見出し画像

カラ元気

「アイツなら適任だよ」
彼はそう言った。
会社組織がいきなり大幅に変わり、人事異動が言い渡され、彼の同僚が昇進したのだ。
同時に彼はヒラ営業に降格した。
二人は入社時から仲が良く、将来は会社を担うコンビになるなと冗談で言われる事も多かったし、誰もが実際そうなるんだろうなと思っていた。

前回の人事で、彼の同僚は一番店を任され、彼は立て直しのために売上の悪い店に異動した。
それからすぐ、上層組織の顔ぶれが丸ごと入れ替わり、会社が始めたのは人員整理だった。
その時点での担当店舗の成績のみで判断された人事に、周囲の誰もが彼に同情した。
彼のために掛け合ってくれた上司もいたけれど、会社も生き残りのために必死だった。
「いや、俺にもまだできることがあったはずだから....」
そう言って、私を心配させまいとする彼の営業スマイルに胸が潰れそうだった。

30歳もなかばにしてやっと、ほぼほぼニートから脱したばかりの私に社会の色々を教えてくれたのが彼だった。
彼は仕事の不安だけではなく、長かったニートで萎縮した私の心も解きほぐしてくれた。直接仕事で関わることはなかったから、先輩というより友達に近い、正直に言うときっとお互いそれ以上に心を許し合える存在だった。
たまに顔を合わせる程度だったけど、彼が遠くからいつも気にかけてくれているのは感じていた。

年上の仕事ができる明るい営業マン。
悩みないでしょ?と聞くと
「あるよー、でもさ、営業マンだし、そこはもうカラ元気カラ元気!」
ガッツポーズを決めていつもの大きな笑い声で場を盛り上げる。
こんな彼だから、成績が良いのも頷ける。
こういう人が人望の厚い人と言われるようになるんだなと私は思っていた。

異動の話を聞いた時、いつも私が元気づけられてばかりだったから、こんな時くらい何かをしてあげたいと思ったけど、私にできることなんて何もなさそうだった。
どんな慰めも見つからない。
彼はいつも、私に仕事や人生を乗り切る方法を背中で見せてくれていた。
そんな彼に、私から言ってあげられることなんてなかった。

彼と話す時間が訪れた時、「辞めてやろうかと思った時もあったよ」と笑いながらポロリと本音を漏らした直後、気まずい沈黙にならないように、彼は昨日のお笑い番組の話をしようとした。

「あのさ」
私はうつ向いて話を遮った。

「どうしたの?」
「あのさ、私、いつも貴方の真似をしてきたんだよね、仕事に限らず悩んだ時に。落ち込みそうになったら、カラ元気カラ元気!とか。」
「そうなんだ、なんか嬉しいな、でもこんなヤツの真似しちゃって大丈夫かなぁ」
いつもの笑い声が少し照れているように感じた。

「でね、私はそうやって貴方の真似をして、ちゃんと会社員ができるようになってきたんだよ。でもいつか、とんでもなく大きな壁にぶち当たる時も来ると思うんだよね」
「うん」
「でも、そんな風にどうしようもなくて本当に困った時にも、きっと私は貴方の姿を思い出して、真似をするんだと思う。そして、乗り越えていくんだと思う。」

「そうか....」
少しの間があいた後、彼は言った。


彼は新しい配属先でも努めて明るく振る舞い、評判は上々だった。
本当はカラ元気を通り越した無理やりの笑顔だったに違いない。
それでも彼は、その状況の中で楽しめる要素を見つけ出し、いつしか本当に楽しんでいるようだった。


それから一年後、前回昇進した同僚と肩を並べるポジションに彼は抜擢された。
周囲の誰もが、「そりゃそうだよ!」と彼に言った。
「いやー、たまたま運が良かっただけだよ」
いつもの笑顔でそう言って、さわやかに立ち去る彼の背中を私は見送った。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?