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やさしさから生まれる、サウンドデザイン。

多くのナレーターが自宅収録(宅録)に対応したコロナ禍。音声編集ソフトや機材を手元に揃えたことから、ナレーターによっては音声のノイズ除去やBGM挿入といった初心者レベル以上の編集作業を手掛けている方も少なくない。またコロナ禍に「宅録ナレーター」としてキャリアをスタートさせた方は、宅録の需要が増えている分スタジオ収録の経験を積む機会に恵まれていないかもしれない。

今回はサウンドデザイナーの末次亮介さんに「現場と家での音作り」についてお話を伺った。これを読めば

・サウンドデザイナーのお仕事

・自分を助ける現場での振る舞い

・ボイスサンプルに加えるべき音響効果

について大部分を理解できるだろう。より良いナレーション、そして作品作りのために、知見を活かしてほしい。


末次亮介(すえつぐ・りょうすけ)/サウンドデザイナー。音楽・映像の総合ポスプロにて経験を積んだ後に独立。現在は広告映像をメインに活動。都内のスタジオを拠点に現場録音から音響効果、MIXまで音周りのトータルコーディネートを得意としている。仕事のモットーは「Faster, Smarter, More Creative」。 


末次さんのプロフィールを教えてください

小学生の頃はサッカーと水泳に打ち込んでいました。中学生の頃にエレキギターを買い、友達とバンドを組みました。同時期にMacを買って内蔵の音楽編集ソフト「Garage Band」をいじるようになり、自分の演奏を録音したり編集したりと夢中になって遊びました。そのうちに「こういうソフトを作ってみたい」と思い、ソフト作りのためのプログラミングを学べる工学系の高等専門学校(高専)に進学します。

ですがプログラミングを学んでみても、いまいちセンスがあるとは思えない。そこで初めて「自分はソフトを作るんじゃなくて、ハードも含めて音作りをする方が向いている」と気づくんです。結局高専に3年通った後は音響芸術専門学校に進み、いわゆる「録音」「PA」の技術を学びます。

21歳で卒業した後は、ポストプロダクション(撮影後に映像や音声の仕上げ作業全般を行う組織、以下ポスプロ)に就職しました。学生時代にバンドを組んでいたので本当は音楽レコーディング系の道に進もうと思い、都内のレコーディングスタジオ狙いで就活をしましたが、中々結果に結びつかない。どうしようかと思った矢先にMAミキサーの枠で一つ募集があって、ご縁がつながり入社となりました。

MAミキサーのお仕事について、詳しくは阿部雄太さんの記事へ↓


ポスプロ入社後は広告やオンエア物などを中心に幅広く関わらせていただきました。意外なことに、高専時代にプログラミングをはじめとした電子工学を学んだことが音を理論的に理解する上でかなり役立ったんです。思いがけない副産物でした。

今はフリーとなり、CMをはじめとした広告系のサウンドデザインを多く手がけています。その関係で以前この連載に登場していた上野アキトさんとご一緒することも多いです。

上野アキトさんの記事はこちら↓


「サウンドデザイナー」とは具体的にどんなお仕事ですか

一言で言えば、作品意図に沿って音響効果・MIXの中で演出を加えていく仕事です。サウンドデザイナーというとやはり音響効果のイメージが強いですが、実はミキシングも大切なお仕事なんです。今回はそのMIXの話をしようかと思います。

今は一つの映像をテレビやWEBなど複数媒体で流します。そこでは媒体ごとに、よく聴こえるサウンドミックスの仕方が異なるんです。

テレビに流すときに気にしなきゃいけないのが「ラウドネス値」。放送コンテンツの音を揃えるために生まれた、人間の聴覚に沿った基準です。今までは0.3秒単位で動く音量メーターの動きを気にしていればよかったので、コンテンツを目立たせたい時はとにかく音を詰め込んでボリュームを上げる”音圧競争”でした。しかしそれでは耳に優しくないし、バランスとしては良いとは言えないMIXです。まずはコンテンツとして質の良いMIXができるようにするために「ラウドネス」という基準が設けられました。


