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【短編小説】タイムトラベラーイトー
「こういう感じになるのも飲み会ならではだよね。」
自称タイムトラベラーのイトーさんが甘エビの尻尾を小皿の縁に置きながら話す。イトーさんは誰かの知り合いなのか、こうやってたまに会社の飲み会に参加する。どういう人かは分からないけど楽しい話をする人だ。
今日の飲み会はマリさんの失恋話が盛り上がってしまい、共感して泣く女性社員とそれをなんとかしようと無理するおじさん社員と、どうして良いのか分からずおろおろする男性社員が混じり合う、不思議な雰囲気になった。
自分のことで楽しいはずの飲み会がこんな風になってしまい申し訳ないと泣くマリさんと、それを慰める女性社員、励ます女性社員、それを応援するおじさん社員、場を明るくしようと奇声をあげたものの尻すぼみになる男性社員、それを眺める課長とイトーさん。お酒の追加を頼む私。
よくある酒の席ではある。
「時間移動できると言っても、その日その時間に何が起きたかは記録に残る事件でもなきゃ分からないわけ。酒の席での喧嘩が警察沙汰になったら分かるかもだけど。時間を移動できても予知はできないんだ。過去のことを予知するというのも不思議な話だけどね。」
イトーさんの小皿に甘エビの尻尾が並ぶ。イトーさんは刺身が大好きだ。
「タイムスリップできるようになって分かったことは、その時間にその人が存在したということを消すことはできないということなんだ。過去に行けるようになった。過去にその人が存在することになった。それは変えられない。そうすることで時間移動の規則がどんどん厳しくなっていった。なのでこんな風に飲み会にこっそり混ぜてもらってお刺身をご馳走になるくらいしか楽しいことなんて無いんだよ。」
イトーさんはタイムトラベラーならではの視点でもっともらしいことを言うけれど、誰でも考えれば分かるようなことしか言わない。ボロを出さないとも言えるし、ボロを出してはいけないという規則があるらしいのだけど、課長も私も話の面白い刺身が好きな人としか思ってない。
「大事なことはその時間にその人がいたということなんだよ。もう会えない会わない人かも知れないけれど、間違いなくそこにその人はいた。それがとても大事なことだ。それは変わらないんだ。」
「その時間にその人がいたことは絶対に変えることができないんだ。その人とこの先もう会わないとしても、それまでの時間は消えて無くなることはないんだ。僕が保証する。」
イトーさんが似たようなことを何度か口にする。何か練習しているようだ。もしかしたらそれでマリさんを慰めようと思っているのかも知れない。
マリさんはイトーさんが自称タイムトラベラーだと知らない。それが突然そんなことを言われても絶対に何のことか分からない。良いこと言いたいだけのおじさんに何か言われただけになる。
「イトーさん、それでマリさん慰めようと思うなら、止めといた方がいいですよ。意味分からないです。」
「やや!ここに予知能力者がいたとは!」
私に言われて気づいた照れ隠しか、甘エビをまとめて口に放り込んでむせた。本当にタイムトラベラーだとしても、イトーさんはただのおじさんだ。
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