウザ

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