「一般社団法人 日本民間放送連盟(民放連)」ラウドネス関連資料より引用


ラウドネスというのはコンテンツ全体尺を通じた音量の平均値を表す単位です。簡単に言えば、映像の尺ごとに与えられる水槽の大きさが決まり、高音域だと大きな値に、低音域だと小さな値になります。一つのコンテンツに与えられる水槽の限界値を100だとすると、そこを越えないように水を注がなければいけない。それをずっと同じ量で注ぐか、最初は抑えめにして最後にドバッと注ぎ足すか。そこが腕の見せ所です。

特にテレビのCMは30秒、15秒と短いものが多い。すると長尺の映像よりもずっと綿密にラウドネス値のバランスを設計しなければいけません。例えば某スマートフォンのCMは序盤から中盤までずっと静かで、ラストにナレーションが来ます。これはラウドネス的には非常に効果的な作り方ですし、また最後の商品名が際立って聞こえます。他のコンテンツとどう差別化し、いかに良いミックスにするかをいつも意識しています。


技術職ならではのワークスタイルはありますか

サウンドデザイナーごとに得意なジャンルが比較的はっきりと分かれています。映画が得意な人、広告、番組、アニメなど様々。全部手がけている人もいますが、かなり少ないと思います。媒体ごとに求められる手法やトンマナ(トーン&マナー)が違うので。僕は今広告系のお仕事が多いですが、それ以外も積極的にトライしてみたいと思っています。実際に他ジャンルの案件依頼がくるととてもうれしいです。

新しいジャンルのお仕事だと初めは技術習得が必要なんですが、そこで助けられるのは技術者同士の繋がり。かなり狭い業界なので、横の繋がりが強いんです。よく分からない事があると詳しそうな人にすぐ電話で聞いちゃいます。僕らの業種は「出来て当たり前」と思われているので、なるべくオーダーに応えたい。

その一方で、普段はサウンドデザイナー以外の業種の方と関わることが多いので、会話を意識的に増やすなどしてコミュニケーションを大切にしています。美容師さんと同じように、最終的に目指す理想形をクライアントからヒアリングして、それを実現できるようにインプットを増やしてます。

またその際には専門用語を使いすぎないようにしています。例えば試写を経て、クライアントから「ナレーションと音楽がぶつかってるので、音楽のレベルを下げてほしい」とコメントをいただいたとします。でも実はそれって音量の大小じゃなく、音と声との周波数がぶつかって起こった問題かもしれない。「じゃあ聞こえやすいよう足し引きしてみます」なんて話しますが、お客さんの本来の意図を汲み取る読解力と、自分の意見を分かりやすく伝える力が必要です。

学生時代に印象深い授業があって、現役のレコーディングエンジニアが教えに来たんです。「現場でのコミュニケーションの仕方」というタイトルで、その講師がクライアント役、自分がミキサー役をして、相手からのフィードバックを掘り下げて言いたいことや改善策を考える、という内容。そこで講師から「音が奥まってるなあ」と言われたんですよ。急いで音のバランスなんかを試行錯誤したんですが改善されない。結局その原因になっていたのは、モニタースピーカーの音が小さかったという、ただそれだけでした。

リターン全てが、音のミックスバランスに関わることじゃない時もある。これは大きな学びでした。だから今でも試写の際は音が正しく聞こえるように、座ってもらう位置や障害物の有無など、リスニング環境には気をつけています。

僕は結構「仕事がやりやすいサウンドデザイナー」と評していただくことが多いのですが、それは意識した姿勢が反映された結果かもしれません。仕事がしやすい人間だと思ってもらうのって大事だと思います。

ナレーターとの接点を教えてください

現在は広告系の仕事がメインなので、声優さんよりナレーターさんと関わることの方が圧倒的に多く、その中ではフリーランスのナレーターさんよりは大手事務所所属の方とご一緒することがほとんどです。キャスティングには関わらないので、現場で初めてお会いして、そのまま収録をします。

サウンドデザイナー歴は10年以上になりますが、その中でも時代ごとにナレーションの流行は変わっている気がします。昔はパキッとナレーションらしく読んでいたのに比べ、今はナレーターらしくない素人感が求められているかな。ユーザーボイスのようなナレーションも多い。ターゲットが若い世代になってカジュアルな読み方が増えたのでしょうか。そういう時には現場でナレーターさんに「力抜いて読んでください」と伝えています。

とは言っても、ナチュラル読みは全体の3〜4割程度。だからできるに越したことはないけど、自分の声と今っぽい読み方との相性が悪いなら無理に寄せなくてもいいんじゃないかな。ナレーターを起用せず素人さんやプロデューサーが読んでオンエアされているCMもありますよ。その場で求められる声質や雰囲気が出せるかどうかが重要です。


ボイスサンプル作成時の注意点はありますか

まずは自分の機材の特徴を理解しましょう。モニタースピーカーやヘッドフォン等は基本的に、低域は膨らまず高域は下がらないフラットなものを選ぶこと。あえて低域を強く出すスピーカーやヘッドフォンもありますが、編集には向きません。各メーカーの販売サイトには周波数特性を視覚化した対数グラフがあるので、購入時にはその形がフラットになっているかどうか確認してください。

マイクに関しても同様でフラットな音が録れるものを選ぶこと。近づきすぎると低域が強くなるので、偏った音にならないよう注意しましょう。ちなみに、あまりマイクと口との距離が変わらないナレーターさんだと、僕はものすごく編集しやすくて助かります。

一言で「スピーカー」「マイク」と言っても色々あるので、買う前に複数種類を比べるのが一番間違いないです。都内のお店では神田「宮地楽器」と渋谷「ロックオンカンパニー」がどちらもプロ用とエンドユーザー用の機材を扱っているので気軽に行けます。


2022年6月に制作側で参加したオンライン講義「CM表現におけるナレーションの目的と演出意図」(CMナレ講)では、多くのナレーターさんのボイスサンプル作りに関わらせていただきました。映像がない分音だけの演出でクオリティ100にするため、選曲とか効果音とかをあれこれ考えるのが面白かったです。

ボイスサンプル作りの鉄板BGM演出は、既存の有名な曲を使うこと。自論として、構成の良さと曲の良さとの相乗効果を使えば、良いボイスサンプルに近づけると思います。権利関係があるのでネット公開等をしないオーディション向けの作成時になりますが、QUEENとかウルフルズとかユニコーンとか、誰でも知っていて不快にならない曲。某コンビニCMで使用されている「デイドリームビリーバー」はその代表例ですが、あの曲だけで温かみが出ます。そこでの注意点は、競合他社と曲が被らないようにすることと、曲のイメージが強くなるような構成にしないこと!あくまでボイスサンプルなので。

効果音は企画によって、入れたり入れなかったりするかな。入れた方が分かりやすいんですが、例えば映像がスローモーションになのに音が普通に流れていると変ですよね。リアル感を感じさせたくない時にも音楽とナレーションだけにします。

一方で一番嫌いたいのは、ヘッドホンモニターからの音漏れです。音量を上げすぎたり、片耳がけにしたりすると漏れた音が収録音に入ってしまうので。

あと気になるのはノイズ関連。当然リップノイズは少ない方がいいし、多い人は編集で苦戦します。ペーパーノイズ、金属音、衣擦れもなるべく無くしてほしい。ナイロン系や化繊の上着だと少し動くだけでパリパリした音が鳴っちゃうんです。

息を吸う時のブレス音は案件によって切る時と切らない時があります。カジュアル読みの時は切るか小さくしてるかな。

内容によって使いたい曲や演出方法が変わるので、複数のボイスサンプルを出せる時は「ナレーションをとにかく聞かせる」「サウンドデザインで補強・演出する」と目的を分けて作りました。ナチュラル系や元気系など、せっかく複数作るんだったら違った魅力を出せるといいですよね。表現ごとのベストなサウンドデザインを追求してほしいです。

僕で分かることであればボイスサンプルの音作りについてアドバイスできるので、有料にはなりますが興味のあるナレーターさんは気軽にお声がけください。(お問い合わせはHITOCOE編集部の連絡先「hitocoe@gmail.com」までどうぞ!)


ナレーターへ伝えたいことはありますか

忘れられないのは、大手飲料メーカーのCMでご一緒した女性ナレーターさん。読解力がある上にコミュニケーション力が高く、人当たりが良い。収録前にディレクターと打ち合わせをして、どの文言を立たせるかしっかり確認されていました。

僕はとにかく現場の人間と会話をすることを大切にしています。コミュニケーションを深めることで相手の人となりや意図が見え、だんだん材料が集まり、仕事がしやすくなる。ほとんどみんなが初対面ですから、それぞれが会話の糸口を探しているはず。例えばナレーション後にディレクターがトークバックで指示を出した時、ただイエスと言うだけでなくしっかりとコミュニケーションを取るナレーターさんの方が印象に残ります。「この間を持たせた方がいいですかね」とか、分かっていたとしても言葉に出すのは大事です。

あと現場で初めての人に覚えてもらうには、会話の糸口になりそうなものをビジュアルに出すのもアリかもしれません。僕はTシャツが好きで集めているんですが、以前好きなバイクアパレルのロゴTを着ていたら「それって〇〇ですか?」なんてお客さんから聞いていただいて、話が弾みました。警戒心が解かれるんでしょうね。あと、過去金髪だった時があったんですが、その頃のお客さんと会うと今だに「金髪じゃないの?」と聞かれます。それってもう7年くらい前なのに!

末次さんのTシャツコレクション

過去にお会いして強烈だったのは、デビッド・ボウイのようなヘアスタイルのディレクターさんと、宣材写真そのままのようなゴスロリ姿の声優さん。どこまで意図されているか分かりませんがやっぱり忘れないし、ついこちらから「その髪型いいですね!」と話しかけたくなります。

宅録しか経験のないナレーターさんは、可能であれば現場の経験を積むとベターです。宅録とスタジオ収録は全く違う仕事なので。スタジオで大勢に見られつつディレクションを受けながら録るのと自宅で一人で録るのとでは全然出てくるものが違います。いつか現場でご一緒できるよう、お互い頑張りましょう!

これからも「HITOCOE」ではナレーターに特化した上質な記事を連載予定です。今回の記事を気に入っていただけたら、スキやフォロー、サポート(投げ銭)を頂けると幸いです。いただいたサポートは、今後の活動費として役立たせていただきます!

サウンドデザイナー・末次亮介(すえつぐ・りょうすけ)

音楽・映像の総合ポスプロにて経験を積んだ後に独立。現在は広告映像をメインに活動。都内のスタジオを拠点に現場録音から音響効果、MIXまで音周りのトータルコーディネートを得意としている。仕事のモットーは「Faster, Smarter, More Creative」。 主な参加作品:NIKE/adidas/SONY/集英社/KADOKAWA/Coca-Cola/YAMAHA/等

ライター・日良方かな(ひらかた・かな)

都内FMラジオ局&Voicy「毎日新聞ニュース」「オーディオブログ」パーソナリティー。令和感のある柔らかい読みが特徴で、大手時計メーカー・ハンバーガーショップ・焼肉チェーンなど実績多数。ハンドメイド大好き!なポッドキャストも配信中。

○ホームページ:「ナレーター 日良方かな」
○Twitter:@hirakata_kana
○ポッドキャスト:「日良方かなのハンドメイド工房」

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